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0428「壇鏡の滝」(帰省日記vol.3) [旅日記]

隠岐「壇鏡の滝」雄滝。
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帰る日になった。前夜から降り続いている雨は止む気配がない。予報では朝方には上がるはずだったのに、とこぼしながら雨の音を聞いていた。近頃「日本の滝百選」に選ばれている滝をポツポツ廻っていて、その紹介サイトで故郷隠岐の島の「壇鏡(だんぎょう)の滝」もその中に入っているのを知った。小さい頃の遠足以来何度かこの滝は訪れていたが、水量が少ないからか、あまりたいした滝ではないな、とずっと思っていた。父などは「いいものを見せよう」という感じで連れて来てはくれていたのだが。

帰省最終日のこの日は、2時には港に行かねばならないので、中途半端に時間があり、いつも手持ち無沙汰な時を過ごすことになる。そこで、雨後の滝は水量が増えて「百選」らしい滝が見れるかな、と思い立ったのであった。ところが雨は上がるどころか降り続き、波も3mから4mに増えて、船に乗るのをやめようかという勢いになっている。家人に水を向けても、「前にも行ったから」「帰る支度が」と取り合う気配もないので、「雨上がらない決死隊」として一人行くことにした。

車で30分ほどの行程であるが、道は細く、途中には豪雨の警戒をしている(と勝手に思ったのだが)ような人たちの一団もいたりして、心細かったがなんとかたどり着いた。
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岩壁に立つ壇鏡神社の両側に落差約40mの雄滝と雌滝があり、雄滝は滝を裏側から見ることのできる「裏見の滝」となっている。
雌滝。
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雌滝の一段目。
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雄滝。
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どちらも夜来の雨で勢いよく水が落ちていた。やっと「日本の滝百選」に恥じないと思うことができたことだよ。

家に帰る途中の道で、高い梢のあたりに、紫色の花をつけている木を見つけた。藤の花が上に向かって咲いているように見えたが、知らない花と思ったのでとりあえず写真を撮っておいた。
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後で花博士に尋ねると「桐の花」ですよ、といつもの即答であった。桐の箪笥の「桐」なのかとわかったが、こんなに有名な木なのに今まで花を知らなかったのがいと恥ずかし。
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桐の木は成長が速いので、かつては女の子が生まれると庭先に桐の苗を植え、嫁ぐときにその木を伐って箪笥にし、娘を送り出すという風習もあったそうな。

午後の船に乗ったが、この頃になると雨もようやく上がって、波も4mとビビッていたほどでもなかった。疲れていたので米子道を通って、10時には帰り着くことができた。

最後に、載せそびれた花をいくつか。
「日々草」。家の鉢で育てたものとは違う紫であった。種が風に飛んであちこちに自生するようになったとか。
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「十二単」。これも種が飛んであちこちに咲くようになったそうな。こんなことから生態系が変化してしまうんだろうな。
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西郷港に行く途中の路側にあったピンク色の「モクレン」。これは珍しいと思ったけどモクレンじゃないかも。
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他にもあったが頭のメモリーが満杯になったので今回はここまでで許しといたろ(笑)。
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帰省中に二階をゴソゴソしていたら、少し前に当ブログで触れていた『暮しの手帖』が順不同で並んでいるのを発見。適当に引っ張ったら、昭和29年の号だったので記念に持ち帰ってきた。
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0425「隠岐の花々」(帰省日記vol.2) [旅日記]

パティオの「白藤」。といっても後ろは長屋(納屋)ですけど w
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4月25日
朝7時に宿を出て8時過ぎに七類港へ。いきなり車を載せろと言われるが切符も買ってないので焦った。この日は波も1mと静かで船室も空いていたのでよく寝れた。到着前に少しデッキに出て写真を撮る。
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昼前に実家に着くともう周辺の草刈りを頼んでいた「仁万の里」という施設の人達が作業をしておられた。
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なんせ敷地だけはやたらと広い(畑だったところにもツツジとか植えてある)ので、自分たちだけではとてもできないのだ。家に入り戸を開け放って風を入れ、中の掃除をしたりガスや水道・給湯器が使えるようにする。毎回の作業である。その合間に周辺の写真を撮ってみた。4月の終わりに帰ることはめったにないので、こんな花があったのかというのも二・三あった。
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母が好きだったと聞いた「ハナミズキ」。
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これまた母が丹精していた「藤棚」の藤。
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4月26日
朝墓掃除に行く。かなり高いところに位置しているので、見晴らしはいいがその分墓参りも一仕事である。今後どうするのか悩ましいが、これは遠く離れた故郷に父祖の墓を持つ、同じ世代の共通の悩みだろう。
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4月27日
頼んでいた庭の草抜き作業も終了したので、取り切れてない部分の草をを少し抜いて捨てた。昼前に従兄弟のいる「久見」という海沿いの集落に、頼んでいた「ローソク島藻塩」をとりに行った。この塩は戸越銀座の塩専門店「solco」で№1にとり上げられ、テレビでも紹介された。親戚としても少々鼻が高い。今回もお土産用にたくさん買わせていただいた。
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また、米が余っているからと大きな袋二つもいただいた。こんなにもらったことがなく、とても食べきれそうにないので、ご近所にお配りするかなあ、とうれしい悲鳴?
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待っている間、「久見漁港」を少し散策。
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ここは隠岐島後の北西に位置し、はるか沖には日本領だったらここの所属になる「竹島」があるはずだ。親戚の古老は昔竹島付近で漁をしていたと聞くと複雑な気持ちになることだ。
ローソク島遠望とズーム写真。
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「久見海岸」。
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近所の花をもう少し。
「郷土館」(旧周吉外三郡役所庁舎)と「隠岐シャクナゲ」。
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家のすぐ近くの駐車場脇にツツジがあるとずっと思っていたのだが、今回よく見ると少し違っているのに気付いた。ツツジのようなバラのようなシャクナゲのような不思議な感じ。とりあえず写真だけ撮って、帰って調べようと思った。
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帰ってから調べようとしたが手がかりがない。思い余って(ていうかすぐ)花博士に尋ねると、やはり即答で「平戸ツツジ 紫八重」ではないかと。でも珍しい品種だそうで、素人がわからぬのも無理からぬこと、と自分をなくさめるのであったよ。

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0424「鳥取砂丘」(帰省日記vol.1) [旅日記]

砂丘でハング・グライダー。
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母の三回忌(昨年6月)以来ずっと帰省してなかったので、今回連休前に帰ることにした。といっても普段誰も住まない家に風を通し、掃除をするのが主な目的なのだ。連休中に隣の神社で大祭があり、あまり草茫茫で見苦しいのも、ということもある。家の維持のためにだけ帰るというのもなんだかな、と思うが故郷を捨てるということもなかなかできないわけで、なかなか難しいものであるなあ。

車を持って帰りたいのでフェリーを使うのだが、この時期朝の便しかないので米子に前泊する。もう少し若いころは夜中の3時に出ていたがそれもしんどいので。どうせなら寄り道をしながら行こうと朝8時過ぎに家を出た。中国道佐用JCTから鳥取道(無料)に回り、何度か立ち寄っている道の駅「あわくらんど」へ。
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ここに来るとついつい色々買ってしまう。八朔や蕨・筍・セリなどいっぱい買った。
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続いて家人が一度も行ったことがないという、鳥取砂丘へ。11時過ぎに着くと、昔は有料駐車場だったのが今では無料になっていた(記憶違い?)。
「砂丘まで30歩!」の名コピー。
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ちょっとうす曇り(あるいは黄砂のためか)で鮮やかな景色というほどでもなかったが、広大な砂丘はやはり圧倒的だった。
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ラクダに乗る人や、
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砂地バギー・バイクにトライする人、
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遠くの小高い丘からはハング・グライダーで飛び立つ人もいて、多彩なアトラクションが試みられていた。
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さて、「見るだけ」だとそれほど時間も経つわけもなく、米子へ向かおうとしたのだが、ふと砂地→砂場の連想で、以前「スタバはないけど砂場はある」のキャッチコピーで話題になっていた「すなば珈琲」を思い出し、立ち寄ってみようと思った。ナビで探すと鳥取駅前にあるらしい。

話のネタに写真でも撮って帰ろうと思っていたが、来てみるとなかなかいい感じのお店だった。
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ランチも安そうなので入ってみた。そう広くはない(奥にも部屋があるらしいが)店内にお客さんがぎっしり。
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「マツコの席」まであるw
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オーダーした「煮込みランチ」は600円で珈琲にドーナツまで付いてくる。私は540円の「イカスミ魚魚カレー」を頼んだのだが、おまけで珈琲もついてきた。なんか名古屋あたりのモーニングセットみたいだ。
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後で調べると、もう3号店まで出来ているようで、ひょっとして大化けして阪神間にも進出するのでは、と思わせるものがあったことだよ。

鳥取から米子まではほとんどバイパスなので2時間もかからない。いくつか道の駅に立ち寄っても3時には着いてしまった。高速代+ガソリン代で4千円ほどで格安である。これも格安のホテル「カクバン」に入って少し休み、5時前に駅前まで出てみた。この夜は高校卒業以来という同級生に会って飲む約束をしていたのだ。
駅前の酒房「こうりん坊 山月庵」。
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松江・安来から来てくれた旧友たちはそれぞれ手広くお店をやっていたり、地元の大立者だったり、早期退職して悠々自適の太公望(=漁師)だったりと様々な人生を歩んでいるが、会うと40年前に還り、忌憚のない話が出来るのがうれしかった。久々に痛飲した夜であった。
「いくつになってもダラな友達」の図。
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0422壱服庵solo [バンド]

壱服庵にたなびく鯉幟。
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この時期阪急「門戸厄神」の駅前の商店群の店先には、様々な「こいのぼり」が。
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庵主に尋ねると地元の商店会の活性化のお付き合いで揚げているとのこと。でも周辺で一番巨大だったのは壱服庵のものでしたなあw
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てな訳で一年で最もいい気候のこの夜、壱服庵での演奏をスタートさせました。多くはないお客様の中でビックリポンな方がお二人来られて、記憶に残る夜となりました。
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お一人は、大学のサークルの先輩であの " LOST CITY CATS " でマンドリンを弾いていらっしゃったI沢さんで、去年の8月のOB会以来でした。現在はリタイアして主夫生活のかたわら、ギターに持ち替えてブルーグラス・バンドで歌っていらっしゃるとのことで、キャッツ時代の軽妙なMCと豪快なハイテナー・シンギングが聞かれそうです。やはり先輩に見られての演奏は緊張を強いられるので、いっぱいトチってしまいました。いつもの言い訳ですが何かw

もうお一人は、私がまだ20代の頃の職場の大先輩で、いろいろなことを教えていただき、お世話になった「ヌー」ことI西さんでした。こちらは僭越にもお誘いしたのですが、間違えて前週の土曜日に一度来られていたと庵主から聞いていて、申し訳なく思っていたので、ちゃんと来てくださって本当に有難くもうれしい再会でした。尤もご本人は「先週は練習に来てみたんだぬー」とおっしゃってましたが。今年喜寿を迎えられるとのことで、幾分お痩せになったようですが、まだカクシャクとしておられて、30年前そのままの「ヌー節」で今の世相をぶった切っておられました。
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さて肝心の演奏ですが、いつもの曲に加えて「20世紀の歌」でも紹介した " SILVER WINGS " や " He Was a Friend of Mine " 、マチャアキの「さらば恋人」など最近演りだした曲をいくつか歌いましたが、やはり練習のようにはうまくいかないようで(笑)。また「みんなで歌いましょう」のシリーズ、今回は " You Are My Sunshine " を選び、配布する歌詞カードを忘れたのですが、「暗誦しなさい」と押し付けて、見事「シングアウト」することができました(かな?)。PP&Mのピーターの気分になったことであったよ。
その雰囲気をmp3でお届けします。

来月は連休明けの5月13日(金)ですのでよろしくお願いします。なんか「13日の金曜日」というパターン多い気が…。まあ、いいか(笑)

SET LIST

PEACH PICKIN' TIME IN GEORGIA
ALL MY LOVING
SILVER WINGS
さらば恋人 
You Are My Sunshine
THE LAST WALTZ
Four Strong Winds

EARLY MORNING RAIN
He Was a Friend of Mine
A PLACE IN THE SUN  
Rhythm Of The Rain
I Can't Help It
TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS

I SHALL BE RELEASED ( encore )



0419芦屋「ハナミズキ通り」など [日々の散策]

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この前の日曜日に、一年間続いた団地の理事会がやっと終わった。月二回の日曜夜の集まりもけっこう縛られたが、平日もあれこれ業務があって大変だった。まあ、サンデー毎日の身には適度に充実した日々だったのかもしれないが。今でも出先から帰るとメールボックスを開けてしまうのは、ひょっとして「理事会ロス?」と思っては首をブルブルしている。しばらくは続くのかもw

去年「ハナミズキ通り(正確には『花水木通り』)」のことを書いたのは4月21日だったので、少し早いのだが、朝から快晴だったので自転車で行ってみた。
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まだ少し早く、ピンクの花が少ない気がしたが(白が先に咲くようだ)、今年も元気よく咲いていた。R43の「芦屋高校前」交差点から臨港線まで植えられているのだが、東西の道にも近年植えられているようだ。
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昔は梅・桜・若葉ぐらいで春が過ぎていったものだが、今では梅・アーモンド・モクレン・コブシ・桃・桜・花水木・山吹と春を味わえるようになったのかな?近隣の街路樹も場所ごとにこういう木をまとめて植えるようになって、「つれづれわぶる」身にも心の慰みになることだよ。

改めて「ハナミズキ」を調べると、北米原産であのワシントンのポトマック河畔に寄贈して植樹された桜の答礼として米国から贈られたものが起源らしい。アメリカに行った桜は日本のより色が濃いそうだが、日本に来たハナミズキは逆に色が薄いのだろうか。淡いピンクの花もいいものである。花といったが、実は「花弁」に見えるのは「総苞(ソウホウ)」という部分らしい。「萼(ガク)」ともまた違うのかな。
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同じミズキ科の「ヤマボウシ(山法師)」もやはり「花弁」に見えるのは「総苞」らしく、ちなみに「ハナミズキ」は別名「アメリカヤマボウシ」と呼ぶ云々…、とだんだんこんがらがってきた。これでは「花を愛でる」どころではないではないか、と思考停止するのであったよw

回ったついでに近所の花々を。
家人が「グリーンのアジサイ」と呼ぶのはたぶん「オオデマリ」。
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三色の「シバザクラ」(たぶん)。
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去年から名が不明だったのはきっと「ヤエヤマブキ」。→正解は「モッコウバラ」でしたw
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グーグル検索でヒット率は上がったが、花博士のお力がないと、〈たぶん〉どまりであるなあw

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0416 New Bohemians @ 神戸ホンキートンク [バンド]

崩落した熊本城の石垣
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去る14日の夜、熊本の益城町で震度7の大地震が起こり、驚いているとそれにとどまらず、16日未明今度は南阿蘇村のあたりでマグニチュード7.3の地震が起こり、こちらが実は本震だという、聞いている方も訳が分からないほどの惨状になっていると聞きました。こちらも130年前に起こったきりで、地震が起きるという意識がやや薄かったのかもしれません。もう中途半端な地震予知の情報に頼らず、日本全体が明日にも震災に見舞われる可能性の高い地震列島なんだ、という意識を全国民が持つべきなのだろうと思います。震災で命を落とされた方々には心からお悔やみ申し上げます。また避難されている方や怪我をされている方々の一日も早い回復をお祈りいたします。

こんな状況では、ライブなどやっている場合ではないな、と思いながらも、逆に我々阪神の者たちにも再び惨禍が襲ってくるかも知れない中で、その日その日を精いっぱい過ごしていくことも、また我々ができること、やらねばならないことだと思い直したりしております。南阿蘇の近くでは毎年秋に「カントリー・ゴールド」という一大イヴェントが催され、何度か訪れたところでもあり、どうなっているのだろう、と心配もしながら日々が過ぎていきます。どうか無事に今年もイヴェントが開催されますように。

さてこの夜のライブですが、MdのI倉君が東京に行って不在のため、Saicho君に代打ちを頼んでいましたが、前日になってBjのI佐君が高熱のためリタイアすることになり、途方に暮れていましたが、昔少しだけ一緒に演っていたMurata君にFBでダメもとで依頼したところ、快諾して下さり、バンドが成立。フェイスブックは偉大だ(笑)。 後で聞くと、施主さんとの会食を途中で抜けて来ていただいたようで、恐縮至極でござったw
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二人とも手練ぞろいだったので、いつもの曲も大半はこなし、" Ragtime Annie " や " Pick Away " など普段演らないインストもやって面白かったです。私も普段は突然やるとバンドの冷たい目を感じ、遠慮してしまうところを、火事場のドサクサで?何曲かやってしまいました。

先日紹介したマールの " Silver Wings " とかライトフットの " Alberta Bound " レスターの " Ten Miles From Natchez " 等々。こんなラフな感じで色々やるのもたまには良いもんだ、と思ったことだよ。

録音はしなかったので、Murata君と昔やった曲を。


来月は21日(土)レギュラー・メンバーでやる(たぶん)予定ですので、よろしくお願いいたします。

Silver Wings(銀色の翼)[私の好きな20世紀の唄たち]vol.50 [20世紀の歌Ⅱ]

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Silver Wings(銀色の翼)
     written by Merle Haggard

マール・ハガードは1937年4月6日にカリフォルニアで生まれたとあるが、父親はオクラホマの出身で、'31~'39年にオクラホマ一帯で起こった「大砂嵐(Dust Bowl)」や「大恐慌」のために故郷を捨てて西に移り住んだようだ。このことは " RAMBLIN' ROUND "[20世紀の歌Ⅱ] でも少し触れた。音楽は好きだったがいわゆる不良少年で、すさんだ生活をしていたようだ。20歳のころ強盗罪でサンフランシスコの刑務所に入ったが、58年の正月に慰問に来たジョニー・キャッシュの歌を聴いて歌手を志す決意をしたと言われている。

その後模範囚となり出所してからは、ベイカーズフィールドでカントリーの歌をを作り歌い始める。彼の作る歌は労働者や死刑囚などの体験をストレートに歌ったものが多い。彼がバック・オーエンズらと作ったサウンドは後にベイカーズフィールド・サウンドと呼ばれるようになる。ポップでおしゃれなナッシュビル・サウンドとは対極をなすものだ。
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ヴェトナム反戦運動が頂点を迎える69年に、彼はそれらの流れを全否定するような歌 " Okie From Muskogee " (モスコギーからの流れ者)を作り発表する。「俺たちはヒッピーたちみたいにマリファナやLSDもやらないし、徴兵カードを焼き捨てたり、乱痴気騒ぎなんかしないさ…」という歌詞には、非常に保守的なものを感じて、歌っていいのかなと思うこともしばしばだった。今改めて見直してみると、彼はヒッピーたちの変革の行動の中に、何か地に足の付かない上滑りなものを感じていたのではないか。政治的なメッセージというよりは、オクラホマ出身の貧しい流れ者の息子として、日々のささやかな生活を大切にする、そういうところから乖離してなにが変革か、と言いたかったのかもしれない。

彼の代表曲としては、上記の歌や死刑囚とのやり取りを元にした " Sing Me Back Home "、 " Mama Tried " " Working Man Blues " など数多いが、あえて " Silver Wings " を選んだのは、マールの曲で最初に知ったものだからでもある。確かリンダ・ロンシュタットが誰かのアルバムのゲストで歌っていたのではなかったか。リンダ経由で知ったアーティストの多いことよw

Muskogee と同じ69年に別のアルバムで発表されたこの曲は、飛行機で去っていく恋人のことを歌った失恋ソングである。もう一昔前だったら列車で去っていくというところだが、この時期ライトフットの「朝の雨」やジョン・デンバーの「悲しみのジェットプレイン」など、飛行機を扱った歌が次々と出てくるのは、フォーク・カントリーミュージックの歴史の流れのひとつのエポックを感じさせるところではあるなあ。

長田弘さんが『アメリカの心の歌』の中で「(彼の歌は)ただ一人の私の歌だ。<中略>ほとんど形容詞がない。直截で、飾らない。それでいて容積が大きい」と言っているが、この歌にもそれが当てはまるように思う。最低限の感情しか吐露していないため、聞く者にそれぞれの「別れ」の物語を紡がせる、そんな歌だ。それは彼の生き方そのものでもあるのだろう。シングルカットされたわけでもないこの曲が、遠く離れた日本でも多くの人々に愛される所以だろう。今でもこの曲名で検索すると、多くの店の名やバンド名になっているのがほほえましいくらいだ。
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そんな彼が先日亡くなった。奇しくも April 6, 2016 (aged 79) 、誕生日と同じ日に。マールの歌ももっと色々聴いて自分の歌にしていこうと思っていた矢先であった。残念であるが、ドラマチックに生きてドラマチックにこの世を去っていった彼の数々の歌を、私も生きている限り歌いついでいきたいと思った。

youtube はまずマールのもの
MERLE HAGGARD-SILVER WINGS
https://www.youtube.com/watch?v=-Xpl8m7Y1pw&nohtml5=False
リンダのは見つからないのでスージー・ボガスのもの
Suzy Bogguss - Silver Wings (Live)
https://www.youtube.com/watch?v=Wcaf6j_TSTU&nohtml5=False
マールの授賞式でのクリスとミランダの歌
Silver Wings - Kris Kristofferson and Miranda Lambert - Kennedy Center Honors Merle Haggard
https://www.youtube.com/watch?v=FFzPBT77jtk&nohtml5=False

Silver Wings(銀色の翼)

銀色の翼よ、日の光を浴びて輝いている
エンジンは轟音を上げ、どこかへ飛び立とうとしている
お前をどこかへ連れ去り、俺を独りぼっちで置き去りにする
銀色の翼はゆっくりと視界から消えていく

 「俺を置いていかないでくれ」俺は泣く
 飛行機に乗らないでくれ
 けれどお前は俺のことを心から追い出して鍵をかけ
 俺をここに立ちすくんだまま置き去りにする

銀色の翼よ、日の光を浴びて輝いている
エンジンは轟音を上げ、どこかへ飛び立とうとしている
お前をどこかへ連れ去り、俺を独りぼっちで置き去りにする
銀色の翼はゆっくりと視界から消えていく


Very Best of MERLE HAGGARD


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『とと姉ちゃん』と『暮しの手帖』 [日々の雑感]

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あさロスもつかの間新しい朝ドラが始まったが、今回のお話は小さい頃から親しんできた、あの『暮しの手帖』の編集長をしていた方がモデルのようで興味深い。編集長のモデルである大橋鎭子さんも然ることながら、共同設立者であり、表紙の絵をずっと描いておられた花森安治さんが、父の旧制高校時代の知り合いであったようで、その点でも注目している。
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『暮しの手帖』の創刊は昭和23年だそうである。私は28年生まれだが、物心ついた時にはもう何冊も家にあったから、ほとんど創刊号の頃から定期購読していたのだろう。離島の村で本屋と言うほどのものもなく、年に一度漫画雑誌の特別号を買ってもらえるというような状況だったので、自然と家にあったこの雑誌をパラパラめくるようになったのだろうか。

初めは藤城清治さんの美しい影絵の挿絵がある童話を読んでいたのかな。そのうち田舎にはない料理のレシピ(ドーナツとかコロッケとか)が載っていたので、4人兄弟の末っ子であった私は、母にねだっていくつかの料理を作ってもらっていたような気がする。病弱な父親に代わって田畑や山の仕事をしながら、4人の子を育て上げた母にとっては、さぞかし迷惑なことだっただろうが、あまり嫌そうな態度をされた記憶がないのは、彼女もそういうハイカラな料理をすることが楽しかったのだろうか。今となっては聞く術もない。
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少し長じてからは、電化製品などの「商品テスト」をよく読んだ気がする。実際買おうとしてなのか、ただ読み物として読んだのか定かでない。時期が違うということなのかもしれない。この雑誌そのものが、広告を載せない雑誌という斬新なものであり、それにも驚かされたが、「商品テスト」もメーカーからの援助など受けず、真に公正に消費者の立場に立ったテストであった。そういう姿勢は自然と私の中に醸成され、大学・就職と進んでいく中で、周囲におもねらない、悪く言うと頑固で偏屈な人格を作っていく一助になったような気もする。もちろんこの雑誌だけで育ったわけではないがw
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花森さんが亡くなられたのは昭和53年で、ちょうど私が就職した年である。その時父と何か彼について話したような気もするが、あまり覚えていない。今回ドラマが始まったのをきっかけに、ウェブで少し調べたり兄・姉に尋ねたりしてみて判ったことがあるので書きとめておきたい。

父は松江の旧制中学(私の母校の高校の母体でもある)から旧制高校に進み、バレーボールの選手としてならしたが、結核を患い中途退学を余儀なくされた。花森さんは2級上で寄宿舎で一緒だったらしい。バンカラの気風の学校で、菱形の雑誌を作ったり美人の呉服屋の娘さんを追いかけたり(どうもその後その方と結婚なさったようだw)と、奔放な学生生活を送っておられたらしい。これは後の話かもしれないが、スカートを履いたりとバンカラというよりはむしろモボ(モダン・ボーイ)と言ったほうがいいのかもしれなかった。父が生きているうちにもっと話を聞いておけばよかった、と悔やまれる。
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父が病気を患って故郷に帰らなかったらどうしていただろう、と想像することがある。東京の大学を出てより自由な生き方をしていたのだろうか。それとも長兄として故郷に帰る道を選んでいたのだろうか。そういえば一見厳格そうにも見えた父が、意外とそうでもなかった一面を何度か見たような気がする。高校でギターばかり弾いて学業がおろそかになっていた私をさほど叱らず、黙って小林秀雄の『考えるヒント』を渡してくれたとき、大学でこれまた放蕩の上、工学部から文学部に転部すると言った時、黙って話を聞いて「そうせい」と言ってくれたとき、「親の希望する道でなくとも色々な生き方があっていいんだぞ」と思っていたのかもしれない。そういう考え方の中に先輩である花森さんの影響も少なからずあったのかもしれない。反発しながら親の気持ちを中途半端に忖度する生き方しか出来なかったような気がする自分であるが、改めて父や花森さんのような先人の偉大さを感じてしまったことだよ。
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朝ドラの話のつもりがとんだ思い出話になってしまったわい。

※画像はwebからとらせていただきました。

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0408ベランダの4月の草花 [日々の雑感]

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我が家のベランダはずいぶん長い間アロエのジャングル状態だった。家人曰く、「これで泥棒もなかなか入ってこれないさぁ」というような具合で、それはそれで結構なこと、と思っていた。一昨年、外壁塗装の工事があって、ベランダのものを全て撤去しなければならなくなり、アロエもその時おかくれになる運命となった(合掌)。

ベランダの復活とともに、少しずつ鉢植えの花など置いたり、アサガオやゴーヤを種から育ててみたりしているが、なんせ付け焼刃なので、せっかく育てた花の名前をすぐに忘れたりする。ということで、写真に撮っておいたら少しでも花の名前を覚えられるかな、と思ってあげてみた。

カポックとゴムの木はずいぶん以前からあるものである。日当たりが悪いので捻じ曲がり捻じ曲がりして、現状に至っている。まるで自分を見ているようだw
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では、名前のわかるものから。
シクラメン。年末からずっと花をつけてくれている。
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キャッツテール。
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ラナンキュラス。
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ルピナス。
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チューリップ。球根だったからこんな色と知らなかったw
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伸びた葉牡丹。
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ちょっとおしゃれなアロエコスモ。
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針金のようだがプラチーナというらしい。
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多肉植物たち。
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山椒。先代のは虫に食べられた。これとローズマリーは使えて便利。
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種が風で運ばれたらしいムスカリと?
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名前はまだない(じゃなくて失念ちう)
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さて、花を愛でようという生活、何時まで続くかな。元のジャングルに戻らないようにしなくちゃねww


0405駆け足花見@神戸・芦屋・西宮 [日々の散策]

JR芦屋駅南、茶屋乃町の桜並木。
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天候不順で最後の花見日和というので駆け足で桜や他の花々を見て回った。
はじめは茶屋乃町の南北の通り。R2からR43まで並木が続く。前日の午後に行った。芦屋はここ以外にも芦屋川河畔や川西町など見どころが多いが、ここは特に桜のトンネルという感じが強い。両側にはおしゃれなカフェなどもあって芦屋らしい雰囲気。
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続いて神戸市東灘の山手幹線沿いにある「弓弦羽神社」。こちらは去年も訪れた(2015-04-04の記事)が、参道の桜並木以外にも様々な花が咲いていた。
神社入り口の右手、お隣のお邸の三色の桃の花が美しいのでパチリ。
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他では終わっている枝垂桜も残っていた。
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このピンクの花は?ご近所の花博士に尋ねると「ハナズオウ(花蘇芳)」というマメ科の花のようだ。
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山手幹線を東へ、宮川から苦楽園に抜ける。駅北の交差点で夙川の桜をチラ見。平日にも関わらず大勢の花見客がいたようだ。ここは車から一枚撮ってスルーw
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満池谷から廣田神社方面に抜ける。池の傍に車を停めて少し歩いた。墓地の中に入らなかったからか、以前はもっと桜が多かったように思ったけど。
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甲山をバックに。
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池の中央にはアオサギと鵜(ウ)がいた。
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ロイヤルで買い物がてら廣田神社へ。ロイヤルの駐車場にこんな花が。
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西池公園にもあったので帰って調べると「ベニバナトキワマンサク(紅花常磐万作)」というらしい。園芸種なのかな?多様な色がどんどん出てくるんだなあ。

廣田神社のコバノミツバツツジの群落。これも去年同じ時期に見た(2015-04-07の記事参照)。神社の方々が丹精をこめて育てていらっしゃるようで、他にはないスケール感である。週末まで持てばいいけど。
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ランチは西宮市戸田町にある上海料理店「 陳餐閣」へ。以前日曜日に行ったのだが、平日のランチがすごく良いと聞いたので。ランチセットも飲茶セットもリーズナブルであった。
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それにしても、この時期(に限らないが)、次々と知らない花が咲き出してきて、梅と桜ぐらいしか知らずに生きてきた身としては、なんかパンドラの匣を開けてしまったような、複雑な気分でもあることだよ。

<追記>本日(7日)の10時半、阪神間に暴風警報が出された。「今日が最後の花見日和です」というのを3回くらい聞いたような気がするが、さすがにこれで The End だろうなw


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0402「星山」登山と「神庭の滝」@岡山県真庭市 vol.2 [山歩き]

中国地方随一のスケールを誇る名瀑「神庭の滝」。
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「星山」から下山した後「神庭の滝」に向かうのだが、地図で見て近道と思った道がとんでもない道で、怖い思いをした。地図上でナビったのも失敗で、滝のすぐ横の道をナビったのだが、その道と滝は100m以上の落差があり、崖沿いの細い細い道を下まで下りてから迂回しなければならなかったのだ。おかげで?アイサイト初体験(2回目かも)もできた。カーブで曲がった先に岩があったので、ブレーキを踏まないのに勝手にブレーキがかかった。「これがアイサイトかあ」と思ったが、これが効く時は事故と隣合わせだからねえ。

命からがら?下の県道に出て、神庭の滝自然公園の駐車場にたどり着いたのが3時過ぎだった。こちらは駐車場は無料だが、入園料300円が必要である。
入り口に「名勝 神庭瀑」とある。
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神庭の滝は「『日本の滝百選』にも選ばれた、高さ110m、幅20mの中国地方随一のスケールを誇る名瀑。」とあり、広島の江の川支流にある「常清滝」(高さ126m)には落差ではやや劣るが、分岐瀑なのでスケール感では甲乙つけがたいのではないか。と、見もしないで判定は出来ないので、そちらもいずれ行ってみようと思ふ。
小さな滝があちこちに。
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少し歩くと「玉垂(たまだれ)の滝」の標識があったので「どこにあるねん」と思っていると、
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流れの右にある苔むした岩から少しずつ水がしたたり落ちているのがそれだった。
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「草葺き屋根から雨のしずくが落ちる姿に似ている」という説明に、なるほどと思った。屋根の下にある岩が仏様のように見えたのだが、どうだろう。
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途中に料金所があるのが面白い。「ただ今サルは公園内にはおりません」の看板があり、猿を見られなかったのは残念。でも、それに近いものを観賞できたw
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巨大な岩。
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両側の断崖絶壁は木々に覆われているが、相当険しくそそり立っていて、上のほうに先ほど通った細い道が見えないほど上にあるようだ。あそこから落ちたら、と思うとちょっと膚粟立つものを感じたことだよ。
滝が遠くに見えてきて、各所から写真を撮ったが、うまく迫力が伝わらないようで、ここは適当に並べるしかないねw
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名瀑を堪能して4時ごろ公園を後にした。手に入れたパンフで、近くに有名な「醍醐桜」があると知ったが、まだ咲き始めらしかったので断念。この日は岡山市で一泊して夜桜でも見ようかなとも思っていたのだが、朝からなかなか宿がとれず(最近ホントとりにくくなったよね。桜満開の当日とろうとしているのも無謀だけど。)、翌日は雨らしいし、何より真庭から岡山市までは遠い、ということで日帰りすることに。我ながら無計画にもほどがある、というところか。

はじめは岡山市を地道でナビっていたので、ナビが変な動きをして、「勝山町並み保存地区」に迷い込んだ。ここで日帰りを決断し、無料駐車場に停めてしばし散策。それぞれの家やお店の軒先に「草木染めののれん」がかかり、風情ある町並みであった。
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ここも日を改めてゆっくり見たい処であった。
さて、帰りは地道を中心に走ったが、行く先々で満開の桜に出会うので、薄暮になるまでところどころで花見をして帰った。それにしても、この時期日本中どこに行っても桜であふれているのは、いかにも同一化・排他的な日本をある意味象徴しているな、と思ったことだ。
「勝山文化センター」脇の桜。
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桜に混じってこんなピンクの花も。シデコブシ(幣辛夷・四手拳)?
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R181(出雲街道)の旭川沿いの桜。遠くの山に白い点と見えるのは山桜だった。
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7時半出発の遅い日帰り旅であったが、山・滝・桜と盛りだくさんで、400kmあまり走行して帰るとやはり疲れた。翌日は雨と聞いていたのに降らなかったので、「しっかりしろよ、天気予報!」と心の中で毒づきつつ、痛い足をさすりながらブログを書く私であったことだよ。でも良い旅だった!!

0402「星山」登山と「神庭の滝」@岡山県真庭市 vol.1 [山歩き]

「星山」山頂から「櫃ヶ山(ひつがせん)」縦走路を望む(行かないけど)。
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珍しく早く目覚め(夜中に目覚めることも多いので早いと言えるかどうかは謎)、天気もよかったので、近所の桜を撮った。
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翌日は雨らしいので、久々に滝と山歩きのセットをと考え、7:30に家を出た。中国地方随一の滝と言われている「神庭(かんば)の滝」には前から見に行きたいと思っていたので、その付近に手ごろな山はと地図で調べると、すぐ北に「星山(ほしやま・ほしがせん)」という標高1030mの山があるではないか。自分の持っている山歩きの本には載っていなかったが、ネットでは「ファミリーでも1時間半ぐらいで登れる見晴らしの良い山」と書いてあった。結論を先に言うと、我が愛読書『クルマで行く山あるき』の一章にぜひ加えてもらいたいとさえ思うほどの良い山であったよ。
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米子道の久世ICで下りてR181を西へ、中国勝山で北に向かいR313を北上、「星山」登山口のある「勝山美しい森キャンプ場」(岡山県真庭市菅谷453-1)には11:30ごろ着いた。ビジターセンターで地図をゲット。
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見てみると、登山口が西と東にあり、西の方が20分短かったので、即決で西登山口から登ることに。易きに流れる性格はなかなか直らないものであるのう。
11:45星山西登山口。
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渓流沿いの笹原の道からスタート。
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初めは緩やかだったが次第に急登に。ショートカットの分そうなるのは当然なわけで、決して易き道ではなかったのであったよ。
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真庭は林業で有名で、間伐材などを利用した木工品など、林業の不振を打開しようと努力している地域である。途中から杉林になり、間伐して放置してある杉が苔むしていい感じになっていた。
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変わった黄色い花も。→どうも和紙の原料のミツマタ(三叉)ではないかと。
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中学生の頃聴いた森山良子の「野に咲く花」の1節が頭に浮かんだ。
「野に咲く花は美しい 人の愛も受けないで たった一人で咲いている…」
12:30東登山口からのコースとの合流地点に到着。
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写真を撮りながら(=休みながら)なので結構時間がかかった。ここから20分で頂上とあるが倍はかかりそう。標高差380m(東口からだと400m)らしいが、道は直線的なのでなかなか急登である。休みながら登った。
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15分ほど登ると林が切れ、頂上の見える笹原に出た。このあたりから眺望が開けてくる。
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13:00八合目の大岩に出る。ここからの眺望は素晴らしかった。動画を撮ってFBにアップした。こちらは写真で。
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東登山口からのコースになる、笹原の尾根道が見える。ここも歩きたかったな。
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13:20星山山頂到着。
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この日は見通しがあまり良くなく、大山や蒜山、日本海まで遠望できるはずだったが、どれが大山かよく分からなかったw
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植林した部分が靴下ww
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seven11で買った200円の「海賊むすび」が大変美味しかった。一個で十分であった。
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14:45無事下山。東口の駐車場は4・5台いたが、こちらは一台だけ。
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事前にはほとんど知らない山だったが、素晴らしい山で、次は「櫃ヶ山」縦走もいいかな、と少しだけ思ったことだよ。
この後「神庭の滝」に向かうのだが、それは別項で。 To Be Continued ......

Friend of Mine(あいつは俺の友だった)[私の好きな20世紀の唄たち]vol.49 [20世紀の歌Ⅱ]

He Was a Friend of Mine
          traditional
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-Yに捧ぐ-
この歌はディランの作と言っているものもあるが、元はトラディショナルで初出は'39年、 " Shorty George " という曲名で出ているそうだ。おそらくフォークリヴァイバルの中で様々なシンガーたちがアレンジして歌ったのだろうと思われる。以前から聴いていたはずだが、それほど印象に残っていなかったようだ。
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'06年に日本でも公開され、同性愛を描いて話題になった(アカデミー賞の監督賞)映画『ブロークバック・マウンテン(Brokeback Mountain)』の主題歌に取り上げられ、そこでウィリー・ネルソンが歌っているのを聴いて心に染みた。そのあとで、以前に買っていたナンシー・グリフィスの '98年の " Other Voices, Too " にも入っていたのを「再発見」したような次第である。
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歌の内容は、たぶん不慮の死を遂げた友を悼むものである。「友」というより「同志」といった方がいいのかもしれない。なにも悪いことなどしてなかったのに、路上で無残に死んでいった。誰も彼を助けてはくれなかったのだろう。そういう虐げられた者たちの歌だから、その時代時代で多くのシンガーたちが歌ってきたし、これからも歌い続けられていくのだろうと思った。前に触れた映画でも、当時(60年代)の同性愛者たちは今よりずっと偏見にさらされていたのだろうし、本人たちもその偏見から自由ではなかったかもしれないなあ、と改めて思う。
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余談だが、下の youtube で紹介した中でバーズのバージョンは、かのジョン・F・ケネディを「友」として詞を改作している。ダラスで撃たれたジョンのことを、当時多くの人々が悼んだであろうことが推察され、興味深い。直接の深い付き合いはなくとも、心の中で「友」と思っていた人を次々と喪っている今日この頃であるが、なんだかせつないなあ。

Youtubeはいろいろあげてみた。
Willie Nelson - He Was A Friend Of Mine
https://www.youtube.com/watch?v=ahc4GbDPEVI
Bob Dylan - He Was A Friend Of Mine (Finjan Club 1962)
https://www.youtube.com/watch?v=t2Xvt0_H5vA
Dave Van Ronk - He Was A Friend Of Mine
https://www.youtube.com/watch?v=754sRFIHIrA
Dave Van Ronk と Nanci Griffith がデュエットしてる。Dave が勝手に歌うので困っているNanci が可愛い。
https://www.youtube.com/watch?v=svCtvyIV9wY&list=RDsvCtvyIV9wY
The Byrds - He was a friend of mine
https://www.youtube.com/watch?v=nRanxGWKF8M


あいつは俺の友だった

**
あいつは俺の友だった
あいつは俺の友だった
あいつのことを思うと今も
泣かずにはいられない
だってあいつは俺の友だったから

あいつは路上で死んださ
あいつは路上で死んだんだよ
あいつはいつも金に困っていて
住む家とてもなかた
あいつは俺の友だった

俺はこっそり逃げ出しては泣いたよ
俺はこっそり逃げ出しては泣いたよ
だって金はちっとも手に入らないし
満足することなんて全くなかったから
そしてあいつはあいつは俺の友だった

あいつは悪いことなんて一つもしてなかったさ
あいつは悪いことなんて一つもしてなかったさ
故郷から千マイルも離れて暮らして
誰も傷つけたりしてはいなかったのに…
あいつは俺の友だったのさ

**
あいつは俺の友だった
あいつは俺の友だった
あいつの名を耳にするたびに
泣かずにはいられない
だってあいつは俺の友だったから

He Was a Friend of Mine

***
  He was a friend of mine
  He was a friend of mine
  Every time I think about him now
  Lord I just can't keep from cryin'
  'Cause he was a friend of mine

He died on the road
He died on the road
He never had enough money
To pay his room or board
And he was a friend of mine

I stole away and cried
I stole away and cried
'Cause I never had too much money
And I never been quite satisfied
And he was a friend of mine

He never done no wrong
He never done no wrong
A thousand miles from home
And he never harmed no one
And he was a friend of mine

***
  He was a friend of mine
  He was a friend of mine
  Every time I hear his name
  Lord I just can't keep from cryin'
  'Cause he was a friend of mine. 

 
Brokeback Mountain


Other Voices, Too (A Trip Back To Bountiful)


ターン・ターン・ターン(紙ジャケット仕様)


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