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0810「若狭路」vol.2(「龍双ヶ滝」@福井県~「天空の茶畑」@岐阜県) [旅日記]

「天空の茶園」。
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曇り空のためか前日の疲れからか、目覚めるとすでに8時。朝ドラを観てから宿を出る。空模様が怪しいのでいつ帰ることになるか分からないなあと思い、「天空の茶畑」は無理なら次回に回そうと考え、とりあえず福井県内で唯一「日本の滝百選」に選ばれている「龍双ヶ滝」に向かう。この滝は道路のすぐ傍にあるらしいので、雨が降っていても観られると思ったからだ。滝は曇天の方がいいという写真の師匠の言もあった。

遅れを取り戻すべく、不本意ながら高速を使い、鯖江ICで下りて東へ。R476や県道2を通って、最終的には県道34(狭い)を走ると、宝慶寺の手前にある。ナビによっては宝慶寺をナビるといいのかもしれない。今こうして地図を見ながら書いているが、実際こんなややこしいところに行くときは完全にナビ頼みであるのが若干悔しいなあ。10:05滝の駐車場に到着。それほど高度は高くないのに気温は23℃と低かった。曇天というのもあったか。
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滝への道は滑らないように敷石風の舗装が施されている。
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上の道路のカーブを曲がった先にいきなり滝が現れた。
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「龍双ヶ滝」は「部子川と稗田川の合流地点にあり、落差60mの岩肌をなだらかに流れ落ちる分岐瀑」である(wiki)。上部は狭いが岩肌に沿って広がり落ち、滝壺はなくて、そのまま川の流れに合流している。水が少ないと見栄えが落ちるようだが、この日は台風の影響で水が多く、下の石畳の部分は歩けなかった。名前は勇ましいが、優美でいつまでも前に佇んでいたくなる滝であった。うまく撮れなかったがいくつか写真を。
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滝の少し下流に「オウ穴群」といって、何百年も流れにさらされて出来た滑らかな穴状の岩のある滝があった(写真では分かりにくいかも)。
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11時に滝を後にして南に向かう。ややこしいところに入り込むと、行きはナビ任せでいいのだが、帰りはどう行けばいいのか迷ってしまう。とりあえずR8に出るべく走り出した。来る途中変わった花を見かけたので探しながら行くと、見つかった。
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ムクゲに似ているがよく見るものと違う。後で調べると半八重咲きのムクゲではないかと思われる。

雨がポツポツし出したので帰るかなとも思ったが、途中までは帰り道なので、岐阜の方に回ってみることにした。地道でナビるとR8~R365と行って関が原に出るコースが出たのでそれに従う。R365に入ったところに「マル金そば店」という蕎麦屋があったので入ってみたのが12時過ぎ。ほぼ満員だったが入ることは出来た。
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だが、なかなか出て来なくて食べ終わったのが1時過ぎ。おかげで「やすらぎの郷」を見損なったわい。頼んだなめこ蕎麦(温)は太目の麺でコシがあり、美味しかった。
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店を出て走り出したがこの遅れを取り戻さなくてはならない。天気も回復してきたので行く決心をし、今庄IC~木之本ICまで高速に乗り、再びR365に出て関が原に。あとは「岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合790-6」をナビって行った。標準の行き方はR417を北上~県道32を西にというものらしい。
「樫村」というバス停を右に。ここに標識がある。
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「上ヶ流(カミガレ)茶園」入り口。
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「日本(岐阜)のマチュピチュ」とも呼ばれるようになったこの「上ヶ流茶園」は宝治年間(1247年ごろ)から続く茶園だそうで「春日茶」として農薬不使用のお茶を代々栽培しているそうだ(お茶買うの忘れてた)。地元のボランティアによる手作り感満載の遊歩道や標識が素朴でいい感じ。
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もちろん全体を眺めるにはかなり坂道を登らなければならないけど、そうして見た風景はやはり味わいが深いように思われる。写真を並べてみる。
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「モネの池」といい海外の名所の名を借りて評判を呼ぼうというのは、昔からある日本人の悪しき癖とも思える(「東洋のナポリetc.)。名を借りたりしないで「天空の茶園」として過度な観光地化をして欲しくないなあ、というのが偽らざる感想であった。

夕方、R21まで下りて夕食を食べ、今回は彦根から湖岸道路~琵琶湖大橋(150円)~湖西道路を通り、R171で11時過ぎに帰ることができた。総走行距離640km。

参考
天空のお茶畑 ・上ヶ流茶園空撮



「天空の里 上ヶ流茶」HP


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0809「若狭路」vol.1(琵琶湖~三方五湖) [旅日記]

「梅丈岳」からの絶景。
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「岐阜のマチュピチュ」とも呼ばれる岐阜県の「上ケ流茶園」に行ってみたいと思っていたが、ここだけでは少々心もとない気がして、何かとセットにと考えていた。今回遠出するにあたって、琵琶湖の西岸を北上して敦賀に抜け、そこから東南の山を抜けて関が原~岐阜へというルートを考えた。

前日ホンキーのライブに乱入したので、朝寝してしまい、家を出たのは9時を過ぎていた。仕方なく名神で京都東まで行き、そこから湖西道路に出る。途中一車線になる所で渋滞があるのはいつものこと(二車線の工事中である)だが、高島からは快適な道である。
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「白髭神社」は今まで通り過ぎるだけだったが、この日はちょうどお昼ごろだったので、前から看板だけ見て通り過ぎていた「白髭そば」に入ってみた。「琵琶湖を眺めながら蕎麦が食べられる」とあるとおり、階段を上った所にお店はあった。
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十割そばをうたった店であり、蕎麦をうつ器械がおいてあったりするが、店内は広くお値段もやや高めで、「白髭神社」に来た観光客目当てのお店かなと少し思った。頼んだ「冷やし蕎麦」は白髪ネギや天かす・炊いた揚げなどがトッピングしてあり、ラー油や唐辛子の泡盛漬けなどをかけて頂くようになっていて、なかなか食べ応えがあった。
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昼食後すぐ隣の「白髭神社」に参拝する。「白髭神社」は「全国にある白鬚神社の総本社」とされ、「沖島を背景として琵琶湖畔に鳥居を浮かべることから、『近江の厳島』とも称されている」(wiki)ようだ。
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さて、「白髭神社」を後にして高島バイパス~湖北バイパスを北上し、R161を山越えすると意外と早く敦賀市に着いた。時間があったので西方20kmのところにある「三方五湖」に立ち寄ることにした。「三方五湖」は免許取り立ての頃行ったようなかすかな記憶がある。この日は台風のすぐ後だったので、川も増水していたが、一番手前の「三方湖」も水が濁っていた。
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一面の水草は「菱の実」で知られる「ヒシ」だそうだ。
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「水月湖」に向かう途中にあった「舟小屋」。この辺りは梅の産地で、昔は舟に梅を積んで湖を運搬したとのことだ。
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「水月湖」は水深34mと深いため、上部が淡水、下部が汽水の状態に分かれているらしい。
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詳しくは「福井県里山里湖研究所」のHPを参照のこと。

さて、三方五湖観光の白眉である「三方五湖レインボーライン」を走る。
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この日の14時まで台風のため通行止めだったようで、英語で言うと "Lucky" といえるかも(笑)。料金は1040円という中途半端さ。だが道の途中や「梅丈岳」の山頂から見える風景は変化に富み、その美しさは筆舌に尽くしがたいので、説明は省く(笑)。ただ写真を並べておくことにしよう。
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「梅丈岳」(標高400.2m)の頂上に上るのにケーブルカーとリフトがあり、どちらに乗ってもいいというのが面白かった。
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上の公園には古代の鐘などいろいろなモニュメントが展示してあった。
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恋人たちの聖地」にも認定されているらしく、鍵がいっぱいくくりつけてあり、「和合神社」という微妙な名の神社まであった。
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また、「五木の園」というモニュメントのボタンを押すと、五木ひろしの「ふるさと」が流れてびっくり。ここは若狭なんだな、と「ちりとてちん」が思い出されたことだよ(笑)。short movie で。

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5時頃宿に向かう。道中のいたるところに「原電」の標識があるのに驚いた。敦賀は原電に支えられている部分があるんだなと思った。原電がなくなると職を失う人も少なからず出るのだろうが、それを理由に存続させるのが正しいとも思われない。原電に頼らない地域づくりというのも、行政が担わなければならない方向性なのだろうな、とぼんやり思いながら車を走らせた。

この日のホテルはバイパス沿いにあったので近くにあまりお店がなく、ホテルの人に聞いて行ったのが「友食亭あいびす」という居酒屋さんだったが、今回も当たりだった。サワラのたたきとかグジの塩焼きなどをいただいた。田んぼの近くにあったのでたどり着くのにちょっと不安だったけど。
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0722 和歌山地道な旅vol.2(九度山[真田庵]) [旅日記]

南海高野線「九度山」駅。
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この日も暑かったのでこのまま帰ってもいいかな、という気分であったが、せっかく泊まったのでどこかと考えてR24のバイパス(京奈和道)を通って高野山に行くことにした。ブログを書いているということは、こういう時に若干背中を押してくれる気がする。それだけでもブログを書く意味はあるのかも(笑)。

高野山には何年か前に行っていたので、今回はその麓の「九度山」までとりあえず行ってみようと思った。大河ドラマ『真田丸』が放映されたのは、ずいぶん前のような気がしたが去年だった。京奈和道の和歌山区間が全線開通したのはこの3月らしいが、開通した岩出根来IC - 和歌山JCT間は実質有料(阪和道にしか繋がってないため)なので、私のような「地道」ファンには恩恵はなかった。

それでも市内から程なくバイパスに入れるので便利であることはいうまでもない。高野口ICから南下するとすぐ(10時ごろ)南海高野線の九度山駅付近にに行き着いた。
駐車場が分からずウロウロした時に通った「玉川峡」。
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その後、最初に通ったときに「真田庵入り口」の看板がある所の反対車線に町の臨時無料駐車場があるのを発見。ここに停めれば九度山の「まちなか」はほぼ回れる。少し離れた紀ノ川沿いに道の駅「柿の郷くどやま」があり、そこから歩くことも出来る。それではまちなか散歩を。
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「真田庵」。「善名称院」という、真田幸村父子の屋敷跡に建てられたお寺。
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「真田古墳」。この穴の向こうは大坂城に続いていて、かつて真田幸村がこの抜け穴を使って戦場へ出向いた、という伝説が残っているそうだが、実際は4世紀頃の古墳らしい。
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「真田庵」の横にある蕎麦処「幸村庵」で蕎麦をいただく。
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店内に懸けてあった「真田十勇士」の扁額。
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最後に少し坂を上ったところにある「九度山」駅へ。なんせ暑くてへばってしまった。
その一方で涼しい顔の山ガール。高野山まで登るのかな。
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「九度山」駅。「撮り鉄」と化して電車を撮る。
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帰りに道の駅に立ち寄る。「世界遺産情報センター」や「産直市場よってって」などがあり、充実の駅であった。
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前日からの疲れもあったので、他にも見どころはあったが帰ることにした。熱中症になっては元も子もないからね(と言い訳三昧)。今回は二つの無料区間を通って、通行料420円。ガソリン代と合わせて4000円を切るという、総走行300kmの格安旅が出来たのは収穫であった。まあ、財布に余裕のある方々は真似しない方がいいかもだけど。近畿の中では奥深い地域と思われていた和歌山が、ずいぶん近くなったなあという印象が、前の熊野への旅と併せて強くなってきたのを感じた。

帰りも立ち寄った淡輪の道の駅。明石海峡大橋がかすかに見えた。また空気が澄んでいるときに是非来たいものだ、と思ったことだよ。
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今回の戦利品。
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おまけで、帰った夜見た芦屋浜の花火。相変わらずうまく撮れないなあ。
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和歌山地道な旅vol.1はこちら
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0721 和歌山地道な旅vol.1(和歌山城) [旅日記]

淡輪の道の駅から見た淡路島。
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酷暑が始まり家にこもりたくなる季節であるが、こんな時こそ活動しなくては、と朝九時ごろ家を出た。是非ここに行きたいというのがなかったので、ガソリンを入れながら考えて、先日熊野に行ったときに和歌山を素通りしたので行ってみようと思った。京奈和道の和歌山区間が全線開通したという情報もあったので、うまく活用したら安く行けるかなという気持ちも漠然とあった。和歌山県には何度か行っているが、和歌山市は通り過ぎるだけで和歌山城も行ったことがなかった気がする(私の記憶によれば、というのは最近の国会答弁みたいだけど)。

なんせ、できるだけ地道でと考えて、R43~阪神高速17号線(210円)~府道29を南下、とここまではよく通るルート。府道29は堺から湾岸線の下を通っており、まあまあ快適な道である。りんくうタウンまで続いているようなので、行ける所まで行って後は阪和道かな、と思っていた。りんくうタウンを過ぎたあたりで府道63に名前が変わり、道なりに阪和道の泉南ICに向かっていると途中に第二阪和道との交差点が。和歌山まで30キロを切っていたので、いっそ地道でと入ったら、快適なバイパス道だった。このまま和歌山駅のすぐ近くまで行けたのだった。

途中の淡輪(たんのわ)ランプに道の駅「みさき 夢灯台」があったので入ってみた。新しく出来た施設なのできれいで、広い休憩スペースやファーマーズ・マーケットもあり、野菜や果物・海産物がたくさん置いてあった。ここまで90kmなので、買い物に来るのもありかなと思った。展望台からは淡路島・明石海峡大橋・神戸や六甲山まで見渡せたが、あともう一階分高ければもっと景色が素晴らしいのになあ、と思ったことだよ。当たり前のことだが、私達が神戸側から晴れた日には対岸に泉南が見えるなあ、と思って暮らしているのとは逆に、泉南の人たちはこの情景を日々見て暮らしているんだと思った。
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さて、和歌山ラーメンを食べるために先を急ぐ。1時ごろ和歌山市内に入ったので、ラーメン店を検索してみた。最初に見た二つが夜しか営業してなくて、「和歌山ってそうなのか」と思ったが、たまたまだったようだ。駅前の方に移動すると最初に見つけたのが有名店の「井出商店」だった。駐車場もあるが小さな店で、いつもは行列が出来るらしいがこの日はすんなり入れた。メニューは中華そばと早寿司だけといたってシンプルであり、行列が出来ても回転は早そうだ。神戸の丸高さんより少し塩味が濃い目だったが、よく似た味で美味しかった。
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昼食後和歌山城へ。和歌山城も来た記憶がないんだよね。ん十年前の記憶なんてあてにならないけど。御三家の一つ紀伊55万石の城なのに、といっても残りの2つもあまり見た覚えはない。和歌山大空襲で焼失し、鉄筋コンクリートによる再建らしいが、図面を元に再現してあるので、「連立式天守」の構造がよく分かって面白かった。これ以上は知識が追いつかないので写真をいくつか。
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二の丸と西の丸をつなげる傾斜のある珍しい橋「御橋廊下」。窓から外の景色が見える。
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「裏坂」の上り口にある木の根っこ。階段をよじ登る小人に見える。
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「二の丸庭園」から見た「大天守」と「小天守」。
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石垣は時代によって「野面積み」「打込みハギ」「切込みハギ」の三種類あるらしいが。
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4時ごろ宿に入り、一休みした後「京橋」のあたりを散策する。
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この辺りは昔はもっと段差があったという説明があったような(ブラタモリでやるかな)。

夕食は「ぶらくり丁大通り」の「千里十里」というお魚を食べさせる店で。
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なかなかリーズナブルに美味しい魚を頂いた(写真なしw)。
日帰りでもいいかと思っていたが、宿も安かったし、地道にしたおかげで十分ペイできたので泊まってよかった(と思うことにしよう)。

和歌山地道な旅vol.2 はこちら
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0610 後半「補陀洛山寺」~「橋杭岩」@和歌山(南紀) [旅日記]

名勝「橋杭岩」。
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12時ごろ那智山から下りて、道の駅「なち」に向かった。那智勝浦ICの近くにあったのだが、行きがけには見つけられなかった。行ってみると、この駅はJR紀勢本線の「那智駅」と同じ敷地にあった。しかもJRの駅は無人駅だったので二重にびっくり!
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かつては那智観光の玄関口だったそうだが、紀伊勝浦駅にその機能が奪われて、現在に至っているらしい。道の駅を併設したのも、てこ入れの意味もあったのかもしれない。温泉施設やファーマーズマーケット・世界遺産情報センターなどもあってなかなか頑張っているのだが、土曜日の昼の割には車は少なかった。
世界遺産情報センター製作のパネル。滝で見た女性と同じ衣装である。往古の「熊野詣」を再現したもののようだ。
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「幸せの黄色いポスト」という丸型のポストもあった。
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食べ物屋さんはなかったので、すぐ近くにある「補陀洛山寺(ふだらくさんじ)」に立ち寄ってみた。
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偶然見つけたのだが、以前内田康夫 の小説『熊野古道殺人事件』を読んで興味を持ってはいたのだ。彼の推理小説は日本各地の紀行文的な意味合いも持っているので、ひところはまって、小説を読んではその舞台を訪れるというようなことをやっていたなあ。
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補陀洛(ポータラカ)は『華厳経』ではインドの南端に位置するとされる。また、チベットのダライ・ラマの宮殿をポタラ宮と呼ぶのも同じ理由らしい。遥か南洋上に「補陀洛」という浄土があると信じられ、これを目指して船出することを「補陀洛渡海」と称したという。このお寺の代々の住職もかつては半ば義務的に?30日分の食糧を積んで船出したようである。痛ましい気もするがこれも信仰の一つの形なのであろう。
境内に当時の渡海船の模型が陳列してあった。
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立派な寄進者の御名は?ふうむ、奇縁……かな?
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補陀洛渡海は観音信仰で、熊野詣は阿弥陀信仰であるが、その二つがこの紀州の南端に近接して在るということに、この土地の持つ不思議な意味合いを感じたことだった。

裏山には歴代住職の墓と並んで、那智の沖で入水自殺したという、平清盛の嫡孫「平維盛」の供養塔があった。
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さて、寺を後にして途中いくつか寄り道をしながら帰路につくことにした(13:00)。再びバイパスに入り、鯨の町太地町からはR42の地道に。太地町は今回はパスしたがいつかまた訪れたいと思った。「橋杭岩」までの道でいくつか撮った写真を。
石畳のような海岸風景は南紀の特徴か。向こうに見えるのは「紀伊大島」。
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ここにもあった「夫婦岩」。
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「橋杭岩」が見えてきた。
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13:50「橋杭岩」到着。とりあえず遅めの昼食。
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ここには昔来たことがあるが、当時はなかった道の駅「くしもと橋杭岩」があって賑わっていた。たくさん撮ったがどれがいいのか分からない(笑)。
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「くしもと大橋」。
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続いて本州最南端の潮岬へ。ここはぐるっと回っただけ。西のほうから灯台を望んだ一枚。
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再びR42を西へ。
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「すさみ南IC」からバイパス(紀勢自動車道)。有料になる「南紀田辺IC」から再び地道に(ケチ)。夕方近くなり、和歌山市まではまだまだなので、このあたりで「和歌山ラーメン」のお店を探す。日高川の傍(西御坊)に「日高地方で唯一和歌山ラーメンを食べさせる店」を発見。
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いつも食べている神戸二宮町の「丸高」さんより少しあっさり目だったが美味しかった。

朝から目一杯動いてさすがに疲れたので「御坊IC」から阪和道に乗り、湾岸線を経由して帰ったら速かった。さすがは高速。

2日間の総走行距離は553kmだったが、一日目が200kmちょいだったので、新宮・熊野に行くには奈良経由が有効なのかな、と思ったことだよ。北山村の「じゃばら果汁」という珍しいものを買って帰ったら、家人から「何年も前から知ってるよ。花粉症にいいらしい」と言われてギャフン!!

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熊野古道殺人事件 (角川文庫)


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0610 前半「那智大滝」@和歌山県東牟婁郡那智勝浦町 [旅日記]

「那智の大滝」。
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前日の夕方、宿に入る前に「那智大滝」を観ておこうと不埒にも考えたのだが、暗くなりそうだったのでやめた。それは正解で、ちょっと寄り道して観るというようなものではなかった。それは後述するとして、朝宿を出て少し熊野川沿いを走ってみた。
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美しい川だったが、途中「熊野速玉大社」を通るので寄るべきだった、とは改めて調べながらこの稿を書いている今気付いた。相変わらずの行き当たりばったりであることだ。
「那智大滝」をナビって車を走らせた。新宮市郊外に出ると、ナビにはないバイパス道路(那智勝浦新宮道路)があったのでそれに入り、那智勝浦ICで出て川沿いに走る。途中foreigner の集団が歩いているので、「どこに行くのかなあ、奇特な人たちだ」と思っていたが、「大門坂」というところに大きなPがあり、賑わっていた。これも後で分かったのだが、ここは「世界遺産熊野古道『大門坂』」といって、ここを通って「熊野那智大社」に参拝するのだそうだ。知らなかったのは日本人としてお恥ずかしいかぎり(泣)。
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(map は web より)
駐車場に車を置いて、先ず「熊野那智大社」を参拝することに。
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石段の途中に記念写真撮影用のパネルが。ここで撮ったら上がる必要ない?
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売店で「那智黒石」のかけらが箸置として100円で売っていたので買った。隠岐にも産する黒曜石かと思ったが、「三重県熊野市神川町で産出される粘板岩の一種」(wiki)だそうだ。
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「熊野那智大社」の大鳥居。
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こちらから入らず、右手の「青岸渡寺」の方へ。
定番「三重塔と那智滝」の構図。
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三重塔の4階は転落防止の金網が張ってあるが、一箇所だけ撮影用に切り取られているのが微笑ましい。
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「青岸渡寺」(西国三十三ヶ所第一番札所)本堂。
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珍しく線香をお供えした。功徳があるかなあ。
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「熊野那智大社」。
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「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」と合わせて「熊野三山」と呼ぶようで、今朝速玉大社に立ち寄っていれば全て制覇したことになったのに、と重ね重ね悔しい。
樹齢800年の天然記念物「那智の樟(くす)」。
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寺の本堂の脇から「熊野古道」が続いている。少し歩いてみた。
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考えたらここは「熊野古道」の到達点であるから、当然のことではあったのだったよ。
さて、裏参道(これも熊野古道かも)を下りて、いよいよ「那智大滝」へ。
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「那智大滝」は、落差は133メートルに達し、一段の滝としては落差日本1位。華厳滝、袋田の滝と共に日本三名瀑に数えられている。さすがに今まで観たどの滝よりもスケールが大きく感じられた。そのスケール感を伝えるべくもないが、いくつか写真を。
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動画も一つ。

こちらには「那智四十八滝」といって他にも滝はあるようだが、一の滝だけで十分満足して、滝のある「飛瀧神社」を後にした。入り口まで来ると、向こうから平安時代の衣装を身につけた妙齢の女性が二人歩いてくる。ぼーっと見ていると鳥居をくぐって滝の方に歩いていった。
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表裏の参詣道を廻るだけですっかり山歩きも堪能した(歩きつかれた)気持ちになって、午後に「大辺路」を歩こうなどという気はすっかり失せてしまったことだよ。
(後半へ続く)

<関連記事>
0402@「熊野古道」散策 vol.1 (中辺路)2015-04-03
0922@「熊野古道」散策 vol.2 (小辺路)2015-09-24
なんちゃって登山vol.6(大台ケ原)2014-08-25

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0609 大台ケ原~新宮 [旅日記]

「日出ケ岳」山頂を望む。
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この日と翌日だけが晴れというので出かけることにした。今義母が入院中で家人は毎日病院に通っている。朝、駅まで送った後9時ごろ奈良方面に向かった。ぼんやりと熊野古道を歩いてみようと思っていたのだが、ちゃんと計画していたわけではなかったので、プランは大きく変わることに(笑)。

以前「中辺路」「小辺路」と歩いた(いずれも一部だけ)ので、今度は「大辺路」かな、と思っていたが、改めて地図を見ると、それは田辺~串本のあたりで、最もディープな和歌山であり、その日に歩くのは難しそうだと分かった。そこでこの日は以前にも行った「大台ケ原」に立ち寄り、南に抜けてどこかに泊まろうと思った。なんて行き当たりばったりじゃのう。

湾岸線~阪和道~南阪奈道と乗り継いで、R169を南下する。奈良から和歌山に抜ける道はもう一つR168があり、どちらも新宮につながっているが、R169の方がよく整備されている。道の駅「杉の湯 川上」で早めの昼食。
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大台ケ原の駐車場に着いたのはすでに13時前。
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前回行かなかった「日出ケ岳」(標高1695.1m)だけを登ろうと思った。といっても、駐車場の標高は1,573.7mなのでハイキング程度である。せめてもう一つということで「苔探勝路」からまわることにした。
「苔探勝路」。
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cobblestone の道。cobblestone ってSound of Silence の歌詞にあったな。
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「苔探勝路」を抜けて「日出ケ岳」に向かう。このあたりは「トウヒ」の林。
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鹿に皮を食べられるのを防ぐためか、多くの樹にネットが張られている。
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この樹は、楓とは少し違うような。「オオイタヤメイゲツ」かも。
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1時間近く平坦で快適な散策路だったが、当然のごとく坂道になっていく。
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白く可憐な花が。「シロヤシオ」らしい。「御在所岳」でも見かけた。
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この草は?
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山頂手前の長い階段を登ると「トウヒ」の倒木が。
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14:20山頂到着。
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見晴台からは360度のパノラマだが、なぜか東西の案内板しかなかった。
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手前に見えた小山は「正木峠」。時間があったらこれを越えて「中道」を帰るつもりだったが。
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時間も押していたので急ぎ駐車場に戻ると4時前だった。新宮市に宿をとったので大台ケ原を後にする。途中野猿の姿を見たが、写真には撮ることができなかった。ひたすら南を目指し、熊野市に着いたのが17:30ごろ。R42を西に走っていると道の駅があったので入ってみた。すると「花の窟」すぐそこ、と書いてある。
「花の窟神社」。
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昼尚暗い社の森を入ると45メートルの巨大な岩があり、どうもこれが御神体のようだった。日本最古の神社と言われているらしい。
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午後7時ごろ宿に到着。付近を歩いて「阿吽(あうん)」という名に惹かれて入った居酒屋さんは安くて美味しかった。
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金目鯛の刺身についていたオレンジ色のスダチ?と見えたものは、温州みかんの間引いたもので、この地方ではスダチと同じように使っているそうな。
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6月9日の月は「ストロベリー・ムーン」というそうだ。新宮駅の上に出た少々ブレた月。
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予定と全く違う旅になってしまったが、HOBO的にはこれで正しいのであったよ。

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0527法事帰省の旅vol.2@隠岐 [旅日記]

隠岐島後中村(地元ではムラ[武良か?]と呼ぶ)の海。
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この日は11時からすぐ隣の神社で母の五年祭。前日に墓掃除をしてこの日に臨む。家や墓の周囲にはこの時期ならではの草花が見られる。
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神社の社務所で法事。前回は畳に座ったが今回は椅子席になっていた。時代は変わる。
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無事終了。家に帰って清めの膳を食べた。後は帰るだけだが、船便の加減や家の後片付けもあるので、もう一日いることになる。作業の合間に時間が空くと周囲を歩いた。島の中だが村は山々に囲まれている。
裏山の愛宕山。
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横尾山。
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大峰山の上には風力発電の風車が見えた。
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小中学校の校歌の歌詞にもなっていた学校の裏山「嶽山」。車で帰ると真っ先に目に飛び込むのだ。
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縁側に佇んで庭の木々を眺めていると心が和むけど、一方で住む者のいなくなった家をいつまで維持できるかという思いも出て、なかなか複雑であるなあ。
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今回の帰省では何人かの方と少しずつではあるが話ができた。藻塩を作っている従兄弟のKちゃんは、また新たな塩にも挑戦しているらしく、試作品もいただいた。
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また、黒曜石細工をしている又従兄弟のK君は、それ以外にも隠岐ジオパークの事業などにも関わっていて、隠岐が地質学的にも歴史的にも貴重なものの宝庫であることを熱く語ってくれた。故郷のために何も貢献してこなかった私だが、せめて残りの人生の中で出来るだけ勉強したいと思ったことだ。
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同級生のK野君はワインと尺八を持って訪ねてくれて、庭先で飲みながら話した。またいつか彼の尺八とコラボしてみたいものだと思ったことだよ。彼が吹いてくれた「どっさり節」の一節。スマホで撮ったが真っ暗だったのでmp3で。


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午後のフェリーで帰途につく。この日も快晴で波が穏やかだった。港に着く30分前にデッキに出てみると、はるか後ろに隠岐の島影がうっすらと見えた(写真ではわからない?)
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前方には伯耆大山の優美な姿が海に浮かぶように見えた。
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船を降りて車に乗ってから、弓ヶ浜半島の浜に出て、より近くなった大山を見た。
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廃船の向こうには美保関が。
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米子市内で夕食と思っていたが、選り好みしているうちに山陰道に入ってしまい、結局前と同じく鳥取市まで行って「神楽」でラーメンを食べた。同パターンになってしまうな。
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日曜日の夕方だったので渋滞も少しあって、帰りついたのは12時近くであった。

翌朝ベランダを見ると、ゴーヤの蔓が上階まで伸びていた(なわけないか)。
花も一つ咲いていた(これは早い!)。
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<関連記事>
人と自然をつなぐ島「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」


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0525法事帰省の旅vol.1@鳥取~米子~隠岐 [旅日記]

隠岐フェリー
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今回の帰省は母の五回忌(五年祭という)。神道の場合は三回忌(前回)のあとは5・10…という単位になるそうな。今回は結果的に父の二十年祭も兼ねることになった。米子に前泊して朝のフェリーで海を渡るのだが、この日は雨模様なので、物見遊山は無理だろうと10時ごろ家を出た。高速代を節約するため経路をいろいろ試しているが、今回は山麓バイパス~R175~滝野社IC鳥取道のルートをとった。

鳥取道の道の駅「あわくらんど」のあたりで昼食をと思ったが、智頭町の面白いレストランやパン屋さんは全て週末しか営業していないので断念し、結局鳥取まで行って、前に行った駅前の「すなば珈琲」で昼食。
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マツコもまだいたw
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9号線(山陰道)を走っているといくつも道の駅(PA)があるが、やはり前と同じ琴浦PAへ。海産物などいろいろ売っているが、往路なので買わずじまい(復路は午後7時で開いてない、うまくいかないな。)。4時過ぎには米子に着いた。予約したホテルは「アジェンダ」といっていくつかある格安ホテルの一つで二人で6.5kだが、以前は5kだったので少し割高に。

雨も降っていたので休んで7時ごろ飲み屋街に繰り出した。和食の居酒屋にしようと思っていたが、「マカロニ食堂」という窯焼きピザの店があったので見に行ってみた。昔「マカロニほうれん荘」という漫画があったのを思い出したが、あまり関係ないらしい(笑)。
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オードブル・フォンデュ・ピザ・パスタに珈琲デザート付きで、一人1.98kのセットがあったので入ることに。ボトルワインを飲んでも6.5kとは安い。
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味はそこそこだがなんせ量が多く、タルトはDoggy Bagでお持ち帰りして翌朝食べることにした。
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朝7時半に宿を出て七類港へ。この日は快晴で波も1m。快適な(よく寝られる)船旅であった。2時間半はあっという間に過ぎた。
船尾から島根半島を望む。
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西郷港の手前。島が穏やかに迎えてくれた。
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港には「ゲゲゲの鬼太郎」のモニュメントが。水木しげるさん(本名:武良 茂)は自分のルーツは隠岐だと確信しているらしいが。「名字由来net」には「隠岐国隠地郡武良郷が起源(ルーツ)である。」と書いてある。
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さて、レンタカーで我が家へ。今回も川を中心に島中に広がった「クサフジ」が迎えてくれた。
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法事帰省は先ず家に風を通し、掃除することから始まるのであったよ。夜はかなり寒い。
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<関連>
2年前の法事帰省の旅vol.2@七類~隠岐


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0508 「剣山」登山後半@徳島県三好市東祖谷 [旅日記]

剣山から望む次郎笈(じろうぎゅう・1930.01m)。草原に見えるのはシコクザサとか。
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五月の四国旅vol.4

「剣山(つるぎさん)」は標高1,955mの山で、石鎚山(1,982m)に続く四国第二の山である。太宰治の『お伽草紙』の中の瘤取りじいさんの話の舞台になったのが記憶にある。太宰がどれだけ「剣山」のことを知って書いたのかはやや疑わしいが、鬼や仙人の住む秘境として選んだのであれば、当たらずといえども遠からずということかもしれない。

登山口の駐車場についた時はもう11時を回っていた。座右の書「クルマで行く山あるき」にはリフトに乗らず「見ノ越」の登山口から登るルートが書かれていたが、リフトの高度差330m、見上げたときの圧迫感などがあいまって、「往復リフトにしよう」と即断してしまった。「なんちゃって」から抜けられない私であったことだよ。まあ、これが多くの 「剣山」登山者のルートだからね、と言っても言い訳の上塗りでしかないですな。

11:30リフトに乗る。リフトから見た「剣山」山頂。
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この後山頂を見ることはほとんどなかったことを後で知る。
11:50登山リフト「西島駅」着。標高1,750mだそうで、頂上との標高差205mは「なんちゃって」にもならない気もするなあ。前に登った「大山」は1,709mで、中国地方最高峰だが、その高さをすでに超えているのは驚き。でもあの時は標高差600mを登ったのできつかったけど。登頂コースは三つあって、一番右側の「遊歩道コース(1,980m)」をのんびり登ることにした(12:00)。
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ところが、登山口の鳥居まで来ると「遊歩道コース」は土砂崩れのため通行止めだった。仕方なく真ん中の「大劔道コース」に変更し、歩き始める。それほど急登はないが、空気がやや薄いせいか初めはちょっと息切れする感じ。すぐに慣れたけど。
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12:20行く手に大きな岩が見えた。
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近づいてみると岩の前に祠があり、それが「大劔神社」だった。岩が御神体のようだ。
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神社の前でカップ麺をすする青年達。真似をして下の茶店で買ったおにぎり弁当(350Yen)を食べた。
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剣山に向かって右手に見えた山。
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12:50神社を出発。道はやや急に。
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ここの笹は「ミヤマクマザサ」というそうな。
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13:20頂上ヒュッテの前の鳥居に到着。山頂まであと250m。
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ヒュッテの右側にあるのは「剣山本宮宝蔵石神社」。後ろにはやはり「磐座」が。
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脇の石段を登って山頂へ。上から岩の後ろが見えるのもご愛嬌。
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山頂付近は笹を守るため木道が廻らされている。向こうに見えるのがたぶん山頂だ。
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13:40 山頂到達。
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山頂は広々としていて気持ちがいい。360°の景色を見るためには木道でつながれている東西の舞台状の広場を回らないといけないが、それも悪くない。40分あまりウロウロしたりぼーっとしたりしていた。
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ヒュッテでバイトしているという青年が、今日は休みだからとカメラを持って来ていて、「ここで一日ぼんやり景色を眺めているんです」と言っていた。
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午前中案山子の集落で見かけたニュージーの家族も登ってきていた。マニアックなコースを選んでいるなあ(自分も同じだけどw )。
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さて、14:30ごろ山頂を後にする。もう少し早く来ていれば「次郎笈」へ縦走してそこから剣山を見ることができたのに、とそこが残念だった。ちなみに剣山の別名は「太郎笈」だそうだ。下山は「遊歩道コース」を通って「大劔神社」で元の道に出るコースで。
途中から神社の御神体の岩を別の角度で見ることができた。
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神社のすぐ下に「剣山御神水」と呼ばれる湧き水があった。
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水筒に入れて(少し飲んだけど冷たくて美味しかった)持ち帰り、珈琲を淹れるのに使った。
16時にリフト下に着き、車に乗った。帰りはR438を北に走り美馬市に向かう。高度が下がるにつれて植生が変わるのが面白かった。
ブナ林。
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三叉。
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美馬市で高速には乗らず、R192で吉野川沿いに徳島市を目指す。FBでバンジョー弾きのOさんが紹介していた「十三八」という支那そば屋さんに行こうと思ったけど、定休日だったのが残念。ここだけが月曜日に帰ることの誤算かな。まあ国道沿いに何かあるだろうと走っていると、吉野川市のあたりで「中華そばミニトマト」というラーメン店を発見。
「吉野川市1位!」というのが可愛い。
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徳島ラーメンセット。美味しかった。
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帰宅は深夜になってもいいのでチンタラ走っていたが、ふと「明石海峡大橋」の写真を撮ろう、と思いついた。夜に通ることなんてめったにないからね。淡路SAに入り、三脚なども使って撮った中の一枚がこれ。悪くない、と自画自賛。
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たった1泊2日の旅だったが、目一杯動き回ったので、ブログも四つに分けて書く破目になってしまったわい。いつまでものんびり旅ができない性分だが、その分充実の旅ではあったな、と思ったことだよ。


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0508 「剣山」登山前半(高知~大歩危~見ノ越駐車場) [旅日記]

「人形村“かかしの里”」(東祖谷)の案山子。案山子のサミット開催中!?
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五月の四国旅vol.3

前日は早朝からずっと車を運転したり歩いたりしていたので、爆睡して6時前に目覚めた。高知城など巡ってみたい気もしたが、「剣山」は決して近くはないので、「はりまや橋」だけに立ち寄って先を急ぐことにした。どうも車で動いているとどこへでも立ち寄れてしまうので、寄り道の誘惑を断つのが一苦労である。
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「はりまや橋」は江戸時代の豪商である播磨屋と櫃屋の間の堀川にかけられた私設の橋が始まりのようである。その後市電の敷設に伴う道路拡幅や川の埋め立てで、橋としての機能はなくなったが、高知随一のにぎやかな通りになっている(はずだが早朝でよく分からないw)。復元された橋が現在の橋と同じところにある。
オリジナル「はりまや橋」の復元。
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90年代までの橋の欄干(地下に保存展示)。
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現在の「はりまや橋」の欄干。向こう側に旧橋が見える。
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「南国土佐を後にして」の歌が流れるモニュメント。
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ペギー葉山さん亡くなったんだった。ご冥福をお祈りします。

市電の通る街は好きだなあ。
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前日通ってきたR55は高知市で終わり、西へはR56・北へはR32が走っている。「はりまや橋」を見た後高知道・R32と走って大歩危の交差点に9時ごろ着。
1km北の道の駅で一服。
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道の駅「大歩危」の妖怪屋敷。
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「大歩危」。
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ここにも鯉のぼりが。最近の流行なのだろうか。
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大歩危は通り道なので、前にも立ち寄ったことがあった。交差点に戻り東へ。西祖谷を通ってR439に入る。細い細い道が多いので周囲を見る余裕はない。東祖谷に入って少しした所(三好市東祖谷菅生)で、道路わきに人形(案山子)が置かれている集落を通った。車を停めて少し歩いてみた。
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家々の戸口や畑の角、橋のたもとや集会所の中まで色々な案山子が置いてあるが、住人の姿は見られない。面白いというよりはむしろ不気味な感じさえした。
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外国から来た家族連れがいたので聞いてみるとニュージーランドからのようだ。3年前ぐらいにドイツの人が動画をアップしていたらしいので、それを見たのかもしれない。
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たどたどしい英語で話しかけると、ご主人は日本語勉強を少しされているようだった。
この案山子群について私が "Strange ! "と言うと日本語ではどう言うんだと聞くので、「変」「不思議」と言うと怪訝そうな顔をしていた。私の感じた「限界集落」的な雰囲気が理解できなかったのかもしれない。webにこの集落についての記事があったので引用しておく。
「人形村“かかしの里”に見る限界集落の現実」
http://www.nippon.com/ja/column/g00198/
台風で壊れたのかそのままになっている橋。その先には廃校になったと思われる学校が。
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さて、登山口まであと20km足らず、先を急いでいると20分ほど走ったところで道端に桜が。
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高地なのでこんな時期に咲くんだ。桜の向こうに見えるのは「剣山」の山すそかも(と後で写真を見て思う)。
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11時過ぎに剣山の登山リフトのある「見ノ越」の駐車場に着く。なんだかんだ寄り道をしたためこんな時間になってしまった。上りはリフト下から登ろうと思っていたが、さあどうなるやら。(後半へ続く)

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0507 「室戸岬」~高知市 [旅日記]

初 「室戸岬」。
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五月の四国旅vol.2

午後3時に「轟九十九滝」を出たがしばらくは電波が来ず、ひたすら国道を目指す。20分ほどで国道に出たようだが道は細いままなので分からなかった。海部川沿いの広い国道を走っていると川に鯉のぼりが渡されていたので、車を停めて写真を撮った。かなり広い川幅だがしっかり張ってある。端午の節句は過ぎたが、旧の節句もあるからね。
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高知の宿が確保できたので、安心してのんびり車を走らせた。R55は快適な海岸沿いの道である。左手に広がる広大な太平洋を横目に走っていると、前方に大きな岩が。
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少し近づいてみると、どうやら「夫婦岩」のように見える。
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側まで行って車を停め、遊歩道を歩いてみた。
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「夫婦岩」はあちこちにあるが、これは「鹿岡の夫婦岩」というそうだ。
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大きな岩が分かれて出来たものか。
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少し先に走ったところから撮ってみた(けっこう気に入っているやつ)。
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更に西へ。ナビの指示は室戸岬の内側をショートカットしているが、せっかく来たので室戸岬に立ち寄ることに(17:00)。足摺岬ほど有名ではないと思っていて、地図で見ても太平洋に向かって突き出しているだけの岬だとイメージしていた。拓郎の「襟裳岬」が刷り込まれていたのかな。「むろとの春はなにもない春です~」というように。
「室戸岬灯台」。
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足摺岬と違って、R55が岬の下部(南端)に沿って走り、後ろの山(岬)の上に灯台があるという配置である。
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駐車場に停めるとすぐ前が岬である。お手軽だが逆に通り過ぎるだけになってしまいそうでもあるなあ。
遊歩道入り口。
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亜熱帯の植生なのかな。
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岬の先端あたりの荒々しい岩肌。
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広がる太平洋。
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幕末の志士中岡慎太郎はこのあたり(土佐国安芸郡北川郷柏木村)の出身のようだ。
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17:30 室戸岬を後に一路高知市へ。岬では太平洋に沈む夕日と書いてあったので、途中で見られるかもと少し期待したが、そうなんでもうまく行くはずもなく…。
山際に沈む夕日。
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19時過ぎに宿に着き、近所の居酒屋で「鰹の塩たたき」を食す。酒は「土佐一本〆」。
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美味しかったが自分にはやはり土佐酢の方がと思ったことであったよ。




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0507 「轟九十九滝」@徳島県海部郡海陽町 [旅日記]

「轟九十九滝」の本滝。神秘的!
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五月の四国旅vol.1

「轟九十九滝」は日本の滝百選、四国のみずべ八十八カ所に選定されている。少し前に「雨乞の滝」に行った時この滝も候補だったのだが、かなり西の方にあったので、次に「剣山」に行く時にセットにするのがいいかな、と思っていた。GWの最終日の日曜日なら宿はなんとか取れるだろうと朝6時過ぎに家を出た。高速も休日割引があるので行きは使うつもりでいるが、それでも須磨から乗るのは習い性?

「轟神社」でナビると三ヶ所ぐらい候補が出た。後で「轟の滝」調べるとこれまたいくつかあるらしいので注意が必要だが、今後の候補にはなるかも。鳴門を過ぎるとナビは「高松道」へと導くのでいつも戸惑う。徳島回りは遠回りになるからだろうが、なんか区分けの仕方がまずいのではないか?地図と併用すれば済む話ではあるが。

地道になってしばらく走ると、いつかR55に入る(松井のGO GO だ。もう古い?)。ほぼ海岸沿いに高知市まで続く道である。足摺岬や四万十川のある西海岸は以前行ったことがあるが、こちらは初めてだ。と感傷に浸る暇もなく車をひたすら西に走らせ、10時過ぎにはR193への分岐点に着いた。そこのコンビニで水などを買い込み山に向かう。海部川沿いの快適な国道だったが、途中からどんどん細くなり、国道だかなんだか分からなくなる。左に折れて更に細い道を進み11時過ぎに駐車場に到着。
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「滝見橋」のたもとのログハウス「とどろきの館」。
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そこでマップをゲットして歩き出す。まずは橋を渡って「轟神社」に参拝する。
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そこから川に下りると本滝まで2分ということだったが、よく分からず反対側の岸に出てしまった。そこで、本滝は最後に見ることにして、他の滝々を見ることにした。結構な石段が迎えてくれた。
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九十九というのは「たくさん」という意味なのでそれほどは無いのだが、次々と滝が現れる。
初めは「二重の滝」。
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滝の写真については少しは学んだはずだが、いざ撮るとなるとうまくいかないものだ。M・A・Sの設定をそれぞれ変えながら撮ってみるが、うまくいかない。滝の水量は雨の後で豊富なのだが、やはり晴天でかなり明るいためか、真っ白になったりして何枚も撮り直した。比較的ましなものを。
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他の家族連れも下りて来たので、再び道に戻り、次を目指す。
不動滝・横見の滝・船滝・鳥返滝など、他に名のない滝もたくさんあった。だんだん分からなくなってきたので適当に並べる故、名は想像してみていただきたい(笑)。
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更に上には大烏小烏滝、三十三才滝、鍋割滝などがあるようだが、時間が押してきたのでカットして引き返すことに。
途中の変わった木や岩に生えている草。
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以前「白髪岳」「段ヶ峰」で見かけたスルガテンナンショウ(駿河天南星)orマムシグサ(蝮草)。この色は初めて。
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いよいよ最後に「轟九十九滝」のハイライトである「本滝」へ。この本滝(別名・王餘魚滝[かれいだき])は轟本滝神社の御神体だそうで、鳥居の奥に鎮座している。
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左に細い滝(雨が少なかったら見えないかも)、右奥に本滝が。
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本滝は苔むした岩が左右から迫ったその奥に神々しく鎮座していて、御神体であるなあとうなずかせるものがあり、以前行った高千穂峡を思い浮かべたのであったよ。奥まで近づくにはそれなりの装備が必要であろうし、水しぶきが我々人間を寄せ付けない。カメラに水滴がついて、なかなかきれいに撮れなかった。
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一応ベストショット。
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それでもなんとか写真を撮り、滝を後にした。滝はどんな滝も好きだが、この滝は格別であった。
あ、動画も撮っていたんだった。なかなかの迫力。


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15時になったがスマホが全く使えなかったので、国道の方に急いで戻り、高知のホテルを予約することができた。高知までの道行きはvol.2 で。



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0429 「新舞子海岸」@ 兵庫県たつの市御津町黒崎新舞子 [旅日記]

「新舞子海岸」の干潟。
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絶景写真のサイトで以前見て、いつかは撮りたいと思っていた。初めて見たときは「新舞子海岸の夕日」と書いてあって「写真から見ても朝日だろう」と思っていたら、やはりその通りで、朝の干潮と重なるとき干潟の上に朝日が昇るというものだった。確か1月20日あたりが絶好の撮影日だったようだが、スキーで怪我をした直後でもあり、また三時ごろ起き出して行き、寒い中待機するのもなんだかなと思い、それきりになっていた。先ずは下見からだなとも思っていた。

この日、どこか出かけようかと思ったが、特に行き先も決まらず、ふと新舞子海岸の「干潮時間表」を見ると、「18:01 潮位6cm 」とある。下見としてはちょうどいいかと思い、行ってみた。何時に行くのがよいのか分からぬままに、加古川バイパス→姫路バイパスと走り、あとは地道で行く。途中にわか雨が降ったが、まあそのうち晴れるだろうと思っていると、13:30には近くまで来てしまった。あまりに早いのでその先にある道の駅「みつ」で時間をつぶす。
道の駅「みつ」から見た海と桐の花。前にも来たことがあった。
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14:30 ごろ新舞子海岸 に着くと有料駐車場しかなく、一旦入れると動きが取れないので、右手の道を高台まで走ってみた。300m行ったところに駐車スペースがあり、そこから新舞子海岸が見渡せた。偶然だったがどうもここが干潟の撮影ポイントだったようだ。
14:30過ぎの海岸風景。
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まだ干潮までは時間がある中、たくさんの家族連れが潮干狩りを楽しんでいた。
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沖には、家島諸島の「男鹿島(たんがじま)」や、
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「家島」などが見え、更に右手には「小豆島」もうっすらと見えた(写真には写らなかった)。
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さて、干潮まではまだまだあるので、そこから500m先の「新舞子ガーデンホテル(新舞子荘)」に日帰り浴場(600円)があるので行ってみた。広い浴場からは家島諸島などの浮かぶ瀬戸内の海が見渡され、素晴らしいと思ったことだよ。(浴室の写真はHPから)。
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15:30再び撮影ポイントに。干潟がかなり広がっているのが分かる。
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地元のカメラマンも集まってきていた。
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帰りたい気もしてきたが、もう二度と来る機会はないようにも思ったので、6時まで頑張ろうと思った。時間つぶしも兼ねて、海岸まで歩いてみた。潮干狩りの場所に入るのは有料なので、その手前まで(笑)。
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この海岸は大正11年までは「船越ノ浜」と呼ばれていたが、観光地として開発するに当たって神戸の「舞子浜」にちなんで「新舞子」と名付けたそうだ。おかげで?この日行こうとするまで、地図で見ていたのにも関わらず、「明石の先ぐらいだろう」と思い込んでいた。以前訪れた「世界の梅公園」もすぐ近くと知ったが、このあたりはナビに頼ることの弊害なのかなとも思われた。
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16時過ぎ、再び駐車場に戻る。潮干狩りも終了し、ほとんど人がいなくなっている。
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と、一台のトラックが干潟に乗り入れてきた。どうも明日のためにアサリを撒いているようだ。ズタ袋に入ったアサリをポンポンと下ろして行き、後でおねえさんが袋から出して撒いていた。
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なんか夢のない話でもあるが、商いとしての「潮干狩り」とはこういうものなのかもしれない。

それでは、日没までの写真をいくつか。同じような写真でも微妙に光の陰影が変わるなあ、と自分では思っているが。
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後で1月20日の撮影の記事を読むと、3時ごろから陣取りをし、最前列以外は脚立に上がってひたすらシャッターチャンスを待つとのこと。なんちゃってカメラマンにはとても無理そうなので、この日の体験と重ね合わせてwebの写真を鑑賞することにしようと思い決めたのであったよ。
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3月の野麦スキー場 [旅日記]

3月の野麦スキー
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前回野麦で滑ったとき(1月6日)に左手首を捻挫して早く帰ったが、その後二ヶ月経ってもまだ若干痛みが残っている。普通ならこれに懲りて今シーズンはもう行かないというところだが、あえてリベンジということで行くことにした。リタイアしてからもっと多く行けるのかなと思っていたが、数は少ないがイヴェントや用事などの兼ね合いでなかなか行けないもどかしさもあった。3月になってしまったが、雪は十分あるようなので、標高の高い(2,130M)野麦なら大丈夫だろうと金曜日の午後出発した。

行きはこれまでの経験を集大成化して、R171~大阪中央環状~吹田・茨木(280円)~宇治西・彦根(2300円)~R8~R21と走り、鵜沼から新しいバイパスでR248~R19と進んだ。少し時間はかかるが安く行けるルートである。彦根でたまたま入ったCOCO'Sというファミレス(六甲道にもあるのを思い出した)のメニューにジャンバラヤがあったので思わず頼んでしまった。これも性(さが)であるからいたしかたない(笑)
フレッシュアボカドのチキンジャンバラヤ。
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深夜12時に宿に到着。気温は-8℃だからまあまあである。宿は1.5泊(11000円)をとった。格安である。今シーズンからは酒類の持ち込みも可になったので更に割安感が増した。

1日目
週末なのでいつもより人出があった。
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駐車場もご覧の通り。
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前回閉鎖されていた「立て水の坂」。広い一枚バーンになっていた。
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これで3000mのダウンヒルが可能になった(しないけどw)。手首はスキーにあまり関係ないかと思っていたけど、意外と使うもので、最初は痛かったがいいリハビリになった。

前回私を転倒せしめた憎っくきポールは姿を消していた(左が前回)。
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リハビリ中なのであまり無理して滑らないようにし、代わりにいつもと違う写真を撮ってみた。
穂高連峰。後で無理やり合体させてみた。左手奥に見えるのは笠ヶ岳?
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これはいつもの乗鞍。
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エキスパートコースの上部から東に遠く見えたのは蓼科山だろうか。
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下のセンターハウスで週末だけ営業している珈琲屋さん。美味。
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3時ごろ宿に帰り、酒を買いがてら周辺を走ってみた。
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白樺林に囲まれたいいところだな、と改めて思ったことだよ。

2日目
同宿の団体さんが早出するためか、7時の朝食であった。おかげでこっちも早出できたけど。午後から天気が崩れる予報だったからかな。この日は下部のトレーニングバーンでスノボの、チャンピオン2ではスキーの大会が開催されていた。
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それらのバーンは立ち入り禁止だが、上から下まで滑り降りるのを妨げるものではない(しないけど,too)。

この日は普段立ち寄らない未圧雪のバーンにも行ってみた。あくまでも立ち寄っただけだけど。
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峰の原から見た御嶽。
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2月に家人からいただいた焼酎入りチョコを食べてみた。桐箱に入った立派なもので、焼酎というのがややためらわれるものだったが、意外といけてびっくり。チョイスを疑って失礼しました。一個ずつ違う薩摩焼酎が入っていて、その銘柄を買ってみたいと思う効果があると思った。
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午後になると気温が上がり、下部バーンは春スキーの状態になった。上部は大丈夫だったけど。3時過ぎまでみっちり(休みながら)滑り、宿へ帰って温泉に入り、来た経路を帰路についた。今年も2回しか来れなかったけど少しは鍛錬になったかな。2日目の朝トイレで足を踏み外して危なかったが、なんとか怪我もせずに終えることが出来た。さらば野麦、また来年。
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0204伊根の舟屋@京都府与謝郡 [旅日記]

道の駅「舟屋の里公園」から見た伊根湾。
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三か月ほど前にFB友だちになっていただいた、ベーシストにして写真家のM永さんから、伊根の舟屋を撮りに行かないかとお誘いを受けたので、この日行くことにした。彼は私より4つぐらい先輩で、以前からいくつかのバンドでベースを弾いていて、時折テナーも歌っていらっしゃるのを観ていたので、一緒に音楽で遊んでもらえるかな、と思っていたのだが、実はカメラもプロ級の腕前で、ブログにも書いた「猿壺の滝」に行こうと思ったのも、彼がFBにアップした写真を見たからなのであった。

一方私はといえば、安い望遠付きのデジカメを持っているだけで、山歩きや旅をしたときに目に付いた景色をスナップして、ブログの彩りにするといった程度なので、プロのカメラマンと撮影を共にするのはおこがましかったが、どういう風に撮影されるのかは興味があったので、楽しみであった。

拙宅まで車で来ていただいて、私のSUVで8時過ぎに出発した。今回「伊根の舟屋」を撮る目的の一つは、先日の雪がまだ残っていて、雪をいただいた舟屋を撮るというものだったが、あれからだいぶ経っているので、もう融けているかもしれないな、ということであった。西宮から上がって盤滝トンネル→中国道→舞鶴道→京都縦貫と走って宮津市まで。途中篠山の辺りで朝霧が立ち込めていて幻想的であったが、やや運転には邪魔だったかな。

伊根の町は丹後半島の東岸の中ほどにある。宮津市から海岸沿いの道を走っていると、天橋立が見えてきた。普通なら立ち寄るところであるが、あくまでも「舟屋」が目的なのでスルー。この辺りが単なる物見遊山と「撮影の旅」の違いか、と納得其の一であったよ(笑)。R178の伊根トンネルを出たところで伊根漁港の方に向かう。伊根小学校の脇をすり抜けて、10:30ごろ伊根港の波止場に出た。
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そこから対岸にある舟屋群をまず撮ることに。
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残念ながら雪は無くなっていたが、後ろの山には雪が残っており、それを背景にというのが構図の一つのようだ(師匠談)。
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私はと言えばカモメと船にばかり目が行っていたのだが。
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ファインダーを覗く姿はプロのカメラマンである。
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次に海岸沿いに更に進んで第二のスポットへ。道路脇に車を停めて何枚か撮った。
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道路脇に石段があり、どうも上にあるのが来る時見失った「道の駅」があるらしかった。上からカップルが何組か下りて来ていた。
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そこは後で行くことにして、もっと奥の最も舟屋群が集中している地域へ。車で奥まで行ってから一番手前の郵便局の駐車場に車を停めさせてもらい、街を散策しながら写真を撮った。
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伊根湾に沿って約230軒が建ち並ぶ「伊根の舟屋」は、1階が船のガレージ、2階が居間となった独特な建物である。それぞれの家の脇には立派な蔵が建てられていて、漁業で栄えていた時代を偲ばせる。後で調べると、昔は草ぶきの粗末な舟小屋だったのが、明治中期から瓦屋根の二階建てになっていって、昭和20年ごろに今のような舟屋群になったという。狭い道を隔てて山側にあった家が実は母屋だったのだと後で知った。
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大型化した船は中に入らないので前に繋留してある。
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自分も、「いいな」と思って撮った景色が後で写真を見ると思ったほどよくなかった、という経験を多く持つが、やはり「フレームで切り取られる風景」は肉眼で見て脳内で再構成される風景とは違うものであるようだ。写真としていいものになる構図というものを、一緒に回りながらいくつか教えていただいたが、急にそれが出来るようになるわけでもなく、後で見ると凡作だらけになってしまった。それでもたくさん撮ることはやはり大事らしく、師匠は私の十倍くらいカメラを取り換えては撮っていたようだ。納得其の二。「ここは押さえておこう」というのがカメラマンの口癖であった。
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1時になったので撮影を切り上げ、道の駅「舟屋の里公園」に移動した。1993年に開園されたというこの駅は、伊根湾を一望できる高台にあり、昼食を食べるためではあったが、望外の素晴らしい景色を見ることができ、雪がなくて残念がっていた師匠を大いに喜ばせたのであったよ。二人とも海老カツ定食を食べたが、海老もプリプリして美味しかった(写真なしw )。
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朝ドラ『ええにょぼ』のモニュメント。
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伊根の舟屋を舞台にした朝ドラ『ええにょぼ』も93年だったので、この駅もそれにあわせて町おこしの一環として出来たのだろう。圧倒的な眺望を持つ場所なのに周囲の景観を壊していないのが、何よりも素晴らしいと思ったことだ。湾を塞ぐように「青島」が横たわっている。天然の良港だね。
駅の建物も切妻の「舟屋」風デザイン
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2時半に撮影を切り上げて帰途に就く、と思いきや、彼にはもう一つ野望があって、それは京都の奥にある「美山かやぶきの里」の雪景色を撮ることであったのだ。「もう遅くなったし、雪もなさそうだから帰るか」と言いながらやはり行きたそうだったので、帰り道だからと立ち寄ってみることに(笑)。4時半ごろが光線の具合から撮影に好適な時間帯なのだそうだ。納得其の三。
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絶好の時間帯に着いたのだが、イヴェントがあったらしく駐車場は満杯で、パトカーも二台出ていた。何枚か撮るというので車を先のほうに移動させて待機していた。私も交代で撮ったが、人が多く雪も屋根などにはあまり残っていなかったので二・三枚でやめた。やはり雪景色は降ったすぐ後でないと、というのが結論。

帰りは京都縦貫→名神と乗り継いで6時半には着くことができた。なかなか撮影行としてはうまくいったように思う。翌日FBにアップされた師匠の写真を見ると、やはり全然レベルの違うものであった。だが今回いつもよりかなりたくさん撮ってしまって、選ぶのに苦労している自分としては、「なんちゃってカメラマン」のままでいるのが分相応なのだろうと思ったことだよ。

実は師匠と初めて直接お話したのが、2日前のライブに来て下さったときだったので、丸一日のやり取りにやや不安があったのだが、実際話してみるとフランクな気のいいおっちゃんだったので、音楽の話や学生時代の話などたくさんできたのが一番の収穫だったような気がする。また、音楽の方でもご一緒したいものだと思ったことだ。


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2017年初スキー@野麦峠スキー場 [旅日記]

今年も来ました、野麦峠スキー場。
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正月明けにスキーに行くのは現役時代からの慣習であるが、リタイア後も続いている。数少ない運動の一つでもあるので続けられる限りは行きたいと思っている。山登りと違って慣性の法則にしたがって滑り降りるだけなので、体力が落ちてもそれなりに出来るのが魅力とはいえるか。それでも初滑りのあとは体中がバキバキになって、12時間ぐらい寝てしまう。先日読んだ小説『スクラップ・アンド・ビルド』の世界だが、筋肉が再生されるかどうかは不明だ。

この冬も(北海道は大雪だが)各地のスキー場は雪不足に悩んでいるらしいが、野麦は標高が高く、(一部)滑走可であれば雪は悪くないので、他へ行こうとはそれほど思わない。温泉もあるのでいいスキー場だと思うがそれほど認知はされていないようだ。宿のおばちゃんが「三が日は他所のスキー場からまわってきたお客さんでいっぱいだったよ」と言っていたが、それでもリフト待ちはないだろう。空いているのは結構なことだが、つぶれたらいやだと思うので、この一文がお客さんを一人でも増やす一助となれば幸いである。
野麦峠スキー場HP
http://gakutoresort.jp/
男らしいロゴマーク。
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4日の晩から2.5泊で予約して、4日の昼過ぎに出発した。深夜に着けばいいから、と地道をちんたら走った。京都から彦根あたりまで若干渋滞したが、R8の関が原からR21は非常に順調で、各務原の東の鵜沼というところからバイパスがあるのを発見。R248と一部重なるバイパスを乗り継ぐと多治見でR19にスムーズに合流でき、12時前に宿に着けた。有料区間は中国吹田~茨木(260円)という快挙?!ここまでケチケチにならなくてもいいのだが、うまく利用したらいいルートだと思ったことだよ。

1日目 快晴
宿のセット券が2日券4300円(これでも格安)だが、平日シニアが1500円なので当然それを選ぶ。去年の正月明けと同じで、中間の立水の坂は整備中(連休にはつながるとのこと)なので4000mのダウンヒルはできない(しないけど)が、上部のラビット(250m)~チャンピオン(800m)はいずれも平均斜度25°で無駄な斜面がないので十分滑り応えがある。
ラビットコース。
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チャンピオンコース。
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下部のトレーニングバーン(600m)も最大27°でよく整備されているので、下手なりに滑りのチェックをするのに最適である。
トレーニングバーン。
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宿で一緒になった練馬ナンバーの家族のお父さんが「一気下りできないのかあ」と不満げだったが、ゲレンデで会うと「十分のコースやね(関西弁ではなかったか)」とおっしゃっていた(笑)。

下部のトレーニングバーンのリフトから見ると、左のファミリーゲレンデは全く雪がない。全部スノーマシンで雪を作っているようだ。左上が鋭意造成中の「立て水の坂」。
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スマホを落とさないようにしていたら手袋を落としてしまった(笑)。拾いに行ったところで霜柱を発見。転んでもただでは起きないのだ。
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この日の乗鞍岳三種盛り。
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珍しく4時まで滑って温泉に浸かり、夕食を食べたら即爆睡したのは言うまでもない。

2日目 快晴Ⅱ
センターハウス前まで来ると、上の方が白くなっている。樹氷が出来ているようだ。低く雲のように見えるのはスノーマシンが吹き上げている人口雪の雪煙のようだ。
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早速リフトに乗る。明日の開通に向けてスノーマシンがフル稼働していた。
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きれいな樹氷をうまくリフト上から撮れなくて、怖い下りのリフトを2回も乗り直してしまった。全くスキーをしているのか写真を撮っているのか分からない状態であるが、まあ写真でも撮っていないとリフト待ちなしで身体が持たないのもあるなあ。
リフト上から撮った樹氷。
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樹氷の向こうに穂高連峰も見えた。
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でも上部のゲレンデあたりは全く樹氷がなかった。自然の不思議さを感じた。

この日も乗鞍岳が美しかった。2日連続で晴天とは超ラッキーだが、運を使い果たしたのかも。乗鞍の左手かなたには遠く白山の姿もくっきり見えた。
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「白山が見えると翌日は雨」とは2年前同宿の人に教えてもらったんだった。
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2時過ぎまで機嫌よく滑っていたが、レストハウス前まで滑り降りて、減速しなかったのと逆光でポールが見えなかったせいで、×印のポールの右側をすり抜けようとして、更に右にあったポールに激突・転倒してしまった。頭を打ったと思ったのだが右肩・左ひざ、そして左手首も打撲したようだった。早々に切り上げて温泉に浸かり、夕食を済ませて寝たのだが、大したことないと思っていた左手首が痛んで一時間後に目が覚めた。
自分の影を撮ってみた。名誉の負傷をさせた憎っくき一番左のポール!!
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骨にひびまでは入ってないとは思ったが、翌日は滑れそうもないし、一晩中痛みに耐えていても無駄な時間を過ごすだけと思い、夜中に走って帰る決断をした。宿も1.5泊+夕食代にしてくれたことに感謝しつつ、翌朝の9時に家の近くの整形に行くべく、休み休みほぼ地道で帰った。診てもらうと幸い捻挫だということで湿布と痛み止めを貰った。経過は順調で、2週間と言われたがもっと早くにギターも弾けるようになるかな、と胸をなでおろした次第。兼好法師の「高名の木登り」ではないが、どうも気を許したときに災いが降り掛かる昨今であるような気がする。もっと落ち着いて慎重に日々を過ごさねば、というのが今年の三番目の目標になってしまったわい。
不名誉の負傷。
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でも、一年ぶりに野麦の素晴らしい自然に再会することができたので、楽しい旅であった。初詣の神様も戒めのためにこんな軽い怪我で済ませてくれたのだ、と思うことにしたのであったよ。
神の宿る午後の御岳の雄姿。
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<追記>今朝(9日)のFBを見ると昨夜雪が降ったようで、一面の雪。やっぱりスキー場はこうでなくちゃね。
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1102「投入堂」参拝禁止!? [旅日記]

三徳山の「投入堂」(2007年5月撮影)。
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朝から天気がいいので、どこか山歩きをしようかなと思って出かけた。前から行きたいと思っていた蒜山を考えたが、前日に福知山の民家の庭に熊が出現したとのニュースもあり、平日の人が少ないときに登るのはためらわれた。播磨の山のどれかとも思ったが決めきれず迷った末、07年に一度行った三徳山の「投入堂」を訪ねてみることにした。鳥取地震では死者は出なかったものの各地で被害があったようだが、「『投入堂』は被害がないことが確認される」とあったので、どんな状況なのか見てみたいと思ったのである。

鳥取道からR9に出たところで、改めて「投入堂」のことを検索してみると「断崖絶壁に建つ国宝『投入堂』で知られる三徳山三仏寺。文殊堂を支える岩には約15メートルにわたって亀裂が…」という記事を発見。当分投入堂へ参拝登山はできないとのことであった。岩窟にぽんと投入れられて設置されているかのような「投入堂」があの地震を耐え抜いて建っているさまを見たいと思ったのだが、そういうことなら仕方がない、と断念。登山口まで行ってから知るよりはまだましだったかな、と自分を慰める。

代わりに07年に行ったときの写真をいくつか載せておこう。「過去への旅路」にそのうち書こうと思っていたものだが。
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地震後の写真(webから)。文殊堂足元の岩盤のひび割れ。
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「投入堂」が無事だったのは奇跡としか思われないが、損壊箇所の修復も簡単にはいかないのだろうなとは想像される。また遠くない将来に(生きているうちに?)参拝して雄姿を観たいものだと切に願ったことだよ。

さて、鳥取市内で昼を食べたらもう1時。今更別の山にというわけにもいかず、帰り道にどこか立ち寄ろうと思いながら車を走らせた。
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偶然通りかかったのが8月に訪れた「鳥取県八頭郡若桜町」にあった若桜鉄道若桜駅のもう一方の始発駅である「郡家駅(こおげえき)」だった。この駅でJR西日本の因美線につながっている。こちらの駅は新装間もない感じで木の香りのするモダンな建物だった。
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「やずぴょん」とは八頭町のゆるキャラ?
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次いで、以前家人が行きたいとのたまいつつ沙汰やみになっていた「大江ノ郷自然牧場」に下見がてら立ち寄ってみた。こちらは〈平飼い〉の鶏が産んだ〈天美卵〉とそれを使ったパンケーキが有名だそうだ。どおりで「牧場」というわりには「ココちゃん」というヤギを見かけただけだったw
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広い敷地に瀟洒な建物が建っていて、レストランや地産の土産物がいろいろ売っていた。
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パンケーキはそこで食べるので20分待ちらしいので、今回はスルー。どれもそこそこお高いのでお手軽な値段の「クグロフ」をお土産に。
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帰りに鳥取道の道の駅「あわくらんど」に寄って玉ねぎ(北海道産)と「花御所」(鳥取産)という柿を購入した。
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社PAから見えた月と金星?
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山歩きのミッションを失敗したおかげで7時には帰着して、BSの「こころ旅とおちゃこ版」の隠岐の島福浦トンネルを観ることができて、それはそれで嬉しかったことだよ。




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母と娘の北欧の旅@ストックホルム&ヘルシンキ [旅日記]

ストックホルムの海。
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我が家の母娘がこのシルバー・ウィークに6泊8日の旅をして帰ってきたので、その土産話をメモ風に書きとめておこう。前に二人でパリに行ったのが2007年の3月だったから、ちょうど10年前だった。娘が大学を卒業する年だったようだ。あれから10年。その間に母と義父を送ったことになるが、いつ病状が悪化するか分らないので1週間も国外に出るのはためらわれたのだと思う。

今回は娘の希望で北欧の雑貨を見たいというのが主たる目的だったようだ。半年前に家人から「シベリア鉄道に乗らないか」と誘われたときは、「20代だったらその話に乗ったかもなあ」と丁重にお断りしたのだが(笑)。娘もこのところアメリカやドイツに出張していたので、だいぶ旅慣れてきているのだろう、ツアーではなく飛行機と宿を自分で計画して予約しての旅だったのはたいしたものだと思った。私のアメリカ旅行などは行き帰りの飛行機しか予約せず、あとはレンタカーでの行き当たりばったりの旅だったから。

さて旅程はというと、フィンランド航空でまずスウェーデンのストックホルムに行き3泊して、その後フィンランドのヘルシンキに移動して3泊して帰るというもの。オプショナル・ツアーには行かず、ひたすらその2都市とその周辺を観るというマニアックなものである。以前北欧雑貨や絵皿を買い付けに行くという番組を観たような気がするが、なんせ近頃のブームでもあるらしく、日本人観光客も多かったと言っていた。

ではまず14の島から成る世界で最も美しい水の都 ストックホルムから。
17(土)市庁舎及びその塔の上から見た光景。
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旧市街のガムラスタン(Gamla stan)。右手の白い建物がノーベル博物館。
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山中教授のサインのある椅子
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ノーベル賞受賞式のときの晩餐会に出たデザートらしい。
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ガムラスタンにはこんな路地がたくさんあった。
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船でユールゴーデン島に渡り、スカンセン野外博物館と北方民族博物館に行く。
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北方民族博物館は写真がないが古く貴重な織物などがたくさんあった。

18日(日)終日郊外のグスタフスベリに行って陶器の工場などを見て回る。
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19日(月)ユールゴーデン島のローゼンダール・ガーデンへ。
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その後、船に乗ってスラッセンに行ってセーデルマウムで雑貨店めぐり。

その夜のうちにヘルシンキに移動。空港近くのホテルに泊まる。
ストックホルムは治安もよく、暮らし易い街だそうだ。買い物は屋台の店に至るまでほとんどカードでの支払いになるとか。ここは違うらしいけど、最近はカードで支払うとき現地通貨建てか円建てか聞かれるそうで、円建てにすると手数料が多く加算されるそうなので要注意。

ヘルシンキはバルト海に面し、港の先に浮かぶ島々も街の一部である。
最も有名なヘルシンキ大聖堂とウスペンスキー寺院。
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20日(火)午前、服飾メーカー「マリメッコ」のアウトレットに行く。午後はハカニエミにあるマーケットホールに行く。

21日(水)午前食器メーカーの「アラビア・ファクトリー」に行く。
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夜には映画『かもめ食堂』が撮影されたレストランとして一躍有名になった「ラヴィントラかもめ」に行った。
(写真はwebより)
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22日(木)午後ヘルシンキを出発して翌23日(金)の朝、無事関空に到着。


向こうはずっと晴れていて、気温は5℃~16℃と過ごしやすかったようだ。日本が台風にさらされていたのと大違い。

あちらでの戦利品の数々。
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一方、留守居役への土産は?
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北欧というよりは関空の匂いがw

留守番中一度だけ洗濯機を回した。何十年ぶりだろう。今の洗濯機はスイッチ・ポンで終わるんだなあ、と普段何もしていないことを棚に上げて思ったことだよ。
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0820鳥取県八頭郡若桜町 [旅日記]

若桜駅構内にあったC12形蒸気機関車。
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氷ノ山(ひょうのせん)は、兵庫県養父市と鳥取県八頭郡若桜町との県境にある標高1,510mの山である。以前からそのうち登ろうと思ってはいたが、なにせ兵庫県最高峰(中国地方では大山に次ぐ二番目)なので、ずっと二の足を踏んでいた(形容矛盾?)。毎日猛暑日が続くので下手に山登りをして熱中症になってもと思い、標高の高いところをと思っているとき、この山が再浮上してきた。

改めてガイドブックを見ると、いくつかあるコースの中で「小学生でも安心して登れる」と書いてある「氷ノ越コース」があるのを見つけ、これにしようと思った。実際に登ってみると「元気な小学生」のことだったんだなあ、と思ったのだがw

土曜日、実家に行く家人を駅まで送ってから出たので、わかさ氷ノ山キャンプ場に着いたのは12時であった。午後は雨との予報もあったので、この日は山に登るのを断念した。引き返して翌朝出直すのはあまりに無駄なので鳥取市内に宿が取れたら泊まろうと思った。鳥取からなら一時間で来れるから。この日は下見ということにして周辺を観て回ることに。

わかさ氷ノ山キャンプ場のすぐ手前がわかさ氷ノ山スキー場で、一・二度日帰りで来たことがあった。こちらからも登れるが、仙谷コース・三の丸コースともややハードなコースのようなので今回は却下。キャンプ場はよく整備されていて、バンガロー・テント・オートキャンプ場が混在していた。
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また、近くには「高原の宿 氷太くん」という宿泊施設があったが、小学生の団体さんが入っているようで泊まるのは遠慮した。
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すぐそばに「日本の棚田百選」に選ばれた「つくよね棚田」があった。
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「つくよね」の漢字はこれ。
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少し下りたところにある「つくよね神社」。
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この裏手に「権現滝」という滝がある、と「氷太くん」のフロントのお兄ちゃんが教えてくれたのだが、うまく見つけられなかった。後で調べると「K'sの部屋へようこそ」というブログで紹介されていた。次の機会には是非訪れたいものだ。
webからいただいた写真。こんな感じらしい。
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向かいの小学校(分校?)の時計台。
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用途が不明なミニ水車。
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R29を右折して少し走ると「道の駅若桜」があり、そこに車を停めて向かいの洋食屋さん「夢豆庵」で鹿カレーを頂いた(写真なし)。その後若桜町を少しだけ散策した。若桜町は中世から近世初期にかけて存在した(その後廃城に)「若桜鬼ヶ城」の城下町として、また若桜街道と伊勢街道の交差する宿場町として栄えた町らしい。お城は標高452メートル(比高252メートル)の鶴尾山山頂部にあるらしいので、登山の代わりに行けばよかった。どうも今回はうまくいかないのう。
蔵通り。
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他にも「カリヤ通り」などがある。こじんまりとしたいい街であった。
若桜駅。
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若桜駅は第3セクターの若桜鉄道の始発駅で、若桜~郡家の9駅を走り、郡家駅でJRの因美線につながっている。始発駅でもあるためか、構内ではSLの見学なども出来るようになっていた。路線存続のために様々な企業努力が必要なのだろうと思ったことだよ。
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12系客車。
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DD16形ディーゼル機関車。
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C12形蒸気機関車。
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若桜駅の入構券。
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その後鳥取市内に向かい、唯一取れた格安ホテル、駅前の HOTEL NATIONAL に泊まった。初めて聞く名前だったのでやや不安だったが、意外とリーズナブルな宿だった。以前行った「すなば珈琲」のすぐ近くだった。

さあ、明日こそ氷ノ山登山だ!!
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