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2015年の大晦日 [日々の雑感]

居並ぶユリカモメ+アオサギ
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今年の大晦日は旧暦の11月21日にあたる。少し前に冬至について書いたが、二十四節気の「冬至」は12/22~1/5なので太陽暦の元旦を含む。ユリウス暦以前~グレゴリオ暦の流れ等を見ると、どうもクリスマス・新年いずれも「冬至」に源を発するようだ、というのが自分の今のところの結論である。

朝から家人はおせち作りに没頭しているので、年賀状を投函しがてら外に出て、住吉川あたりを散策。去年は近くの西池にカルガモ親子がいたので、何かと観察していたが、今年はいなかったので住吉川を観察した一年であったw 去年年越しそばを買った摂津本山の出雲蕎麦の店「雲太」は今年は持ち帰りをやってないようなので、少し前に買った「こんにゃくそば」(有名らしい)で年を越すことに。
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今年はよく山歩きをしたなあというのが、一年の終わりにあたっての感想である。14年は4~12月で10回だったのが今年は2~12月で22回であるからほぼ倍増である。しかも「なんちゃって」を取りはらってもいいな、と思えるものが増えた。「大山」「御在所岳」「雪彦山」(「六甲山横断」)あたりであろうか。
「御在所岳」0426投稿
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「大山」0826投稿
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「雪彦山」1221投稿
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それ以外でも山からの景色はドライブで見られるものより視界が開けているものが多く、また滝や野生の花なども登らないと観ることができないので、それが私にとっての山歩きの魅力である。来年も頑張って、でも余り無理はせずに歩きたいと思うのであったよ。

演奏活動については、神大BG 50th Aniversary のコンサートや、神戸ホンキートンクのマスターの追悼コンサートなど大きなイヴェントはあったが、思ったほど活動の幅を広げられなかったのはやや残念であった。在職中はホンキーで細々とやってはいたものの、やはりブランクは大きく、生来の人見知り?もあってか、なかなか新たな世界に身を投じることをためらう部分もあるのかな(もちろん、のんびりしたいというのもある)。まあ、ボチボチやりましょうかね。
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さて、振り返りはこのくらいにして、瘋癲老人になって2年目の年の瀬を静かに送りたいと思ふ。最後に先ごろ来日した女の子3人のバンドの曲 " Darkest Hour Is Just Before Dawn " を除夜の鐘代わりに…。
I'm With Her - Darkest Hour is Just Before Dawn
https://www.youtube.com/watch?v=K1daM3LfsGo
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古いセイクレット・ソングで「最も暗黒の時は夜明けの直前である」というもの。世界中が暗黒の中に沈んでいこうとしているかのような昨今、なんとか希望の光を見出していきたいものである。
The sun is slowly sinkin'
The day's almost gone
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Still darkness falls around us
And we must journey on
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dawn is coming after
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翔び立つユリカモメ。
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今年も当ブログを読んでいただいてありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
来年も皆様に幸多からんことを祈念いたします。それでは皆様良いお年を。



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映画『独裁者と小さな孫』@神戸シネリーブル [映画]

『独裁者と小さな孫』(原題:The President)
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この映画はジョージア・フランス・イギリス・ドイツ合作のもので、登場人物はジョージア語を喋っている。ジョージアってアメリカのジョージア州かなと一瞬思ったが、実は黒海の東岸にあるグルジア共和国のことであった。日本での呼称もこの4月に「ジョージア」になったばかりである。グルジアと聞いて思い浮かぶのは、大相撲の力士「 黒海・臥牙丸・栃ノ心」がかの地の出身であるというぐらいである。親日的な国なのかな。
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監督は「カンダハール」などの作品で名声を博したらしいモフセン・マフマルバフという人で、イランのテヘラン生まれの人らしい。中東の紛争についてイスラムの視点から描いたものを観たかったので、この映画を観ようと思ったのだが、実際は架空の国の独裁的大統領が、クーデターで宮殿を逐われ、孫(息子夫婦はテロで殺されたようだ)と二人で逃亡するお話として描かれていた。監督は若い頃イスラム主義に傾倒し、地下活動も行なっていたことがあったようだが、ここではイスラムも反イスラムも超えたところでの普遍的な独裁国家のありようと、それに対する反政府(民主的)活動の両方が、憎悪と暴力の連鎖を繰り返す様を描こうとしたのだと思った。
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架空の設定ということでリアリティが少ないかな、と思いながら観ていたが、彼らが逃亡していく南コーカサスの荒野(あくまでもロケ地だろうということだが)、貧しい村々で民衆が独裁者の圧政に苦しんでいるさま、それを通して感じられる「戦争」の愚かしさなどは生々しく伝わってきて、これは監督自らの過酷な体験が反映されているのだろうと思った。
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大統領(ミシャ)が、唯一残された家族である孫の殿下(ダチ)を気遣う姿は人間的であり、そんな彼が権力を手にする中でいつしか人間性を失い、民衆の気持ちに無感覚になっていった過程が、逃亡中のやり取りの中でよみがえってくる。それは、逃亡する彼を決して赦そうとしない民たちやかつての恋人?(今では売春婦になっている)とのやりとりや、何も知らない無垢な幼児の素朴な疑問に答えようとして答えられず、逆に自らの犯した罪の愚かしさに気付かされるという形で描かれ、見事である。
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一方、圧政に対して立ち上がったはずの革命軍の兵士たちが、同じく圧政に苦しんでいた民衆から略奪を繰り返し、女性たちに暴行した挙句殺戮していく様も生々しく描かれていて、憎悪と暴力の連鎖の中でどちらの側も人間性を失ってしまっている点では変わりがないことをよく示している。そしてこういったことが、この100年のあいだに世界中の様々な場所で、現実に起こっていたのだということを想起させる。

物語の最後の方で孫のダチが「こんなゲーム、もう嫌だ・・・」と言ったのが印象に残る。祖父から逃亡はゲームだよ、となだめすかされていたからだが、同時に人間性を失った者たちによる無感覚な殺戮がまるでシューティングゲームのようだ、ということを示唆してもいる。そしてそれは遠く離れた国々で起こっているこれらの惨劇をまるでゲームのようにしか受け止めていないかもしれない我々にも突きつけられた言葉のようにも感じられた。

考えてみるとなかなか凄惨なお話なのだが、かろうじて救いを感じさせるのは「二人のマリア」の存在(まだその持つ意味についてはぼんやりとしか分からない)と、大統領たちが殺到した革命軍兵士たちや民衆によって処刑されようとしたとき、かつて大統領によって投獄された政治犯の数人が「憎悪と暴力の連鎖を繰り返していいのか」と止めに入る場面である。それは監督自身の願いを反映しているともいえるだろう。

また、逃亡中の大統領が旅芸人の親子に偽装するためにギターを盗み出し、自ら弾いて孫に踊らせるところ(それは最後の場面にも出てくる)に、歌や音楽・舞踊などの芸能の持つ救いとか癒しとかの力が象徴されていたように思われる。そういった音楽の持つ不思議な力についても考えさせられた。
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イスラム的な立場から描かれた映画を観ようと思ったと初めに書いたが、この映画はそうではなかった。でも、かつてはイスラム主義運動に身を投じていた監督が、そういう宗教的な立場を超える普遍的な視点を持ちえたように、イスラムvs.反イスラムというような対立構造とは違う視点を我々も持ちうる、ということを教えてもらったような気がした。

翻って我々の国が中東のさまざまな紛争に対して取りうる態度は、と考えると、キリスト教社会にもイスラム教社会にも属さない、そして第一次大戦の戦後処理から始まる中東の紛争にもほとんど加担してこなかった日本は、唯一と言っていいくらい、それらの立場を超えた視点から提言ができる国のはずだと思う。それが「対テロ」という一点だけで「有志連合」に追従しているかのような現状について、一人ひとりが考えなくてはならないのだ、と強く思ったことだよ。
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1222「冬至」雑感あれこれ [日々の雑感]

冬至のころの朝日。
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今日は冬至、一年で一番日が短い日である。去年のこの日は「朔旦冬至」といって19年に一度旧暦の11月1日と冬至が一致する日であったが、今年は11月12日、ずいぶん違うものだ。旧暦は月齢で二十四節気は太陽の運行をもとにしているから仕方がない面があるが。

こよみのページを見ていると、冬至のことを「一陽来復の日」ともいうらしい。太陽の力が一番弱まった日は、同時に再び力が強まるスタートの日でもあるということか。物事には常に相反する視点があるということの一例でもあり興味深い。大昔はこの日を一年の始まりという考え方もあったようだ。それはそれで自然な受け止め方だともいえそうである。太陽暦の元旦は何を根拠にしているのだろうか。

スーパーに行くと、冬至関連の野菜がひとまとまりになっていた。
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柚子やかぼちゃ(南瓜)はよく聞くが人参はどうだったかなあ。ちなみに我が家の冬至はこれ。
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冬至が終わるとすぐクリスマス。西洋由来の風習が日本古来の風習を凌駕しているのもなんだかねえと思うが、これも年をとったせい?ちなみに12月25日がイエスの誕生日だというのはあまり根拠がないという説もある。これも冬至の頃を一年の始まりの記念日とするという考え方が西方でもあり、イエスの誕生日をそのあたりに持ってきたということなのかもしれない。詳しい方がいらっしゃれば教えていただきたいものだ。

また、同じこよみのページに「季節の花」として「ランタナ(七変化草)」が挙げられていてびっくり。今年やっと名前を知った花だが、夏の花とばかり思っていたからだ。「ランタナ」は中南米原産の外来種で、園芸用として入ってきたものらしいが、繁殖力が強く、国際自然保護連合「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定されているらしい。そういえば道端に咲いているのを見かけたような気もする。来年からはちょっと見方が変わるかな。花言葉は「厳格」だそうだが、繁殖の仕方はそうでもないらしいw
今年の7月に撮った写真。
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<蛇足>
今日、水道局の方から「今回の使用量が異常に少ないので、何か生活に変化がありましたか」という問い合わせがあった。娘が自活し出してから一年余り、それ以前に較べると確かに使用量が減っていたが、今回はどうだろう。涼しくなってシャワー等の使用が減ったということもあるだろうし、洗濯の回数も減ってはいるだろうが、特別始末している感覚はないので、大きなお世話と言いたい気もするが、一人暮らしなどで突然何かあったときなどにはありがたい、と言ったほうがいいのかも知れない。

水といえば、数年間CAINZの「富士山のバナジウム水」を箱買いして愛飲してきたが、健康やダイエットにそれほど卓効があるとも思えないので、一年前に家人を説得して水道水に戻していた。この3ヶ月前から阪神芦屋の元「三八商店街」に地下水の採取場があると知って、週に一度20ℓほど汲んで使用しているが、まさかそれが原因じゃないよね、と思ったことであったよw
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旧暦11月12日の月。「宵月」と言ふらし。
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1220「雪彦山」登山@姫路市夢前町 [山歩き]

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途中の「展望岩」から見上げた「雪彦山」。どうもここに登ったらしいw

今年最後の山歩きになるかもと思って、以前から上級なので無理かなと忌避していた「雪彦山(せっぴこさん)」に挑戦してみようと思い立った。前の晩ライブだったので少々出遅れ、登山口の駐車場(姫路市夢前町山之内戊562-14)に着いたのは10時半過ぎ。11時前の出発となった。
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「雪彦山」は「洞ケ岳」(811m)、「鉾立山」(950m)、「三辻山」(915m)の総称らしく、三角点があるのは「三辻山」らしいが登山者たちの中では「洞ケ岳」=「雪彦山」と受け止められているらしく、「洞ケ岳」の峰のひとつである「大天井岳」が今回登った「雪彦山」である。なんだかややこしいのう。

3時間の行程なのに上級って、なんだか岩をよじ登る感じかな、と思っていたら予想通りで、登山口からいきなり急登の連続で、ほとんど両手も使って登っていったような。
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スキーで言えば今まで25度の斜面をゆったり滑っていたら、いきなり35度の壁に連れてこられた感じ。今回はステッキ使わないかもとひらめいて、縮めてリュックに入れておいたのは正解。11時半過ぎに「展望岩」に着く。
「展望岩」の石畳。
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「雪彦山」のズーム。高いのが「大天井岳」右が「不行岳」。
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しばらく登っていると、前方の木にペイントが。よく見ると、
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これに励まされる人もいるらしいが。これは別として全山マーカー等で細かく指示があり、助けられる。
ここを過ぎると岩場だらけに。この岩もマーカーと鎖がなかったら、「ここ登るの?」という感じ。
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12:40「出雲岩」到着。
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どれがその岩?と見回してふと上を見ると、オーバー・ハングして迫ってくる巨岩が。クリックして大きくして見てね。
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岩肌をよく見ると金属のリングがあちこちに打ち込んである。ハーケンというのかな。異次元の登山を垣間見た気がしたことであったよw
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どこかモアイ像にも見える岩。
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「出雲岩」を過ぎると岩場だらけで、こんな鎖場がいくつも。
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「セリ岩」という女性でもリュックを下ろさないとすり抜けられない岩の割れ目。
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本当に細い。
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が、何とか抜けられた。まだまだ捨てたもんじゃない?
そこを過ぎると「馬の背」という細い岩場を抜け、最後の壁に。
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鎖を手に登りかけたが、次の足をどこに置こうかと考えあぐねていると、上から下りてきたおっちゃんのグループがそれを見て「最初の一歩が違うんや。ちゃんと足のかかるところを見定めんと」とアドバイスしてくれて、その通りにすると登れた。「先達はあらまほしきかな」であるが、こちらが山に無知とも言えるw

当然そこの写真は撮れなかったが、その壁を越えて少し行くといきなり「大天井岳」の山頂に出てびっくり。
13:50「大天井岳」の山頂。
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山頂からの展望。遠くに見えるのは六甲連山?
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さて下山である。奥の最高峰まで縦走するのは時間的にも体力的にも無理なので、一目散に下山路へ。これがまた鎖場ありロープありの急峻な道で、途中「地蔵岳」に立ち寄ることもせず、ひたすら下りた。途中でお腹はぐるぐるいうし…、大変。ふと声が聞こえるので見回すと、対岸の岸壁をクライミングしている人たちが。
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すり抜けた「地蔵岳」を横から。
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ここをクライミングする人もいるようですな。

谷に到着。「虹の滝」はちょっと水量が少なかった?
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谷を渡り、急坂を少し登るとあとは川沿いの下山路だが、膝の上の筋肉が痛くなって、夏の大山登山の下り状態になってひょこひょこ歩きにww
対岸から見た「地蔵岳」。
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途中渓流歩きもあったりして、変化があり楽しいのだが、マーカーを頼りにひたすら歩く。
「出合」あたりの滝。
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このあたりで次第に暗くなり、先を急ぐ。ふと思い出してリュックをまさぐると、懐中電灯が。
装備は大事ですな、といつもの終わりごろの感想。全く懲りないことであったよ。
17:20すっかり暗くなった登山口に。車は一台しか残っていなかったw
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この日は私の3日遅れの誕生日祝い兼クリスマスディナーで、娘も来るので帰りを急いだ。渋滞も思ったほどひどくはなくて、19:15なんとか家に Slip in 。

今の体力にはちょっと荷の重い今回の登山であったが、なんとか登れたのはうれしい限り。早出さえすれば、「登った山は必ず下りねばならぬ」のでいやでも頑張る、とういう点でめんどくさがりの自分には案外向いているのかも、とつくづく思ったことであったよ。

行程図(webからいただきました)
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1219 New Bohemians @神戸ホンキートンク [バンド]

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この夜のBohemiansは7人?

この冬1番の寒さ(最低3℃)でしたが、K林少年が今年最後のライブだからと来てくれたり、いつもはカントリーの日に来るんだけど、とおっしゃる深江から来られたナンバさんご一行など初めてのお客さんも見えられ、楽しく納めの演奏ができました。
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ここのところ代打ちを頼んでいたfdのY田さんもフィドルをもって現れ、後半はツイン・フィドルで面白い演奏になりました。いつもは演らないフィドル・チューンもやって、自分でやろうといいながら、コードが分からず苦労したけど、即興でいろいろやるのもブルーグラスの良さですかね。
Golden Slipper
Cherokee Shuffle
Orange Blossom Special
特にオレンジは二人の演奏の特徴がそれぞれ出て面白かったですね。
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また、オールド・ファンのナンバさんたちも色々リクエストしてくださって、
Rollin' My Sweet Baby's Arms
Cotton Fields
Y'all Come
など、いつもとは違う曲をやってしまいました。" Y'all Come " はボーカル(私)が歌えないので、カウンターに入っていた新進気鋭の学生ブルーグラッサーNっちに歌ってもらったり。突然の無茶振りに応え、元気よく歌ってくれて、異様に盛り上がりました。使えるものはバーテンダーも使うというのも我がバンドのモットー?
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てな訳で、今年の〆の演奏はハチャメチャな中で無事終了。次の一月は暦の関係で第4土曜(23日)になります。来年もよろしくお引き立てのほどお願いいたします。

1217ユリカモメ(都鳥)飛来@住吉川河口 [日々の散策]

ユリカモメ(都鳥)。
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ここのところ生暖かい日が続いていたが、久々に冬らしい朝になった。散歩(車でw)がてら住吉川河口に行ってみると、いつものカルガモに加えて、渡り鳥たちが飛来していた。
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見ていると鴨たちの中にひときわ鮮やかな色の鳥がいて、思わずシャッターを押した。くちばしと脚が赤いので、数少ない知識の中から「これは都鳥?」とひらめいた。
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「都鳥」というのはよく授業でもやっていた『伊勢物語』第九段「東下り」の中に出てくる。都でなにか事件に巻き込まれて「身を用無き者」と思った主人公の「男」(在原業平)が友と一緒に東国に下っていく話だが、やっとたどり着いた隅田川を渡っている時「京には見えぬ鳥」を見つける。渡し船の船頭に聞くと「これなむ都鳥」と答えるのを聞いて、皆望郷の念に駆られて涙を流す、というくだりである。

その時の鳥の特徴が「白き鳥の嘴と脚と赤き、しぎの大きさなる」と述べてあったのを私も覚えていたのであったよw 教科書の注には「都鳥:ユリカモメのこと」とそっけなく書いてあったのだが、今あらためて調べてみると、業平たちの見たのは「ユリカモメ」で「ミヤコドリ(都鳥)」ではなかったということだ。つまり、船頭さんが間違えたのかな?「ミヤコドリ」も「嘴と脚」は赤いが、羽は黒が中心であるようだ。まあ、夏羽と冬羽もあったりして紛らわしいし、鳥博士でもなかったら間違えもするだろうとは思うが。
ミヤコドリ(webより)
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なお、「ユリカモメ」は今では京の鴨川にはたくさん飛来するありふれた渡り鳥のようだが、飛来が認められたのは1974年らしいので「京には見えぬ鳥」というのはどうも正しいようだが、いずれにしても京の付近に住んでいただろうと思われる作者(未詳)が書いたものなので伝聞であり、間違いがあっても当然と言わざるべからず。

最後に、業平さんの歌とされているものを挙げておく。
  名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
 (都という名を背負っているなら、さあ教えておくれ都鳥よ。私が想っている人は無事でいるのかどうかを)

業平さんは実際に隅田川を渡ったのだろうか。
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<付録>
こんな白い鳥も。シラサギと少し違うような。
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我が西池にもこんなにいたさぁ。
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この日の夕景。
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鑑賞 ANN SALLY @兵庫県立芸術文化センター(西宮) [ライブ鑑賞]

ANN SALLY
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ANN SALLY の『Brand-New Orleans tour 2015』と題したコンサートに行ってきた。FBで紹介されていたのだが、初め「神戸女学院小ホール」とというのだけを見ていて、大学のチャペルみたいなところで演るコンサートかな、と思っていたら、西宮北口にある「兵庫県立芸術文化センター」というところだったのでびっくり。「北口」は時々ガーデンズに立ち寄ったりはしていたが、駅の辺りをウロウロすることはほとんどなかったので、ほとんど梅田の繁華街を初めて訪れたおのぼりさん状態であった。私にとっての「北口」とは、駅の西口や南口の前に居酒屋が何軒かある30年前の小さな駅でしかないw
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”Brand-New Orleans ” というアルバムはだいぶ前に出てた気がするので調べると、2005年だった。その10th Anniversary ということらしいのだが、今回 New Orleans から Richard Moten: bass, Gerald French : drums, Wendell Brunious : trumpet という方々が来演するのでくっつけたということらしい。B席で後ろから観る席というので、雰囲気が味わえるだけでいいかと思っていたのだが、ホールはすり鉢状の底が丸いステージという構造で、音はともかく意外とミュージシャンに近く、ちょっと得した気分。
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私が彼女の歌を聴いたのは、たぶん " NATURAL WOMAN " というオムニバス・アルバムでノラ・ジョーンズなんかと並んで、ニール・ヤングの " Only Love Can Break Your Heart " を歌っているのを聴いたのが最初だったと思う。音源は残っているのだがいつ出されたものなのか分からない。この曲が入っている " moon dance " というアルバムが03年なのでそのちょっと後ぐらいかな。ネイティブに負けない発音とのびやかで情感あふれる歌声がすばらしかった。
この夜のセットにはなかったがyoutubeから一曲。
Smile/Ann Sally
https://www.youtube.com/watch?v=Z6luw-TYsUU
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この夜のステージは”Brand-New Orleans ” から5曲と、あと日本・韓国の古い民謡などを交え、それらに通底する「歌の心」を伝えようとしているのかな、と思った。生の彼女の声は更にのびやかで、" NATURAL WOMAN " というのがぴったりだった。New Orleansからの来演者たちの演奏・歌ともすばらしく、特にRichard Motenさんの自在なベース・プレイが印象に残った。びっくりポンだったのは2nd set のはじめの曲。youtubeに原曲があったので下にあげておくが、聴いてのお楽しみw
This music is very famous in Japan Osaka.
Somebody Stole My Gal - Pee Wee Hunt
https://www.youtube.com/watch?v=rNRhHvteJIs

会場には「壱服庵」でも歌っていらっしゃる " NATURAL WOMAN " たちも聴きに来られていて、女子医大の女医さんのお仕事と音楽の二足のわらじで頑張っていらっしゃるアンさんの歌声や生き方に、きっと感銘をうけていらっしゃったのではないか(もちろん私もだけど)などと勝手に想像しながら、クリスマスイルミネーションにいろどられた夕刻の北口を後にしたのであったよ。
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孤独の旅路(Heart of Gold)[私の好きな20世紀の唄たち]vol.45 [20世紀の歌Ⅱ]

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Heart of Gold
  Written by Neil Young

ニール・ヤング(Neil Young)はカナダの出身で45年生まれ、1966年4月に結成された " Buffalo Springfield " に始まり、その後 " CS&N " に追加参加して" CSN&Y " として活動する一方で、アコースティックなソロ作品や、バックバンド " CRAZY HORSE " を従えてのハード・ロックなど多彩な活動をして現在に至っている。

72年に発表された " HARVEST " というアルバムにこの曲は入っていた。私がニール・ヤングを初めて知ったのはこのアルバムによってだった。確か兄がプレゼントしてくれたのではなかったか。そういう時もあったんだなあ、と感慨ひとしおであるが。アコースティックギターとハーモニカ中心のサウンドとどこか物憂げな歌声に、当時相当惹かれて、盤が擦り切れるまで聴いた気がする。

「孤独の旅路」という邦題は例によって感覚的な洋楽の 題の付け方とも見えるが、そうでもないのかもしれない。"Heart of Gold"というのは直訳すると「金の心」ということであるが、何かしっくりこない。「至高の精神」とでも言った方が近いのかもしれない。「唄歌い」が人々に何を与え、訴えることができるのだろう、と考えた時の心の持ちようと考えたらいいのだろうか。

" Redwood " は前に紹介した71年のライトフットの曲でも歌われていて、「母なる自然=神」のことかな、と書いた。" Hollywood " にも単に映画の聖地という以外に「聖なる場所」というような意味が含まれているのかもしれない。いずれにしても、ミュージシャンは死ぬまで孤高に自分の求めるものを追い続けて行かねばならないという「使命」や「覚悟」を歌ったものだとすれば、邦題もあながち的外れとは言えないのかもしれないw
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もう70歳を超えようとしながらエネルギッシュな活動を続け、 " FARM AID "などの社会的活動もしているのは、まだ20代の頃変に老成したようなこの歌を作った彼が、ずっとその気持ちを心の底に持ちながら生き続けているということなのだろう。つい最近はどこかの珈琲メーカーの不買運動をぶち上げてネットを賑わしたりしているが。いずれにしても「永遠の青年」である彼がこれからも進み続けるその背中を、私たちも追いかけて行きたいものだと思う。

余談になるが、同じカナダ出身のイアン&シルビアの歌 " Four Strong Winds " をニールが歌っているのをネットで見つけたが、今ではニール・ヤングの歌と思われるほどよく歌っているらしい。それどころかカナダのフォークコンサートなどでは必ずエンディングで歌われるというのでびっくり。私は「ブラザース・フォーも歌っているな」ぐらいの認識しかなかったが、この40年の間に「カナダの『わが祖国』」的な位置づけになっていることに、一つの歌が歴史の中で定着していく様を見たような気持ちになったことだよ。

youtubeはまずニールのもの
Neil Young - Heart of Gold
https://www.youtube.com/watch?v=pO8kTRv4l3o
彼のものしかないだろうと思っていたら、ジョニー・キャッシュ御大のものがあった。
Johnny Cash - Heart Of Gold.flv
https://www.youtube.com/watch?v=SifH-4E98R8

孤独の旅路(大意。原詩は検索してみてください)

私は生きたい
私は与えたい
私は「黄金の心」を捜し求める鉱夫だった
こんな表現ではうまく言い表せないが
それが私に「黄金の心」を捜し続けさせる

そして私は次第に年老いてゆく
「黄金の心」を捜し続けながら
私は次第に年老いてゆく
ハリウッドにも行った
レッドウッドにも行った
広い海原も渡ったよ、「黄金の心」を求めて
自分の心の中にももぐりこんだよ
微妙な綱の上を歩いていた
そのことが「黄金の心」を捜し続けさせる

そして私は次第に年老いてゆく
「黄金の心」を捜し続けながら
私は次第に年老いてゆく


Harvest


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1211「台風」ならぬ「大風」 [日々の雑感]

QUILTING PARTY ?
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前の夜から雨は降り続けていたが、未明になって風が強くなった。朝4時に目覚めてしまったままテレビやネットを見ていると、6時過ぎに暴風・波浪警報が出てびっくり。徳島の方では大雨・洪水警報も出て、避難勧告まで出ているではないか。まるで台風が来たみたいである。ニュースを見ても「前線を伴う低気圧が東シナ海から東へ進んでいるため」となにか普通の雨模様のような分析のようにみえる。これも異常気象の一つなのかねえ。

明るくなって外を見ると、昨日まで紅葉していた街路樹がすっかり葉を落として丸裸に。
BEFORE
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AFTER
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そんな中でベランダのアサガオはけなげに咲いていた。
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6時50分過ぎに警報は解除されたのだが、「解除かあ」と思っただけで、これが学校現場では休校か否かが決まる重大な局面であるという認識がなくなっていることに、我ながら驚いた。すっかりリタイア爺さんの道をまっしぐらじゃのうww

愚娘が仕事の傍ら習っているキルティングの発表会が、甲東園で土曜日までやっているというので行ってみた。
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5つほどの教室の生徒さんと先生の作品が壁という壁に展示されていた。大きなタペストリーを撮ろうとしたら、「大きいのの撮影はご遠慮ください」と言われてしまった。デザインの盗用とかの問題があるのかな。小さい(生徒さんの)作品はかまわないというのもなんだかね、とも思ったけど。
いくつか写真を。やや身びいきがw
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バンド仲間のY川君が見に来てくれて、FBにあげてくれたので、もう一枚。
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ブルーグラスの曲に " AUNT DINAH'S QUILTING PARTY " というのがあるが、 " QUILTING PARTY " って、アメリカの中南部の奥様たちが集まって、一緒にキルティングを楽しむ会なのかなあ、と愚にもつかないことを考えながら、先に会場を後にした。

大風のせいで「神戸ルミナリエ」の電飾の一部が倒壊したり、建設中の新駅「摩耶駅」で足場が崩れて電車が止まってしまったようだ。今聞いたニュースでは復旧は午後8時半ごろになるらしい。災害のせいとはいえ、最近JRの事故が多いような気がする。

車でちょっと高台まで上がったところ、雲が切れたところから淡路島と紀伊半島の間に島がくっきり見えた。こんなことは珍しいので写真に撮ってみた。
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「友ヶ島」だなと思って、帰って地図を見ると違う名前(「地ノ島、神島、沖ノ島、虎島」)が。更に調べると、「友ヶ島」とは「紀淡海峡(友ヶ島水道)に浮かぶ無人島群」を指す総称とのことで、やっと腑に落ちたことだよ。






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1210一周忌 [日々の雑感]

12月8日の早朝。有明の月と明けの明星。
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義父の一周忌に参列してきた。12月10日は「友引」なのだが、実家はお寺さんなのでこの日が好適日なのだそうだ。絶対葬儀がない日だから。なぜか「神無月」(旧暦10月)を出雲地方では「神在月」と呼ぶのにどこか似ているなあ、と思った。ちなみに12月10日は旧暦では「神無月29日(晦日)」になるそうだ。
八人の僧侶による厳かな読経。
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この書は何と読むのでしょう。
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このところ、戦争を体験している方々の訃報をよく聞く。義父もシベリアに抑留されて帰還した体験を持つ人の一人だった。ご存命中にもう少しその頃のお話を聞いておけばよかったなあ、と今さらのように思うことだ。私たちの世代は、幼少時に一個の卵を分け合って食べたぐらいの経験はあるが、おおむね戦後の復興・発展をただ享受してきただけともいえるから、せめて先人たちの体験を語り継ぐことは、何らかの形でせねばなるまいと思う。
義父が生前最も力を入れていたことのひとつ思われる、
「万国戦争犠牲者慰霊世界平和祈願パゴダ塔」。
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「六地蔵」。
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昼過ぎに帰ろうとして、先日TVで紹介していた「にじいろふぁ~みん」というファーマーズ・マーケットに立ち寄ってみた。ナビでうまく探せなかったが、なんとかたどり着いた所は第2神明明石西ICから少し北へ行ったところの池「天満大池公園」の畔にあった。R175の沿線かなと思っていたので、帰りにちょっと寄るというのは難しそう。
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店内は広く、ここは明石で揚がった魚や加古川牛なども売っているので、近くを通る機会があったら立ち寄るとよいと思ふw

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映画『杉原千畝 スギハラチウネ』@神戸ハーバーランド [映画]

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リトアニアの杉原千畝切手。

杉原千畝という人は、第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた時、ナチス・ドイツの迫害を逃れてきた難民たち(主にユダヤ人)にほぼ無条件でビザ(通過査証)を発行し、多くの命を救った人としてよく知られている。04年から図書館に常駐するようになり、書庫で『千畝―一万人の命を救った外交官 杉原千畝の謎』(ヒレル・ レビン [著] 清水書院 1998)を見つけ、何度か手に取りながら読まずに終わってしまっていた(よくあることだが)。
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この週末に公開されたので観に行った。レビューをチラ見したら、すごく感動したというものと、描写が表面的に流れているだけでいまいち、と両論あったが、実際観た印象で言うと、2時間19分という長さを感じさせず、一気に見ることができた。物足りないと言う方々は千畝についてよく知っていて、更に深い掘り下げを期待していたからなのだろう。後で調べてみると若干史実(これが曖昧だったりすると思うのだが)と変えている部分はあっても、そう大きく改竄(ざん)はしていないだろうと思われる。少なくともこの映画を観て、更に彼のことを伝記やノンフィクションで読んでみたいと思わせてくれたから。
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多くの人が疑問に思うことは、
(1)どうして一人の日本人が一万人(六千人とも)の命を救うことができたのか。
という点と、
(2)なぜ彼は本国政府の意向に背いてまでそれをやろうとしたのか。
という点であろう。自分なりに映画を観た範囲で考えてみたい。
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(1) これについては様々な偶然とタイミングがあったのだろうと思う。彼が当時赴任していたのはリトアニアのカウナス領事館であるが、直後にソビエト軍が進駐してきて、早晩領事館を閉鎖しなくてはならないという時期だった。次に、いくらビザ(通過査証)を発行しようとても、行く先がなかったら無理だろうと考えられるが、当時オランダのカウナス領事をしていたヤン・ズヴァルテンディク(彼はドイツ軍によって本国オランダを失っていた)が、「本状によって、南米スリナム、キュラソーを初めとするオランダ領への入国はビザを必要とせずと認む」という実質的には無効な、しかしウルトラC級の査証を書いたこと。これで千畝のビザが無効でなくなる形になった。そしてウラジオストク総領事代理であった根井三郎(千畝の二期後輩であった)が日本への渡航許可を出したこと。更に日本国内で…と続くが、どれか一つでも欠けていたら千畝の行為も無駄になっていただろうと思われる。奇跡が起こった所以である。
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(2) については彼の資質というほかないのかもしれないが、あえていくつか挙げてみる。彼が通った学校「日露協会学校(ハルビン学院)」のモットー「自治三訣」は、かの後藤新平が制定したもので、「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして、報いを求めぬよう」というものであった。映画の中でも何度か流されていたが、この精神が千畝や後輩の根井三郎の中に貫かれていたのかな、と思う。最近の戦前回帰はいただけないが、いいものもあるのだと思う。次に、彼は外交官として各国の諜報機関と接触したりして情報収集をしていたようだが、そういう体験・立場が、お上の指示を絶対視する多くの役人たちとは異なる視点・姿勢を醸成したのかな、とも思われる。最後に、彼がユダヤ人がほとんどである避難民たちを助けたいと思ったという点については分かりにくい部分もあるが、あるいは当時のヨーロッパに根強くはびこっていたと思われる「黄禍論」の洗礼を彼もまた受けていたから、同じように差別されてきたユダヤ人へのシンパシーがあったのか、あるいは本人も言っていたように、「誰であっても目の前に途方に暮れている人がいて、自分にできることがあるなら」それを為したということなのかもしれない。
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戦後70年経った我々の中にも時として(いや少なからず)、たとえそれがどんな小さな組織であっても、組織の論理・組織の意思を盲目的に是とし、それを守ろうとして牽強付会な論理を持ち出してしまうのを見かけるように思う。ともすれば自由な発言ができにくいかのような昨今の雰囲気の中、このような映画はもっと観られるべきだと思うし、彼の業績をただ素晴らしいと、対岸のことのように考えるのではなく、自身の言動に重ねる機会にしなくてはならないのだと思ったことだ。

この日のハーバーランド。
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<追記>
本日アクセス数が80,000に到達しました。いつもお読みいただき有難うございます。
これからもよろしくお願いします。


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1205六甲山登山@芦屋川~六甲山頂~有馬 [山歩き]

六甲山頂(最高峰ではないw)一軒茶屋前の広場。
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この日も寒かったけど、前日ほど風が強くないので六甲山に向かってみた。出発した時は有馬まで歩き通せるとはあまり思っていなかったが、それができたのは意外でもあり、素直にうれしいと感じた。前回紅葉谷を歩いた時には、もう少し身近な距離を何回か歩かないと今は無理かな、と思っていたから。

前にロックガーデンに登った時と同じように、阪急芦屋川の少し西のパーキングに停めて、朝ドラを観てから出発したw

駅の方に歩いて行くと、新しいパーキングがいくつか出現していて、最大600円のものもあった。昔は少なくて駅前の飲食店に行きにくかったが、これで行けるな、などと余計なことを考えながら駅の北に出ると多くのハイカーたちが。
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ほとんどの人が高座ノ滝からロックガーデンを目指すのだが、そちらには行かずに今回は左に折れて会下山遺跡の方へ。
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途中で渡った高座橋。ここの紅葉は今季一番の紅さであった。
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山手中学校を過ぎて右折、会下山遺跡の中を登山道が通っている。
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会下山遺跡(えげのやまいせき)は1956年に、すぐ隣の山手中学校の生徒が、弥生式土器のかけらを多数発見したことから発掘調査が始まったという。2000年前、弥生中期から後期の高地性集落遺跡らしい。弥生文化は稲作とともに渡来したと聞いているが、それが高地とは興味深いことである。当時はもっと海岸に近かったのかもしれないが。
会下山遺跡。
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遺跡の最高部から見える大阪方面の眺望。
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そこから尾根伝いに結構な坂を登っていくと、先日風吹岩から下りた時の分岐点「蛙岩」に到着。9:50
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ここから左に折れると甲南山手方面に下りる谷道である(10/13の記事参照)。風吹岩までは魚屋道で広く楽、と思っていたらそうでもなかった(笑)。下るのと登るのとでは印象が違うなあ。10:35風吹岩に到着。写真は岩の裏側を下から撮ったもの。
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休憩もそこそこに、未踏の地「雨ヶ峠」を目指す。おおむね緩やかな道だが、ところどころ難所があったり、ゴルフ場を横切ったりと変化に富んでいた。
ゴルフ場。
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最新式の電動カートを皆不思議そうに見るの図。
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12:00「雨ヶ峠」(600m)に到着。多くの人がここで昼食を摂っていた。
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ここから一旦下って土樋割峠につながる河原に出て川を渡り、最後の難関「七曲り」に入る道へ。以前何度か奥池の方からこの河原に来ていたのを思い出した。「ハイカーが皆川を渡って行くよ」と思って見ていたのがここだったなあ。
途中で2度ばかり川を渡った。
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この分岐はどちらも六甲山最高峰へということだが、谷の左右なのに、と逡巡していると、通りかかったベテランハイカーが、「目の前に見える急な階段を登るか、見えない階段を登るかでどっちも一緒だよ」と言って去って行った。
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左を通ったが、なるほど一旦登ってから右に折れ、「本庄橋跡」(560m)で川を渡って急な階段を登ると合流した。こういう細かい分岐があるので注意が必要だね。さあ七曲りに突入。
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「七曲り」は思ったほど難所とは感じなかったが、歩き疲れて最後にあるので、やはり大変だった。へとへとになっているように見える人もちらほら(自分もその一人?)。
「七曲り坂・二合目」の標識。
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親切なようで罪つくりと思ったのは、七曲りだから七号目まで、と思う人もあるからだ。そういう人は八合目の標識を見た時、心折れるんじゃないかな、と思ったことだよ(私は違いますけどねw)。
13:50「六甲山頂一軒茶屋」(880m)到着!!
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最高峰(931m)まで5分ということだったが、それは次回のために取っておくことにしたw  広場は吹きっさらしで寒く、少し休んでトイレを済ませ、有馬へ向かう魚屋道に入った。茶屋で少し暖まり、汗で濡れたシャツを着替えるべきだったのだが、先を焦ってしまったのは失敗だった。登りながら地図を見てうすうすわかっていたのだが、ここから有馬の方がはるかに短いので、芦屋方面に引き返すのは今の自分には無理、と思ったことだ。

魚屋道は広くてなだらかな道だが、
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ところどころ崩落のあとが、
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下から見たところ。手前の階段部分は補修してある。ありがたいことだ。
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15:50有馬登山口に到着。
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車道を歩くが、道を間違えちょっと遠回りに。下山してから長いのがちょっと難ですな。
16:20有馬バスターミナルに到着。芦屋行きのバスを調べると最終が16:40。ぎりぎりセーフ。
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目の前の立ち飲み屋さんで有馬ビールを一杯だけいただいてバスに乗り込む。
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バスは芦有道路を通るので、速くて快適である。780円は安いと思った。
阪急芦屋川で降りて、駐車場に向かって歩き出したら、突然悪寒が走り、胴ぶるいがした。汗が冷え、疲れがどっと出たからであろう。痛い足を引きずって走ると、少し症状が和らいだ。車に駆け込み、エンジンを掛け、シートヒーターを強にしていると、ようやく落ち着いた。

この後「森温泉」で温まって、大阪オッピドムのスタンレー大会に参戦しようと思っていたのだが、とても無理と断念し、「松美屋」さんでカツ丼セットを食べて、帰ると風呂も入らず速攻でベッドにslip in。元々虚弱なんだから、寒い時期の登山はもっと装備や対処を考えなくては、と反省させられたことだよ。

それにしても、一年前山歩きを始めたころには、ちょっとした山に登っても膝が笑って歩けなかったのが、よくぞここまで、と誰も褒めてくれないので、「自分で自分を褒めて」おきたい。山歩きは車で動くのとは違う風物に出会えるのが楽しい。次の目標に向かって頑張ろうっと。





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神戸ホンキートンク12月のスケジュールなど [バンド]

寒さに耐えるかも。
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急に寒くなってきましたね。今朝も山歩きでもと思って家を出たのですが、木枯らしのような風に簡単に断念してしまいましたわん。こんなことでこれからの寒さを乗り切れるでしょうか。

さて12月のライブですが、

19日(土) New Bohemians @ 神戸ホンキートンク ( start 20:30 )

の一つだけに(泣)。師走なのに、と思ったらもう師じゃないからかw
入魂のライブになると思いますので是非ご来場をww

New Bohemians 前月の演奏を一曲。

神戸ホンキートンク12月のスケジュールは以下の通りです。月曜日以外はほぼ毎日ライブがありますので、ふらっと立ち寄るとよいと思いますよ。クリスマスパーティは予約制なのでお店にお問い合わせを。
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お問い合わせは下記へ
神戸ホンキートンク
神戸市中央区加納町2-2-2
Tel:078-241-2161
ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/mutsuko_2005_7_9_0423

神戸ホンキートンク12月のスケジュール
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クリックすると少し大きくなります

壱服庵
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西宮市下大市東町20-5  フェニックス門戸3階(駅から3分東)
電話 0798(51)0210

壱服庵の方ですが12・1月はライブはお休みということで、2月から再開するそうです。
お店も私も今は充電期間ということですかね。

壱服庵のお知らせ
http://ippukuan.blog.eonet.jp/default/cat3286249/
それでは、今月もよろしくお願いいたします。
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二十四節気の「小雪」 [日々の雑感]

今朝出ていた残月。「徒然草」では「二十日余りの月」と言っていたような。
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最近よく夜中に目覚めるので明け方の月にも詳しくなってしまったことだよ。

いつの間にか師走になった。といっても本日(12/2)は旧暦では10月(神無月)21日、二十四節気の「小雪(ショウセツ)」の終わりごろで、これから「大雪」「冬至」と続く。12月だけを異名の「師走」と呼ぶのもなんだか変な感じだが、この語だけ季節感とは違う語感があるので、使っても違和感が少ないからだろうか。

「こよみのページ」を見ると「季節の花」として「ツワブキ(石蕗)」が紹介されていた。どっかで見たなあと思っていたら、前庭に咲いていたw
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故郷島根の「津和野町」の名は「ツワブキの野」に由来するという説があるそうだ。
今の時期咲いている花を探して散歩に。
ヤブツバキ。
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??
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ベランダから見える秋。
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ポインセチアとシクラメンは今の時期の花。
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アサガオと日々草はずいぶん長い間咲いてくれている。
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2年前までアロエのジャングルだったとは思えない?

最近「手作り市」で買ってきた多肉植物。
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周囲の街路樹の紅葉と黄葉。
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赤い実は、
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いろいろあって、
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区別がつかないw
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<追記>
三年前のこの日、中央道笹子トンネルの崩落事故が起こった。犠牲者のお一人は知人の娘さんだった。ご遺族のお一人は「私たち遺族は、何年経っても何十年経っても、事故を忘れることも家族を忘れることも、悲しみを忘れることはできません」と語っていたという。改めて犠牲者のご冥福をお祈りしたい。
最近でも工事関係のずさんな管理がニュースになるが、一方で「ものづくり日本」としてのプライドある仕事がありながら、もう一方で真逆のメンタル性を見せる日本人って何なんだろう、と思ってしまう。それは政治の分野でも現れているように思われる。単に「拝金主義」といって片付けられない心理の落とし穴のようなものが我々の中にはあって、そこを解明しなければ、これらの問題は克服できないのではないか、と改めて思ってしまう。

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