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母と娘の北欧の旅@ストックホルム&ヘルシンキ [旅日記]

ストックホルムの海。
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我が家の母娘がこのシルバー・ウィークに6泊8日の旅をして帰ってきたので、その土産話をメモ風に書きとめておこう。前に二人でパリに行ったのが2007年の3月だったから、ちょうど10年前だった。娘が大学を卒業する年だったようだ。あれから10年。その間に母と義父を送ったことになるが、いつ病状が悪化するか分らないので1週間も国外に出るのはためらわれたのだと思う。

今回は娘の希望で北欧の雑貨を見たいというのが主たる目的だったようだ。半年前に家人から「シベリア鉄道に乗らないか」と誘われたときは、「20代だったらその話に乗ったかもなあ」と丁重にお断りしたのだが(笑)。娘もこのところアメリカやドイツに出張していたので、だいぶ旅慣れてきているのだろう、ツアーではなく飛行機と宿を自分で計画して予約しての旅だったのはたいしたものだと思った。私のアメリカ旅行などは行き帰りの飛行機しか予約せず、あとはレンタカーでの行き当たりばったりの旅だったから。

さて旅程はというと、フィンランド航空でまずスウェーデンのストックホルムに行き3泊して、その後フィンランドのヘルシンキに移動して3泊して帰るというもの。オプショナル・ツアーには行かず、ひたすらその2都市とその周辺を観るというマニアックなものである。以前北欧雑貨や絵皿を買い付けに行くという番組を観たような気がするが、なんせ近頃のブームでもあるらしく、日本人観光客も多かったと言っていた。

ではまず14の島から成る世界で最も美しい水の都 ストックホルムから。
17(土)市庁舎及びその塔の上から見た光景。
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旧市街のガムラスタン(Gamla stan)。右手の白い建物がノーベル博物館。
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山中教授のサインのある椅子
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ノーベル賞受賞式のときの晩餐会に出たデザートらしい。
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ガムラスタンにはこんな路地がたくさんあった。
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船でユールゴーデン島に渡り、スカンセン野外博物館と北方民族博物館に行く。
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北方民族博物館は写真がないが古く貴重な織物などがたくさんあった。

18日(日)終日郊外のグスタフスベリに行って陶器の工場などを見て回る。
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19日(月)ユールゴーデン島のローゼンダール・ガーデンへ。
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その後、船に乗ってスラッセンに行ってセーデルマウムで雑貨店めぐり。

その夜のうちにヘルシンキに移動。空港近くのホテルに泊まる。
ストックホルムは治安もよく、暮らし易い街だそうだ。買い物は屋台の店に至るまでほとんどカードでの支払いになるとか。ここは違うらしいけど、最近はカードで支払うとき現地通貨建てか円建てか聞かれるそうで、円建てにすると手数料が多く加算されるそうなので要注意。

ヘルシンキはバルト海に面し、港の先に浮かぶ島々も街の一部である。
最も有名なヘルシンキ大聖堂とウスペンスキー寺院。
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20日(火)午前、服飾メーカー「マリメッコ」のアウトレットに行く。午後はハカニエミにあるマーケットホールに行く。

21日(水)午前食器メーカーの「アラビア・ファクトリー」に行く。
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夜には映画『かもめ食堂』が撮影されたレストランとして一躍有名になった「ラヴィントラかもめ」に行った。
(写真はwebより)
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22日(木)午後ヘルシンキを出発して翌23日(金)の朝、無事関空に到着。


向こうはずっと晴れていて、気温は5℃~16℃と過ごしやすかったようだ。日本が台風にさらされていたのと大違い。

あちらでの戦利品の数々。
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一方、留守居役への土産は?
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北欧というよりは関空の匂いがw

留守番中一度だけ洗濯機を回した。何十年ぶりだろう。今の洗濯機はスイッチ・ポンで終わるんだなあ、と普段何もしていないことを棚に上げて思ったことだよ。
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小説『ジニのパズル』雑感 [読書]

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少し前、芥川賞を受賞した小説『コンビニ人間』を読んだが、その選評で受賞作に劣らぬ高評価を得た作品、と書いてあったので読んでみることにした。芥川賞候補になる前に第59回群像新人文学賞を受賞したようなので、図書館で「群像」の6月号を借りてきた。バックナンバーが借りられるというのはいいね。

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作者の崔実(チェシル)さんは在日韓国人3世で現在30歳の美しい女性である。小説の主人公パク・ジニとはかなりの度合いで作者自身とシンクロしていると思われるが、それは横に置いておいて主人公の足跡をたどっておこう。ジニは小学校時代はエスカレーター式の日本語学校に通っていた。その頃のことをこう言っている。「この日本で在日韓国人として生まれ、日本の学校に入学した日から、必然的に二つの選択肢を迫られるようになる…。それは『誰よりも先に大人になるか、それとも他の子供のように暴れまわるか。』」だと。彼女は前者を選んだが、それでも学年が進むにつれ、いわれなき侮蔑の言葉を級友から浴びせられるようになる。

中学生になり、彼女は既定路線のように、あるいはそれまでの生活から逃れるように、朝鮮学校に入学する。だが、朝鮮語も喋れない彼女にとって、そこは更なる異世界でしかなかった。授業や級友たちの対応に違和感しか感じられずますます孤立化していくジニだが、中でもどうしようもなく違和感を感じずにいられなかったのは、教室の前に飾られている二人の北朝鮮指導者の肖像画だった。

彼女の祖父は、ずいぶん前に日本を捨てて北朝鮮に渡っていく。時々送られる祖父からの手紙は、彼がかの地で幸せに暮らしていると書かれてあったが、実情はそれとはかけ離れたものであったことが容易に推察できた。北朝鮮への帰還運動1950年代から1980年代にかけ行なわれ、朝鮮総連は北朝鮮を「地上の楽園」などと宣伝し、在日朝鮮人とその家族の多くを永住帰国・移住させた。だがそれは真っ赤な嘘で、帰国者たちは強制労働の末ボロボロになって死んでいった、というのは私たちにも切れ切れに情報が伝わってくる。そういった情報を朝鮮学校の内部からの目で紹介した部分は、それだけでも私たちには衝撃的だろうと思われる。

当初の目論見とは大きく乖離した北朝鮮の現状と、そこから目をそむけているとしか見えない大人たち(朝鮮学校の?)の中にあって、彼女は次第に追い詰められ、北朝鮮によるテポドンの発射とそれに伴う彼女や級友たちが受けた仕打ちの数々に、ついに爆発する。「革命家の卵」として…。

その後の彼女は自分の起こした事件のために学校を追われ、ハワイへそしてアメリカ本土のオレゴンの学校へと転校(留学)を余儀なくされるが、どこに行っても彼女の安住の地はなかった。周囲の世界と相容れないという認識しか持てないという意味では、先に読んだ『コンビニ人間』の主人公と似ているといえなくもない。置かれている状況はまったく異なるのだが。ある種の鋭い感性が周囲の世界に直面すると同じような化学反応をしてしまうということなのだろうか。

「空が今にも落ちて来そう」としか思えないでいる彼女も、オレゴンのホームステイ先のステファニーとのやり取りの中で救われたのだろうか。ただ、彼女の起こしたささやかな<革命>が、そして「世界中に埋もれている少数派の人達」の一人として作者が書いたこの小説が、混沌としつつまた爆発寸前のようにも思えるこの世界に、一つの風穴を開けたのかもしれないとは思う。選評では、「素晴らしい才能がドラゴンのように出現した!」(辻原登)と絶賛されているが、確かにそうだと思う。文体の揺れとか若干あってもそれを凌駕する圧倒的な筆力である。次回作が楽しみであるが、一方で、このような作品を書いてしまったら次が大変だなあ、と余計な心配をしてしまうのであったよ。

ジニのパズル


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0925「鹿嶋神社」@高砂市 [日々の散策]

「鹿嶋神社」
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日曜日、今日は晴れるはずだから山歩きを、と思って出かけたのが9時過ぎ。ちと遅いかなと思ったが出かけたからには、と以前コイン精米をして平荘湖のアジサイを見たとき、近くに「高御位山」という眺めのいい山があると知って、いつか登ろうと思っていたのだが、駐車場の場所とか分からなかったので下見に、そしてあわよくば登ってみようと車を走らせた。だが高砂市についた頃は11時を過ぎていて、気温も30℃近くなっていたのでこの日の登山は断念(笑)。

登山ガイドではJRの宝殿駅を出発して曽根駅に着く縦走コースがあったが、もっと短いコースをと思っている(なんちゃって登山だから)。山すそに沿っていくつかの寺社があるが、その中で一番大きそうな神社「鹿嶋神社」にあたりをつけて向かった。もう少し東に「北山鹿島神社」(字も少し違う)もあって、どちらにも「高御位山」の登山口があると後でわかった。茨城県鹿嶋市にある「鹿島神宮」が最も有名で、全国にある鹿島神社の総本社だそうだ。

さて、駐車場の手前にある大きな鳥居が目をひいた。
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これは1998年に造られたチタンの大鳥居だそうだが、荘厳というよりは何か新興宗教的なにおいがした。鉄人28号が隣にあると似合うような気も。

参道には名物の柏餅の店が並んでいた。
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しばらく行くと左手に燈籠に囲まれた立派な参道があった。
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拝殿でお参りしようとしていると、高校生とそのご両親らしい家族が、木切れを持って本殿の裏を周っている。
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この神社は一願成就・合格祈願の神として信仰されているようで、「拝殿で参り、本殿裏を回って竹の棒を置く、これを年の数だけ繰り返す願掛が行われる。」とあるので、どうもこれをやっていたようだ。
鹿もやはり祭神なのかな。
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拝殿の脇に登山口があった。
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周辺には秋の花や実が。ホオズキに似たこの実はどうも風船葛(フウセンカズラ)のようだ。
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次に、東にある「北山鹿島神社」に立ち寄った。こちらにも登山コースの看板があった。
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もう少し涼しくなって、晴れ渡っている日に是非来よう、と硬く決意して帰途に就いたのであったよ。
こちらの田んぼにも彼岸花が。
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これがたぶん「高御位山」。頂上近くは岩場になっているようだ。
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午後になって雨もパラパラしだしたので、不用意に登らなくてよかった、と胸をなでおろしたのだった。

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0922 「住吉大社」@大阪市住吉区 [日々の散策]

「住吉大社」
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台風一過で好天になったら少し遠出できるかな、と思っていたのに秋雨前線が…とかなんとかでぐずぐずした天気。この日は少しましになったようなので、途中で降られてもエスケープできそうな場所をと考えて、行ったことのない住吉公園か住之江公園のあたりに行ってみることにした。近くには住吉神社もあるらしいし、昔朝ドラの『てっぱん』のロケをした路面電車もこの辺りだったかなとぼんやり考えつつ。湾岸線から見えたよな、と思っていたがどうもそうではないらしい。後で調べると湾岸線から見えたのは堺市の「浜寺公園」であった。どうもこの辺りはまだよく分かってないようだw

R43から阪神高速17号線で北津守まで(210円)行き、府道29を南下すると住之江公園があり、左折してしばらく行くと住吉公園と住吉大社がある。神社の駐車場に車を駐めて、先ず住吉大社を参拝することにした。

『源氏物語』によく住吉大社(住吉の神)が出てくるが、以前は神戸の御影(住吉)にある神社だと思い込んでいた(教科書の脚注をよく見なさい、と言っておきながら)。
「源氏物語」<明石>より
“「住吉の神の導きたまふままに、はや、舟出してこの浦を去りね」“
(この後光源氏は須磨から明石へ移り、明石の君と出会い、ふたりの間に明石の姫君が誕生するのであったよ。)
御影の方は正しくは「本住吉神社」というらしく、それはそれで由緒があるらしいのだが。住吉神社は日本全国に約600社とも約2,300社ともあるといわれ、こちらが一番大きい総本社であるようだ。
反橋(太鼓橋)。慶長年間に淀殿が寄進したものらしい。
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住吉造といわれる本殿は4棟あるが、後で写真を見てもどれがどれだか分からないので、適当に並べておく。
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七五三の時期なのか、正装した親子連れが多かった。結婚式もしていた。
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10月1日には八辰まいり(はったつさん。商売発達・家内安全の行事)があり、多くの人が参拝するらしい。
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これは何?と思って近づくと、
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やはり、いまいち分からないw
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ここにパワーストーンが。五・大・力の文字が書かれている石を集め、お守り袋に入れると心願成就するそうな。
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商売繁盛というより商売上手?
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境内の外にあった「おもかる石」。京都の北野天満宮にもあったような。
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神社の境内をまわるだけで十分満足した(疲れた)ので、引揚げることにした。
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正面の大鳥居を出ると、前の道路に路面電車が走っているのが見えた。
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阪堺電気軌道というらしく、現有路線は、阪堺線: 恵美須町 - 浜寺駅前14.1kmと上町線: 天王寺駅前 - 住吉 4.4kmがあるらしい。今年の一月に上町線 の住吉 - 住吉公園間が廃止されたそうだ。朝ドラの『てっぱん』があったのがもう6年前であるから、6年越しに見ることができ、いといみじかりけることかな。
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スキーに行ったとき伊那の街にあった CONA というワンコイン・イタリアンの支店が難波にあると知って行ってみた。が、平日は夜しかやってなかった(泣)。
むなしく眺める道頓堀川。
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0919 New Bohemians @ 神戸ホンキートンク [バンド]

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一瞬「酔芙蓉?」と思ったら一重なので「芙蓉」とのことw
葉の形など似ているなあ。

今月から隔月第3日曜日になったので、6時半にお店に集合しました。早めに来て少しでも練習しようということと、日曜日なので早めにスタートしようというのがありました。台風も近付き雨模様ということで、8時過ぎまでみっちり練習できました(笑)。

そうこうしているうちに、Honky Tonk という店名に惹かれて入ってこられた旅の人を前に演奏することになりました。Bluegrass とは、という説明などしながら楽しく演奏することができました。やはり2時間でも練習すると、リズムの安定度などかなりましになりますなあ。
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次は11月20日(日)の予定です。早めの時間にお越しください。
その前に10月9日(日)に六甲山牧場内の特設ステージで Bluegrass Festival があり、 New Bohemians も参加することになりました。【午前の部】9:50~12:30 【午後の部】13:10~17:00 ということで、私たちの出演は13:30 ごろになります。いい季節ですのでご家族連れで(もちろんお一人でも)是非お越しくださいませ。
http://www.rokkosan.net/event-info/ggbg2016/

mp3は少しはリズムがましになったかな?の Rollin' My Sweet Baby's Arms を。


Set List

Fox on the Run
You Ain't Goin' Nowhere
Foggy Mountain Breakdown
Blueridge Mountain Home
Kentucky Waltz
Green Leaves of Summer
I Can Read Between the Lines
We'll Meet Again Sweetheart

Raised By The Railroad Line
Mean Mothe Blues
Washington County
Place in the Sun
Rollin' My Sweet Baby's Arms


映画『超高速!参勤交代 リターンズ』@109シネマズHAT神戸 [映画]

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去年『超高速!参勤交代』を観たときに、続編が今年の2月に公開される予定とあったので、時々チェックしていたのだがなかなか出てこなかった。9月になってやっと公開されたので観に行って来た。
今回はロケができたといういわき市の海岸
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続編の撮影が遅れたのには様々な理由が考えられるだろうが、何より大きな理由は、前作で物語の背景や磐城湯長谷藩の実情、道中の危難を切り抜けるアイディアなどを描きつくしたので、新たな展開の中で更に新鮮味を出すのが難しかったからではないか、と思われる。原作は『超高速!参勤交代 老中の逆襲』で15年9月に刊行されている。また文庫版は『超高速!参勤交代 リターンズ』として16年6月に刊行されている。読んでないのでよく分からないが、どちらにも「江戸城天守を再建せよ!」という荒唐無稽な命が下されたことになっているが、映画ではそれがない。この辺りを作り変える作業をしたのが半年遅れた原因なのかもしれない。参勤交代の「参勤」が江戸へ出府すること、「交代」が帰藩することなので、続編があって首尾一貫するということなのだろうが。
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さて前回、1万5000石の磐城湯長谷藩に難題を押し付け、藩を改易しようとしていた老中は、その陰謀が発覚して老中の座を追われ蟄居していたのだが、今回は将軍吉宗の日光東照宮参拝の恩赦により復職できたにもかかわらず、反省するどころか湯長谷藩への復讐と更なる野望の実現のために陰謀をめぐらす…、という設定である。ゆったりと藩に帰る旅をしていた藩主内藤政醇のもとに、領内で一揆が起こったという知らせが届き、2日で藩に帰り、事態を収拾しないと藩が「お取潰し」になるというので、前回以上に知恵を働かせて帰藩しようとする。
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前回は5日だったから展開は更にスピードアップし、殺陣のシーンも増えていて見ごたえがあるが、やはり若干ネタ切れの感が否めないのは自分だけだろうか。しかし今回新たな登場人物として大岡越前守こと大岡忠相や第7代尾張藩主徳川宗春とそれに仕える尾張柳生の忍びたちも出てきて、それはそれで見どころも多い。宗春は吉宗の「享保の改革」の倹約令に反して奢侈を否定せず尾張藩を活性化した人物とも言われているので、吉宗と対立する要素は確かにあるようだ。
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ともあれ、前回より更にパワーアップした殺陣やギャグ、前回を知っていると分かるユーモアが満載のエンターテインメントではある。藩士の妻子は城内に幽閉されているのに、藩士たちはどうなっていたのかはわからずで、最後は「七人の侍」よろしく老中軍一万二千人と戦うことになるなど、細部には辻褄の合わないところも散見するが、まあいいか、と思いつつ観終わったことだよ。
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超高速!参勤交代 リターンズ (講談社文庫)


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0917馬頭琴 TRIO @ アビリーン(神崎川) [ライブ鑑賞]

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「馬頭琴、ピアノ、打楽器による南モンゴル草原の調べ」という題のライブがあるというので行ってみた。ホーミーというモンゴル独特の発声法による歌い方があるのは、以前TVでチラ見して知ってはいたが、生で聴くのは初めてだった。もちろん馬頭琴の演奏も。モンゴルといえば、高校生の頃読んだ井上靖の『蒼き狼』(チンギス汗の物語)の印象が強い。日本人の魂の故郷という感じもかなりある気がする。

この楽団はバンド名は特になくて、メンバーは福井則之(馬頭琴・ホーミー)、北野隆太(パーカッション)、SAYAKA YAMADA(キーボード)のトリオ編成だった。
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福井さんは大学4年生の時にモンゴル国の伝統音楽の生演奏を聴き感動を覚え独学でホ-ミ-と馬頭琴を始めた、と京都の民族楽器店「コイズミ」(彼が講師を務めている)のHPにあった。弦も弓も馬の毛で作られているらしく、2弦であるが、それぞれの弦が音程の異なる二本の弦で出来ているらしい。チェロのように構えて弾くが、弦は浮いていて、そのまま上からおさえたり、爪で下からおさえたり、と複雑な奏法であった。

モンゴル本国と中国の内モンゴル自治区ではキーが違っていて、本国の方がやや低いとのことであった。ゲルの中で演奏しているから音がやや小さいとも言っておられたが、よく分からない。曲調はマイナーな曲が多く、ピアノと合わせている時はより西洋音楽に近く、ソロあるいはパーカッションだけと合わせるときは、アメリカのルーツ音楽のMountain Minor に近い感じがした。どこの国の音楽も伝承音楽が西洋音楽にアダプトしていく過程は似ているのかもしれない。
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どこか二胡を想わせる曲や中国の歌曲(蘇州夜曲のような?)、馬が疾走する様を表した曲、ブルーグラスの ORANGE BLOSSOM SPECIAL に似た列車の曲などバリエーションも多く、飽きさせることがなかった。
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mp3で録音させてもらったが、未だ未整理で曲名も覚束ないので、とりあえずYOUTUBE で見つけた彼の演奏を少し上げておく。
叙事曲
https://www.youtube.com/watch?v=alSlQhidC-w
nadamu, the Champoin of Horse Match
https://www.youtube.com/watch?v=C9WmD1kfG08
「京都馬頭琴楽団 厩」の演奏の一コマ。曲名「夢中的額吉」。
https://www.youtube.com/watch?v=VoO0zokHzcU

思えば、戦後の日本には多くの外国の音楽が流入し、流行してきた。ジャズ・カントリー・ブルース・ブルーグラスといったアメリカの音楽だけでなく、シャンソン・カンツォーネ・ラテン音楽・ロシア民謡 etc. と様々な音楽を自分たちのものにしていったのは凄いことだ。今、モンゴル音楽などが新たに入ってくると若干違和感を感じたり、敬遠したりする傾向もあるかもしれないが、音楽に限らずジャンルにこだわらないで様々な文物を取り入れたように、モンゴル音楽も傾聴する機会をもっと持ってもいいのではないかと思ったことだよ。
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特別展「始皇帝と大兵馬俑」@大阪・国立国際美術館 [展覧会]

美術館エントランス前の「兵馬俑」。
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大阪で「始皇帝と大兵馬俑」展(7月5日~10月2日)が開かれるのは大分前から知っていたが、暑かったりオリンピックがあったり(関係ないか)と行く機会を失っていた。あと半月になったので急遽行ってみることにした。金曜日は午後7時までやっているので5時ぐらいに着くようにと車を走らせた。

この美術館は当初は万博記念公園にあったのを、2004年(平成16年)に現在地(大阪中之島)へ移転したらしい。隣には大阪市立科学館があった。こちらも以前あった大阪市立電気科学館が1989年に閉館したのに伴い代替施設としてできたとのこと。中之島図書館などと併せて一大文化ゾーンとなっているのだなあ。

近くに40分300円のパーキングがあったので「80分はいないだろう」と思って駐めたのだが、少しばかり越えてしまったのであったよ。予想以上の展示だったということだ。

巨大なオブジェと見えたのは、エントランスゲートで、竹の生命力と現代美術の発展・成長をイメージしたものだという。
ちょっと写真に加工を施してみたw
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特別展は地下二階にあり、長いエスカレーターを下りていく。途中の踊り場で写真を撮ろうとしたら、どこからともなく係員がやってきて、「通行の妨げになるので撮影はお控えください」と言われた。今はそんなに混んでないのにと思ったけど。そういえばやたらと係員が多かったような気がしたが、中国から借りてきたものだから粗相のないように気を使っているのかな?
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会場には兵馬俑以外にも、彼が天下統一後行った万里の長城の建設や度量衡・通貨の統一などの事業の数々を垣間見させる出土品なども展示され、興味深かった。前221年に天下を統一し、前210年に崩御するまでの10年余りの間に、一気に諸制度を改革していった始皇帝のバイタリティに改めて驚かされた。
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兵馬俑は将軍・御者など役職によって造形が異なるが、その異なる種類を一体ずつ陳列してあった。本物の人間を横に立たせて職人に造らせたという像は2000年前のものとは思えない、リアリティに満ちたものだった。
これはwebからいただいた。
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展示会場の終わりの方に写真撮影用の兵馬俑軍団(レプリカ)があった。
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秦王に即位した前247年から自身の陵墓建設に着手したとあるが、今の我々から見れば国費の無駄遣いとも思えるような作業を行いながら、その裏で天下統一をしていったとは驚くばかりである。首都咸陽の阿房宮は項羽によって焼き払われるが、その後入った劉邦によって保全されたとも言われている。始皇帝陵も、項羽がそのまま残っていたら墓もあばかれ、破却されていたかもしれない。改めて貴重な遺産なのだと思ったことだよ。

ともすれば「項羽と劉邦」の方にばかり目が行きがちであるが、劉邦も中国を再統一したとはいえ、始皇帝の業績のいいとこ取りをした感もある。改めて「秦」という国の歴史を学んでみようと思いつつ美術館を後にした。
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『キングダム』をまず読むべきか(笑)。
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0915 今年の「中秋の名月」 [日々の雑感]

9月15日の「中秋の名月」
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今年の「中秋の名月」は9月15日で、15日に「十五夜」になるのは非常に稀なことらしい。そういえば去年の「中秋の名月」は9月27日で、「スーパームーン」と重なるというので話題になった。15日で重なるといっても旧暦の8月15日と新暦の9月15日なわけで、一月違いであることに変わりはないのだが…。

この日は家人が娘と北欧に旅立つ前日ということで、夕食は出来れば作りたくないし、外に食べに出るのも気が進まないというので、スーパーの出来合いのものと冷蔵庫にあったピザとチーズフォンデュという不思議な取り合わせで「最後の晩餐を」することになった(笑)。
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十五夜関係はちょっと場違いな「月見団子」のみ。
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夕方は曇っていたので、月は見れないかなと思いつつ、飲みすぎたワインで転寝をしていて、9時ごろ目を覚ますと、「月が見えてるよ」というので、外に出てみると、なるほど少し雲がかかっているが、きれいに「十五夜」が出ていた。
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いつ見ても月は「物を思わせる」ものだなあ、と思ったことだよ。

少し欠けているようにも思ったのでこの時刻の月齢を調べると 14.13 であった。
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台風がまた近づいているが、フライトに影響はなさそうで、翌早朝にMK TAXI で出かけていった。無事な帰国を願いつつ再び眠りについたのであった。
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韓国ドラマ『馬医』など@テレビ大阪 [日々の雑感]

『馬医』
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韓国ドラマは『宮廷女官チャングムの誓い』(2003年・MBC)を観たのが初めだった。BSでやったあとで1CHで日曜日の11時にやっているのを途中から観るようになったので、2006年だったのかな。録画して翌日の夕食時に観たりしていたようだ。気に入って総集編のDVDを買ったりした(笑)。「大長今」という朝鮮王朝第11代王の中宗の時代の実在の医女がモデルだったらしいが、史書にはほとんど数行しか記述はなく、ほとんど創作といっていいようだった。
『宮廷女官チャングムの誓い』
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イ・ビョンフンという監督がいいように思ったので、その後切れ切れに彼の作品を観てきた。いずれも日曜日夜の1CHである。『イ・サン』(2011年)は第22代国王である正祖を描いたもの。そういえば映画も観たなあ。『トンイ』(2013年)は第19代王肅宗の側室で、第21代国王英祖の生母。正祖の祖父が英祖になるようで、トンイは王の生母なのにあまり資料が残っていないようで、これも大きな政治の流れ以外はほとんどフィクションといっていいようだった。「朝鮮三大悪女」のひとりであるチャン・ヒビンもオクチョンとして描かれていたが、描かれ方は作品によってずいぶん違うようだ。日本の時代劇もフィクションが多く入っているが、これほどまでではないような気がする。
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『馬医』は2013年にBS3でやっていたが、その後1CHで放映されることはなかったと思う。観なかったのはそのうち1CHでやるだろうと思ったのか、主人公がチャングムやトンイのような美女でなかったからかもしれない(笑)。テレビ東京で16年の1月から集中放映していたらしい。8月の中ごろ、ふと昼ごろテレビ大阪にチャンネルを回したらやっていたので、以来最終回まで毎日観てしまった。もちろん録画して夕食時にCMを飛ばしながら観たのだが。
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『馬医』は奴婢の子として生まれたペク・クァンヒョン(実は名家カン家の子)が、馬医でありながら医官の道に進み、幾多の苦難を乗り越えて、ついには王の主治医=御医にまで上りつめるというサクセスストーリー。他のドラマと同じく、毎回これでもかというほど主人公は苦難や死の危険にさらされながら、それを切り抜けていくのは、韓国時代劇に共通するところである。主人公と恋仲になるカン・ジニョン役の女性は、家人にはあまり評価されていないが、どこか卓球の愛ちゃんを思わせる愛らしさである。中韓に好かれる顔立ちなのかな。
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作中で主人公が鍼麻酔をしたり、次々と新たな外科手術を編み出し、成功させていくので驚いた。日本で杉田玄白が『解体新書』を著したのが1774年、華岡青洲が世界初の全身麻酔手術を成功させたのが1804年とあり、『馬医』の時代よりだいぶん後になる。当時は日本が鎖国だったからのかなとも思うけど、どうもそうでもないようだ。韓国の歴史ドラマは相当脚色が多いようで、日本の比ではない。何でも韓国が起源であるという「韓国起源説」というのががあるらしい。「柔道」や「空手」、果ては「武士道」や「桜」まで韓国が起源だとする主張である。イ・ビョンフンたちドラマ制作者の中にもそういう意識が働いているのだろうか。
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まあ、歴史ドラマはフィクションが前提であり、物語を面白くするための脚色なのだろう。権謀術数渦巻く宮廷にあって、主人公たちはあくまで清く正しく美しく、常に民の幸せを願い、先進的な考えを持っているように造型されている。これはある意味腐敗と汚濁にまみれているとも見ることのできる、現代韓国社会(韓国に限らないが)の現実に対して「人は本来かくあるべきだ」という啓蒙の気持ちが込められている、と解すべきなのだろうとは思う。一方日本ではあまり史実から離れるのはどうか、という受け止め方もあるからか、そういう想像力の飛翔はアニメなどのファンタジーの世界で花開いていったのだ、という考え方も成り立つように思われることだよ。

やっと『馬医』が終わったと思ったら、次のドラマ『華政(ファジョン)』が始まってしまった。第15代国王の光海君及びその異母妹貞明公主を主人公とする物語のようだ。監督はイ・ビョンフンではないが、とりあえず観始めてしまった。全65話らしいので、13週か。なんだかんだ言いながら最後まで観てしまいそうだなあ。ふうっ!
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知れば知るほど面白い 朝鮮国王 宿命の系譜 (じっぴコンパクト新書)


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0910「大乗寺(酔芙蓉の寺)」@京都市山科 [日々の散策]

大乗寺の酔芙蓉の花。夕方にはピンク色に変わるというのだが。
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夏前に咲いていた花、多くはムクゲだったのだが、フヨウなど似た花がいくつもあり、よく分からなかった。それらを調べていたとき、「酔芙蓉」という花があり、9月ごろ咲くということが分かった。「酔芙蓉」で有名なお寺として京都山科の「大乗寺」という寺があると知ったので、スマホにメールしておいた(アルツにはこれが一番w )。日曜日から雨らしいというので、やや寝不足だったが行ってみることにした。駐車場がないと書いてあったので、少しは歩く覚悟も必要だったが。

最寄の駅は地下鉄東西線「御陵(みささぎ)駅」らしいが、徒歩15分とあり、いずれにしても歩かなくてはならない。以前山科から蹴上に向かって「琵琶湖疏水」を歩いたが、その道中からほど近かったようだ。それらを組み合わせるといい一日ハイキングコースになるんだろうな。周辺の狭い道をくるくる回って、やっとコインパーキングに車を入れたのが11時過ぎ。その場所は「御陵血洗町」というなんとも不気味な町名であった。なんでも義経がここの池で血の着いた刀を洗ったという伝説からきているらしいが、町民はこの名前はいやだろうになあと思ったことだよ。

そこからJRのガードをくぐって左に曲がると、大乗寺に続く道に出る。旧東海道だったようで、細い道である。田んぼでは稲刈りをしていた。
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お寺の手前で、近くの民家の庭先にも酔芙蓉が咲いていてお出迎え。
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12時に寺に到着。裏からの参道が風情があると書いてあるので裏に回った。ちなみに少し先に「光照寺」があって、そこの駐車場は広かったなあ、とメモしておこうw
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裏参道。以前岩湧山で見た「シュウカイドウ(秋海棠)」の花がこちらでも咲いていた。
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大乗寺山門。こじんまりとしたたたずまいに、様々な小物が配されていてご住職のお人柄が偲ばれる。
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この寺は三百年前に建立され、今は法華宗の寺であるが、代々無本山の尼寺として細々と続いてきた寺のようである。今の住職が寺に入ったころは、草庵に等しい荒れ寺であったのだが、住職がツルハシ一本で参道作りから始め、再建したとのことである。そういう中で吟友からの勧めもあって、酔芙蓉の苗木百本を植えることから始まり、現在では千三百本にまで増え、「酔芙蓉の寺」として知られるようになったようである。

入館料はなく、酔芙蓉を育てるための義援金の箱が置いてある。本堂脇から酔芙蓉の群落が広がっている。低木ということで私の背丈よりやや高く、林というよりは畑の中を歩いている感じである。
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まだ時期が早かったのか、チラホラ咲きであったが、白く大きい八重の花はあでやかで気品があった。
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午前中は白、午後にピンク、夕方には赤に色を変えるというが、赤い花もいくつかあり、それらはややしぼんでいたので、前日開いた花の名残なのかなとも思った。
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酔芙蓉園から山門を望む。大きな楓の木もあった。
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水盤に咲く芙蓉の花。
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夕方までいて色の変化を見届けたい、とも一瞬だけ思ったが、そのようなことが自分に出来るはずもなく、30分あまりの滞在で寺を後にした。今度来るときは午後4時ごろを狙ってくるのがいいのかな。酔芙蓉祭は9月15日~10月15日とあるのでこれからがハイ・シーズンである。
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周辺に咲く秋の花々。
萩かなと思ったら、ヌスビトハギ(盗人萩)ではないかと(by 花博士)
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こちらはアブチロン(アオイ科)らしい(同上)
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ヒバの花?初めて見た
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疎水の水を引いたものか。
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すっかり秋の空。
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帰りに宇治の近くに足を伸ばして、以前FB友達の元バンド仲間IMO君の同級生がやっている店を、メールに送っていたのを思い出し、立ち寄ってみた。黄檗駅(おうばくえき)の近くだったと後でわかったw
IMO君推薦のカルボナーラ!!
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帰りはやはり、京滋バイパスの側道を通ってチンタラ帰ったが、寝不足で少しこたえたことであったよ。

その後の酔芙蓉については以下の記事参照。
1002午後の「酔芙蓉」
1012大乗寺再訪



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0909 壱服庵solo [バンド]

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台風13号も通り過ぎて、すこし秋らしい気候になってきたようです。夕方になるとかなり涼しく感じられて、外に出やすくなってきたのではないでしょうか。そんな中で今回のライブを始めることができました。
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1950年代アメリカで活躍したカントリー歌手ハンク・ウィリアムスの伝記映画『アイ・ソー・ザ・ライト』が近々公開されるというので、急遽彼の曲を何曲かやってみることにしました。急に思い立って練習したのであまり出来はよくなかったかもですが、楽しく演奏できました。「ロックの父」と呼ばれることもあるようですが、29歳で亡くなるまでに実に多種多様な曲を作っていたんだな、と改めて感心してしまいました。公式サイトを載せておきますので是非ご覧になってみてください。
http://isawthelight-movie.com/
大阪では「なんばパークスシネマ」で10月1日封切のようです。
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もう一つ今回初めて演奏したのは "Moon River" です。ブログでも前に紹介していた曲でしたが、コード進行が難しくてなかなか自分では演奏できずにいました。今回まがりなりにも何とか終わりまで演奏できたのはうれしいことでした(観客無視かい、との声も)。この曲の入った映画『ティファニーで朝食を』を観たことがないとつい喋ったら、お客さんに笑われてしまいました。面目ない。是非DVDで観ておかなくちゃと思ったことだよ(笑)
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壱服庵でのソロも今回で2年続けたことになりますが、次回の10月14日(金)のステージで、しばらくお休みすることになりました。リタイアしてから始めた独りでの演奏なので、感慨深いものがあります。次回はこの二年間の成果を(と息巻くほどではないけど)聴きに是非お越し下さい。
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Set List

PEACH PICKIN' TIME IN GEORGIA
Are You Lonesome Tonight
SILVER WINGS
Moon River

Last Thing On My Mind
Mona Lisa
When You Smile

ALL MY LOVING (D)
*Hank Williams 特集
Lovesick Blues (E) 
彼の曲ではないがオープリーで6回アンコールを受けた出世作

Jambalaya (D) 
ルイジアナの料理名が満載の曲
Hey, Good Lookin' (B♭) 
きれいなおねいさん、一緒に新しいレシピを作ろうぜ、という殺し文句?
Cold Cold Heart (C capo3) 
妻との心の亀裂を歌ったものでしょうか。古くはトニー・ベネット、最近ではノラ・ジョーンズがカヴァーした名曲
I Can't Help It (D)
昔の恋人を街で見かけたときの切ない気持ちを歌ったもの
五番街のマリー
A PLACE IN THE SUN

それはスポットライトではない(encore)
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映画『シン・ゴジラ』@109シネマズHAT神戸 [映画]

『シン・ゴジラ』(英題: GODZILLA Resurgence)
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『ゴジラ』という映画はこれまでハリウッド版を含めて50作も作られているらしいが、これまで一度も見たことがなかった。どこかで作り物の娯楽映画だろう、と思っていたからだと思う。昔は映画をたまにしか観ていなかったというのもあるだろう。リタイアしてから割引で観れるようになって、これまでとは違うジャンルのものも観るようになった。そういう中で、どんな映画にもその表面上の体裁の裏に、製作者の様々な思いが込められているのを知った。それはともかく、評判になっている『シン・ゴジラ』を観てみることにした。初ゴジラであるww
以下ネタばれありかも


今回のゴジラは、これまでと違って「太古の時代より生き残っていた深海棲の海洋生物が60年前に投棄された大量の放射性廃棄物を摂取したことにより、突然変異と異常成長を繰り返した結果、誕生した生物」とされている。これまでも、「水爆実験で眠りを覚まされて…」という設定もあったようだが、今回は「愚かな人類の所為」の結果生まれたということで、原発や原子力兵器によって生み出され、増え続ける廃棄物の処理が出来ないままでいるこの世界の将来に対して警鐘を鳴らしている、と言えなくもない。「核廃棄物」という得体の知れない「怪物」を具現化して見せたともいえる。

最初羽田沖(だったかな)に現れたときは、尻尾があるだけの大きなおたまじゃくしのような形だった。初めて上陸したときは、まだ手足は生えておらず、ヘビのように蛇行しながら川を遡っていく。身体のあちこちから血のような体液を放出しながら進むさまは、ちょっとリアリティに欠ける感じがあったが、川沿いの建物をなぎ倒しながら進むさまは、まるで先の大地震の津波の様を思わせた。
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未知なる巨大生物の出現に対応できずにいる、政府のプロジェクトチームのさまは、未曾有(ミゾユウではない)の大災害を前に後手後手に回るしかなかった現実の政府機関の機能不全を思い起こさせた。「戦後は続くよ、どこまでも」という言葉は、戦後70年経っても縦割り行政から抜け出せない日本の官僚制度を皮肉ったものでもあり、米国追従の国家でしかない日本の現状を衝いたものだろう。だからといって戦前の憲法に戻せばいいとはさらさら思わないけど。
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次に上陸したときは、更に巨大化し、手足を持ち直立歩行もできるように変化していた。自衛隊や米軍の攻撃を受けると、体内の組成が変化してレーザービームを放射できるようにまで進化していた。「人間の約8倍という膨大な量の遺伝子情報が内包され、それには爬虫類のみならず魚類や鳥類といった他の種類に属する生物の性質も含まれており」という設定で、従来の生物の常識を超えた生き物とされている。荒唐無稽には違いないが、ここ数年地球上を襲う様々な災害や、新種のウィルスの出現などを考えると、人智を超えた新たな現象の襲来と重ねて考えずにはいられなくなる。終わりの方でゴジラの尻尾の先に「顔のようなもの」や「歯や骨のようなもの」が形成されている場面があるが、そこにも同様の思いが込められているのではないか。「シン」にはいくつかの意味が込められているそうだ。「新」であると同時に「神」であるというように。英語の "GODZILLA" には "GOD" という語がはめ込まれているし、思い上がった人類の所業に対して「神」が審判を下そうとしているのだ、ととれなくもない。
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科学者たちの奮闘の結果、大量の血液凝固剤を直接注入することでゴジラを封じ込める「ヤシオリ作戦」によってゴジラを凍結することに成功する(こうならないと話も終わらないしね)のは、兵器に拠らない「科学」の力を信じたいという願いのようなものが込められているのだろうが、凍結しただけで終わってはいない、というのも「フクシマ」での対処のありようを思い起こさせる。
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ともあれ、初めて観た「ゴジラ」であったが、単なる娯楽作品を超えた、突っ込みどころ満載の映画であった。クレジットの最後に「野村萬斎」の名があり、「どこに出てたかなあ、ひょっとして」と思って調べると、モーションアクターとなっており、ゴジラのどこかユーモラスな動きは、彼の「狂言的」な動きをCG化したものと知って腑に落ちた、と思ったことだよ。
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<追記>本日ブログアクセスが140000に届きました。いつもお読みいただき有難うございます。
    微妙な数でピンと来にくいですが、車で20万キロまで頑張って乗るぞ、という感じかな?

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