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俺とボビー・マギー[私の好きな20世紀の唄たち]vol.29 [20世紀の歌]

Me And Bobby McGee (俺とボビー・マギー)
   written by Kris Kristofferson
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作者のクリス・クリストファーソン(舌をかみそうな名前だ)はテキサスの出身。オックスフォード大を出て,作家を志望した時もあったようだが,その後陸軍士官学校に入り,ドイツに4年間従軍した後ナッシュビルに移ってカントリーミュージックのシンガー&ソングライターになったという経歴の持ち主である。経歴はそれで終わらず,リタ・クーリッジとの3年間の結婚生活の前後から映画俳優としても活躍し出し,’73『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』’74『アリスの恋』’76『午後の曳航』’76『スター誕生』など多数出演していてそちらの方で知っている人の方が多いかもしれない。『午後の~』は三島由紀夫の小説が原作ということもあって,発表当時見た覚えがある。

この曲は作者クリストファーソンの初期の作品であるが,自身の歌でヒットする前に,あの伝説の女性ロックシンガー "ジャニス・ジョップリン" のヒットで有名になった曲である。ジャニスはこの曲を含むアルバムの録音中にヘロイン中毒で急死した。27才の死はその後伝説になり,皮肉なことに死後の70年に発表されたアルバムとこの曲は初の全米№1ヒットになったのである。

この曲で「俺」と一緒にヒッチハイクの旅をしている「ボビー・マギー」は彼の愛犬だということを以前聞いたことがある。それがふさわしいような気もするし,人間の女性であってもよいとも思う。ここで歌われている「自由」の定義はなかなか強烈だ。「自由」という概念は様々なとらえ方ができる不思議な言葉だ。制度や身分的な自由から心の自由に至るまで幅広いし,時の流れの中で,あるいは一連の行動の中でも,今自由であることが次の瞬間に不自由に変わってしまうこともあるだろう。「自由=失うものがなにもない状態」というのは自由という概念のの一つの究極の形なのかもしれない。 "自由 "に "きままに" 生きている,と思いながら実は家族などの人間関係や仕事上の制約に意外なほど縛られていることはよくあることだと思う。「無意識」の中の不自由さと闘うことは本当に難しい。

仏教における「出家」の発想に似たこの「自由」の定義が出家のそれと確実に違うのは,「失うものがなにもない」という状態が「俗世の全てを捨て去る」ということによってでなく「その時を懸命に生きようとする」ことによってもたらされるという点だろう(究極では一つのものかもしれないが)。作者の奔放な生き方はこの歌を体現しているということもできるようだ。翻って自分自身を見つめると,もう少し若いころに比べて「囚われるもの」が少し増えたかな,としみじみ思ったりもする今日この頃ではある。
(初出03.02.26)

youtubeはSheryl Crow & Kris Kristofferson
https://www.youtube.com/watch?v=UKJ-49RbIjA
Janis Joplin
https://www.youtube.com/watch?v=N7hk-hI0JKw

俺とボビー・マギー(大意。原詩は検索してみてください。)

バトン・ルージュですっかり無一文になって,列車に向かいながら
俺はすり切れて色あせたジーンズのような気分でいる
ひと雨来る前にボビーがディーゼル車を止めて乗り込み
俺たちはニュー・オーリンズに向かったんだ
俺はバンダナの中からハープを取り出して
ボビーの歌うブルースに合わせて悲しいメロディを吹いた
それに合わせるようにワイパーがリズムを刻み
ボビーが手拍子をとり,しまいに俺たちは運転手の
知っているあらゆる唄を歌いまくった

自由ってのは何も失うものがないってことさ
そして自由ほど価値のあるものなんてないのさ
いい気分になるのは簡単さ,ボビーがブルースを歌うときだ
俺にはそれだけで充分なのさ
俺とボビー・マギーにはそれだけで充分なのさ


ケンタッキーの炭鉱からカリフォルニアの日差しの中へ行く道中
ボビーは俺と魂を共有してくれた
俺が何をするときもいつもそばにいて
夜毎俺を寒さから守ってくれた
サリナスの近くのどこかで彼女は行っちまった
安息の地を求めてね(俺もうまくいけばいいと思ってるんだ)
俺はボビーと一緒に暮らしたたった一日の昨日と
たくさんの明日を取り替えてもいいぐらいさ

自由ってのは何も失うものがないってことさ
彼女はそれだけを残して去って行ったのさ
いい気分になるのは簡単さ,ボビーがブルースを歌うときだ
俺にはそれだけで充分なのさ
俺とボビー・マギーにはそれだけで充分なのさ

Me And Bobby McGee



The Best of Kris Kristofferson


パール


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神戸ホンキートンク8月のスケジュールなど [バンド]

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土用になると急に暑くなってきましたね。我が家のゴーヤも種を播く時期が遅すぎたので、涼しさを演出できるようになる前に、夏が終わってしまいそうですがww

さて、神戸ホンキートンク8月のスケジュールがFBにアップされたので転載しておきます。今月も新しいバンドがたくさん出るので、お店にお問い合わせの上どんどん聴きに来ていただければと思います。

お盆の第3土曜日15日には神戸大BG創立50周年記念コンサートが、明石のアスピア子午線ホールであります。歴代の神大ブルーグラスがたっぷり?聞けます。我がNew Bohemians も出ると思います。お問い合わせは下記へ。

ライブハウス「OPPiDOM」
住所:大阪市淀川区宮原2-1-2 ニュー大阪ハイツ103号(路面)
tel 06-6151-8106
e-mail oppidom@i.softbank.jp
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というわけで New Bohemians の定例ライブは29日(土)に変更です。こちらもよろしく。

12日(水) はHOBO'S NIGHT ということで独りで演ります。MdのH井君が乱入予告してましたので楽しみ。

ホンキートンクのブログを見ると他の日のライブもわかるのでご参考までに。

神戸ホンキートンクのブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/mutsuko_2005_7_9_0423

New Bohemians 昨年の演奏。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLISZWQSFHLbvHMj_OhIl4t9-L9wBCUtP0

お問い合わせは下記へ
神戸ホンキートンク
神戸市中央区加納町2-2-2
Tel:078-241-2161
クリックすると少し大きくなります。
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また、「壱服庵」soloもいつもと違い、第4金曜(28日)です。カントリー・フォーク・ロック・時たま日本の歌を、ゆったり、まったりと演奏します。7時過ぎスタートです。マスター渾身のイタリアン・オードブルを肴にお聴き下さい。
お問い合わせは下記へ。
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壱服庵
西宮市下大市東町20-5  フェニックス門戸3階(駅から3分東)
電話 0798(51)0210

壱服庵8月イヴェント予定
http://ippukuan.blog.eonet.jp/default/2015/07/post-8d31.html

それでは、今月もよろしくお願いいたします。
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東海道 JIMICHI な旅 vol.4 (横須賀・三浦半島・帰路) [旅日記]

早朝の横須賀港。
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7月24日
朝早く目覚めたので、すぐに帰るのでなく横須賀・三浦半島と回ってから帰ることにする。まず、通称「どぶ板通り」と呼ばれる有名な商店街が、宿のある横須賀中央駅の隣の汐入駅近くにあるというので駅近くを歩いてみた。
汐入駅前の「メルキュールホテル横須賀」(泊まったわけではないw)。
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「どぶ板通り」。早朝で開いている店はないが、雰囲気は感じられた。
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次いで「三笠公園」に行こうと車を走らせていると、信号でたしか部外者進入禁止の標識があり、危うく入りそうになったが、そこが米軍基地施設の入り口だった。見ていると朝7時過ぎだからか、基地外に住んでいるらしい米軍関係者たちが次々と車で入っていくのが見えた。ナビで見てもその区域はグレーで塗りつぶされてあり、そこは「日本の中の外国」なのだというのを強く意識させられた。すぐ横に大学などがあり、その向こうにかつて日本海海戦で活躍した戦艦「三笠」が保存・展示されている「三笠公園」があった。こちらも時間外で入れなかったので外から見るだけに終わった。
記念艦「三笠」。
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続いてペリー来航で知られる浦賀方面へ。少し下調べしたところ、ペリーたちが来航したのは浦賀沖だが、実際上陸したのは隣の久里浜らしい。我々外から来た者にとってはどちらでも良いことのようにも思えるが、地元の方々にはそうではない、ということなのだろう。
浦賀にある「浦賀船番所」の桟橋跡。
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「異国船を取り巻く船番所の警備船」の図。
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ペリー上陸地である久里浜につくられた「ペリー公園」。
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久里浜から更に海岸沿いを南に車を走らせる。房総半島が美しく見えていたが、シャッターチャンスをのがしたww

半島南端に北原白秋の『城ヶ島の雨』で有名な「城ヶ島」があり、渡ってみた。
「城ヶ島公園」。
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房総半島遠望。
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安房崎灯台。
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城ヶ島を出発したのが10時ごろ。後は半島の西を鎌倉に向かい、往路をひたすら西へ。金曜日で好天だったためか、茅ヶ崎の辺りですこし渋滞したが、おおむね順調であった。小田原で昼を食べ、R1の「箱根新道」が無料化されていると知り通ってみたが、快適なスカイラインであった。浜名湖を過ぎるまでR1のバイパス、そこからはR23のバイパスであるが、蒲郡の手前でそれが一部途切れているので、いつもここで迷う。

なんとか渋滞回避をしながら、豊田南ICで高速に入ったのが7時過ぎ。往路でも立ち寄った刈谷SAで軽く食事をして時間をつぶした。
夜のSAの観覧車。
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ゆったり休みながら走って、無事12時過ぎに西宮ICを通過することができた。通行料金は3850円。深夜割引をねらうならもっと早く高速に乗ってもよかったかな、と思ったことだ。

この日の走行距離591.8km 。
総走行距離1248km 平均燃費12.1km/L。今回もハードでタイトであったのう。

<蛇足>
途中のコンビニで土産とは言いがたい土産をいくつか買った。
横須賀海軍カレーと富士宮焼きそば。
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右-横須賀で見つけた焼酎のお茶割り。左-帰ってからサークルKで見つけてしまったww
でも関西には少ないのも確かだ。
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東海道 JIMICHI な旅 vol.3 (鎌倉・横須賀) [旅日記]

鎌倉の大仏様。
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7月23日
3日目の朝は雨模様の曇り空。10時ごろには上がるという情報だが、と思いつつ宿を出る。郊外に出たところにあった「すき家」で朝食を摂った。R129を南下し、海に出たところで左折してR134を海沿いに鎌倉まで走った。ここを通るのは初めてなので、「あっ、茅ヶ崎」「あっ、江の島」と変に興奮してしまう。「鵜沼(これも何かの小説に出てきたような」で車を停めて海岸に出てみた。雨と風が少しあり、波も高かったので海水浴客も少なかったが、それでもそんな波を求めてか、サーファーたちが沖に漕ぎ出していた。「稲村ジェーン?」などとサザンや加山雄三的気分に浸っている余裕もなく、雨に降られて早々に車の中に。
江の島とサーファーたち。
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鎌倉の街を南北に貫く「若宮大路」の南端「滑川」という交差点の手前(由比海岸)に大きな駐車場があり、「パーク&ライド」があるはずだったが、7・8月はないとのこと。なんじゃそれ、と思ったが海水浴シーズンなら仕方ないのかな、と切れ切れに停めて観光することにした。

最初に訪れたのは市街地から離れている「鎌倉大仏」。もともと大仏殿に安置されていたようであるが、室町時代(諸説あり)に地震や津波で倒壊し、以来「露坐」で今日に至っているようだ。横から見ると若干猫背で、そこが人間らしい感じをかもし出している。
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与謝野晶子の歌碑もあって、教科書にもよく出てくる「鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は 美男におわす夏木立かな」の歌が書いてあった。崇高な御仏をも一人の生身の男と受け止めてしまうところに晶子の真骨頂があるなあ、とあらためて思ったことだよw
蛇足ながら、大仏様は「釈迦牟尼」ではなく「阿弥陀如来」だそうな。晶子さんにとってはどっちでもいいことだったかも。
さすが国際観光都市!外国人観光客の多いこと!
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鎌倉市街は「滑川」交差点から「若宮大路」を「鶴岡八幡宮」まで歩いてみた。南には海水浴場が連なってあり、市街地から歩いていけるほどであることにも驚いた。多くの文人たちが夏に鎌倉や鵜沼に移り住むのが少し分かった気がした。
一の鳥居。
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中ほどにあったJR鎌倉駅。
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駅前のお店で昼を食べて、二の鳥居から三の鳥居までは工事中だったので、一つ西の「小町通り」を北へ。両側にお店がぎっしり。
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鶴岡八幡宮。
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太鼓橋。
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倒壊した「大銀杏」の切り株。
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WHITE DOVE WILL MOURN IN SORROW !
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「鶴岡八幡宮」から「若宮大路」を望む。
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「江ノ電」に乗って「由比ガ浜」駅へ。
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こうして見ると、鎌倉の街は「鶴岡八幡宮」をメインに造られているなあと感じた。八幡様は武家の棟梁「源氏」の氏神だが、祭祀的なものの政治に及ぼす当時の影響の強さを考えると、「平氏」である北条氏が「執権」であり続けた理由も少し頷ける気がした。

「五山」の寺も見たかったが、この暑さの中一日ではとても無理なので断念。また訪れる時はあるのだろうか。今回は東京湾を渡って千葉や茨城も回ろうかな、とぼんやり考えていたが、やはりJIMICHI な旅では限界があるなあw

というわけで?、この夜の宿は安さと未知の街ということで横須賀に決定。鎌倉からは20kmもない。三浦半島の付け根を横断して坂道を下りていくと、「基地の町横須賀」はあった。「急な坂道駆けのぼったら 今も海が見えるでしょうか ここは横須賀」という百恵さんの唄の一節がふと浮かんだ。

宿に荷物を置いて夜の横須賀へ。
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面白そうな店がたくさんあったが、「横須賀風居酒屋『空母信濃』」に入ってみた。空母信濃は横須賀海軍工廠で建造された、最後の日本海軍艦艇だそうで、店主さんはそのことに非常に愛着を持ち続けているようであった。
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基地の街らしくメニューが全て英語併記であったのには驚いた。実は泊まったホテルの説明もそうだったので、米軍の家族が泊まることも多いのかな、と思った。普通の居酒屋メニューであったが「軍艦メンチカツ」というのが目を引いたので頼んでみたw
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どこか神戸にも似たこのエキゾチックな街は、偶然立ち寄ったにも関わらず非常に魅力的に思えて、再訪する機会は少ないだろうなと思いつつも、また来たいと強く思ったことであったよ。

この日の走行距離63.2km。


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東海道 JIMICHI な旅 vol.2 (登呂遺跡・日本平) [旅日記]

日本平からの富士と清水市街。
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7月22日
2日目の朝は当然のごとく早く目覚めたので、6時半ぐらいに宿を出た。天気もいいし、とりあえずこれまた前回スルーした日本平に行ってみようと思っていたが、市街地を抜けている時「⇒登呂遺跡」の標識が目に入ったので、とりあえず行ってみることに。「登呂遺跡」は小学校の社会の教科書等で知ってはいたが、こんな市街地(静岡市駿河区登呂五丁目)の中にあるとは思わなかった。
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周囲に囲いもなく、自由に出入りできる。早朝なので「登呂博物館」や案内施設に入ることはできなかったが、十分弥生時代に思いを馳せることができた。古代の水田も再現してあり、実習もできるとか。
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古代米を使った田んぼアート?
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登呂遺跡を後にして海岸通りに出て、日本平に向かう。ここも去年立ち寄ろうと思いながら、その時は富士山も雲に隠れていたので断念したのだった。富士山の眺望が良いところというイメージだったのだろう。日本平(大和平とも言ったらしい)の名称はは「ヤマトタケルの伝説」と関係があるらしいが、定かではない。標高307mの丘陵だが、周りに遮るものがないため、富士や清水市街・駿河湾から伊豆半島までの眺望が広がっていた。
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日本平山頂から徳川家康を祀る「久能山東照宮」までロープウェイがつながっているので乗ってみた。南側の表参道からだと1159段登ることになり、「なんちゃって登山」並みであったw
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日光の東照宮に較べるとかなり規模が小さいが、家康の遺命は「久能山への埋葬および日光山への神社造営」だったようなので、こちらは質素になったのかな。どちらも同時期に造営を始めたようだが、日光の方は家光が完成させたので、よりきらびやかさを増しているのかも。江戸城の天守閣も家康・秀忠・家光がそれぞれ建て替えて権威を高めたとのことなので、当時の権力者も「自分が天下人」とアピールしなくてはならず、大変だったのう。
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家康の墓。
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夢を食べるという「獏(バク)」の像。
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さて日本平を後にして、天下の嶮「箱根の山」を目指す。箱根は昔立ち寄ったことはあるが、一号線(東海道)を東に上るのは初めてである(地道の旅ならでは?)。途中去年も立ち寄った道の駅「富士」に立ち寄る。早朝はピーカンだったのに昼前から雲が出て、もう富士の姿は見えなかった。ここにもシラス丼があったが、「釜揚げ桜エビの丼と蕎麦」をいただいた。
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13:00、沼津バイパスを経て芦ノ湖を見下ろす道の駅「箱根峠」に到着。着いてから以前来たことがあるのを思い出したww
道の駅から見た芦ノ湖。
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気温23℃で風もあり、非常に涼しかった。こんなところで何時間かゆったり本を読んで過ごす旅もいいなあと思うが、現実は馬車馬のような強行軍になってしまうのはなんでかな?この日は鎌倉で泊まりたいなと思って検索したが、ちとお高いので更に探して厚木市に宿をとった。

箱根新道は有料かな、と思ったので旧道を小田原に向かう。これは箱根駅伝の復路コースでもある、と後でわかった。途中に風流な茶店があったので立ち寄ると、これまた以前来た所だった。「人間は忘れる動物である」と言ったのは誰だったかな。
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茶店のおばちゃんに聞いて、近くにある「箱根旧街道」をほんの少し歩いてみた。石畳の部分はあまり残ってないらしいのが残念。「箱根八里」を全て整備して「熊野古道」に対抗したらよいのに、と思ったことであったよ。
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小田原から海岸沿いのR1を走り、平塚で左折して厚木市へ。初めての街だが晩御飯を食べてすぐ寝てしまったので、あまり印象には残らなかったが、市街地は道も細く庶民的な街という印象だったかな?

この日の走行距離166km。

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東海道 JIMICHI な旅 vol.1(浜名湖) [旅日記]

早朝の刈谷ハイウェイオアシス。
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7月21日
高速道路の割引がどんどんなくなっているので、なかなか東の方に行きにくくなったが、去年朝霧高原に行った時のパターンを少し改良して、箱根以東を目指してみることにした。深夜割引を使うために3時過ぎに西宮ICに入り、新名神・東名阪・伊勢湾岸道を通って豊明ICで下りると3750円なり。後はバイパスを利用してひたすら東へ、というパターンである。前夜うまく寝られるかがポイントだったが、修学旅行や臨海の前夜よろしく寝不足で出発することにww

豊明ICのすぐ先に刈谷ハイウェイオアシスという超人気のSAがあり、一般道からも入れるというので立ち寄ってみた。温泉や観覧車・産直市場・噴水公園などのあるアミューズメント施設ということだが、さすがに早朝6時ではどこも開いているはずもなく、これまた評判のデラックス・トイレを見学(使用もw)しただけで退散した。帰りに寄れたらと思いつつ。
きれいだがちょっと恥ずかしいトイレ。
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朝から眠いので、この日は静岡辺りまでが精いっぱいと見切りをつけ、去年の6月朝霧高原に行った時通り過ぎた浜名湖を観光することにした。
「道の駅潮見坂」再訪。
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名物シラス丼(この後行く先々で名物であったが)。
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浜名湖は、宍道湖より少し小さい汽水湖で、明応地震(1498年)までは淡水湖だったらしい。古くは遠津淡海(とおつあわうみ)と呼ばれていたそうな。遠州灘に近い「弁天島」に車を止めて浜に出てみた。ついさっき通った浜名バイパスの橋が湖の向こうに美しく横たわっている。
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次に、湖の中を通っている道などを北に向かって湖を半周し、舘山寺にある「浜名湖パルパル」という遊園地に。「かんざんじロープウェイ」というものがあるので、それに乗ってみようと思ったのである。内湾である「内浦」を横断する形で「大草山駅」まで湖上を運航している。近くに山らしい山が見えなかったので、大したことないかなと思っていたが、浜名湖が一望され、遠く浜松市街も遠望できてなかなかの絶景だった。
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大草山駅の「オルゴール館」屋上にある「カリヨン」。
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こちらには「舘山寺温泉」もあるのだが、スルーしてこの日の宿泊地静岡に向かう。一号線のバイパスに出る途中で、自衛隊の基地らしい所を通過したが、道路沿いにフェンスがあり、その向こう側に同じように道路が続いていて不思議な感じがした。フェンスの向こうに「もう一つの世界」があるという感じかな。考えさせられるところの多い「情景との出会い」だった。

浜松~静岡間は距離にして90kmほどだが、全てバイパスでつながっているので、意外に早く行ける。
安倍川餅で有名な安倍川越しの富士山。
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3時半ごろには宿に着いた。寝不足がたたったのか、シャワーして一休みするつもりが、9時前まで寝てしまった。宿を出るとそこは、「静岡鉄道」の日吉町駅近くで(ナビに頼ると自分のいる位置が正確に分からないことがままある)、線路を越えたところにある「魚弥長久」というお店に入った。
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「一時間ぐらいしかないですよ」と言われたが、早呑み早食いの私には十分ww
酒も肴も美味しかったが、ふとメニューで目についたのが焼酎の「撰茶割り」。
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あとで調べると「静岡割り」ともいうそうだが、ここのは茶葉がグラスの底に入ったままになっていて、食べることも付属の茶漉しで漉して飲むこともできるというもの。さすがお茶どころだと感心したが、あまりお酒を飲んでいるという感じはしなかった。でも、こんな体験にめぐり会えるのが「地方都市」のいいところだなあ、とつくづく思ったことだよ。

この日の走行距離418km。


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土用の丑の日 [日々の雑感]

土用の早朝の空
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今年は土用の丑の日が2回あるらしい。7月24日(金)と8月5日(水)ということだ。そもそも雑節の「土用」とは立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間を指すそうで、私たちがよく目にするのは立秋の前(7/20~8/6頃 )の土用のことである。暦の具合で土用の丑の日が2回あることもあるというわけだ。

土用の丑の日に鰻を食べるという風習は、幕末の科学者・発明家の平賀源内が、「夏は鰻が売れない」と鰻屋さんに相談されて、「本日土用丑の日」という張り紙を店先に貼ったところ大当たりした、というのが通説である。根拠のない思いつきかというとそうでもなくて、夏土用の頃は酷暑で体調をこわしがちなので、滋養のあるものを食べるというのと、丑の日は「う」の字で始まるものを食べる、というのもあったようだ。肉食禁止の時代じゃなかったら、「牛」でもよかったわけで、「土用丑の日はビーフ・ステーキ」という広告をスーパーが出すかもしれないねww

以前NHKの「タイムスクープハンター」で現在の甘辛いタレによる鰻の蒲焼がいつ頃出来たのかを探索する、というのをやってたなと思い出し、調べてみると、安永6年(1777年)に上方からやってきた職人が江戸の人々の口に合うように工夫したのが始まりという説が紹介されていた。平賀源内の死去が 安永8年(1780年)とあるので、なかなか微妙な整合ではある。真実はどうなのだろうか。
ロケTV (http://locatv.com/timescoop-unagi/

暑中見舞いを出すのも夏土用の期間らしいが、こちらは「立秋を過ぎたら残暑見舞い」という形で定着しているとも言える。

ともあれ、今年の二回の「土用の丑の日」にスーパーがどんな攻勢を仕掛けてくるのか、楽しみであることだよ。
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※写真はイメージであり、筆者が実際に食べたものとは異なりますww

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それはスポットライトではない[私の好きな20世紀の唄たち]vol.11 [20世紀の歌]

IT'S NOT THE SPOTLIGHT (それはスポットライトではない) 
written by Barry Goldberg & Gerry Goffin
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私がこの歌にはじめて出会ったのは,日本語の歌詞で歌ったものであった。歌っていたのは伝説のブルースシンガー浅川マキ。マキといえば彼女を最初に見たのは中三の時。年末に東京にいる兄姉のところに遊びに行ったら,いきなり大晦日のマキの紀伊国屋ライブに連れて行かれた。衝撃だった…。それはともかく、それ以来マキの歌での「スポットライト」は私のfavoriteだった。その後大学に入ってから、マンハッタン・トランスファーのバージョンやロッド・スチュワート(これが一番ヒットしたらしい)のを聞いてそれなりに良かったが、しばらくするとまたマキに戻ってくるという具合であった。今でも夜中によく一人で歌ったりする。

「おいら」が「あんた」の眼の中に昔かいま見た「光」とは,それが「おいら」に向けられたものと考えたら恋歌になるし、「才能のきらめき」だとすれば今ではうらぶれてしまった芸術家への応援歌ということになるのかな,とも解釈できる。その両方だと考えるのが一番妥当かもしれないが,いずれにしても哀しさの底にかすかに見え隠れしている希望のようなものが感じられる歌である。やはり夜中に独りぼっちで口ずさむのがこの歌に一番相応しいのかもしれない

という訳で、今回はマキの訳詩の一部を訳の代わりに載せておく。原曲との違いを見つけるのも一興かもしれない(you know what I mean の解釈とか)。リフレーンの英語の部分はドラムスのツノダ☆ヒロが歌っていてこれがまた秀逸である。(初出 01.07.12 )

追記)浅川マキは2010年1月17日にあの世へ旅立った。これまで紹介してきた,また紹介するであろう歌い手や書き手の大半がこの世にいないというのはある意味当然のこと(20世紀の…なのだから)であるが,やはり取り残されたという思いは強いのもいたしかたない。

youtubeは77年京大西部講堂?のもの。ツノダ☆ヒロも参加
http://www.youtube.com/watch?v=m7AJWw5IJdY
ああ、ロッドの英語版も紹介しなくちゃね
http://www.youtube.com/watch?v=BwKOJRq2zTQ


それはスポットライトではない (大意。原詩は検索してみてください。)  

もしも光がまたおいらに
あたるならそれをどんなに待ってるさ
ずっと前のことだけれどその光に
気づいていたのだが逃しただけさ

だけど再びいつの日にか
あの光がおいらを照らすだろう

あの光そいつは古びた街の
ガス灯でもなく 月明かりでもない
スポットライトでなくローソクの灯じゃない
まして太陽の光じゃないさ

あの光そいつはあんたの目に
いつか輝いていたものさ
またおいらいつか感じるだろうか
あんたは何を知ってるだろか

It's not the spotlight, It's not the candlelight,
Its not the streetlight,
Its some old street of dreams,
It ain't the moonlight,
Not even the sunlight,
But I've seen it shining in your eyes,
And you know what I mean,
You know what I mean.

あの光そいつは古びた街の
ガス灯でもなく 月明かりでもない
スポットライトでなくローソクの灯じゃない
まして太陽の光じゃないさ

あの光そいつはあんたの目に
いつか輝いていたものさ
またおいらいつか感じるだろうか
あんたは何を知ってるだろか



淺川マキ「灯ともしごろ」

灯ともし頃(紙ジャケット仕様)


Atlantic Crossing


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朝顔とゴーヤ観察日記 vol.1 [日々の雑感]

EASY FLOWERS
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我が家の「烏名人」も上記のような「咲きぬべきほどの鉢」を買ってしばらく咲かせ続ける、というのでは飽き足らなくなったようで、「種から育てる」ことに挑戦することになった。

そこで、何を植えようかということであるが、小学生が夏休みの宿題などでよく栽培しているので育てやすいかな、という安易な判断で「朝顔」と「ゴーヤ」の種をダイソーで買ってきた(ここでケチってどうする)のが6月23日。翌日ネットで危うい調べ方をしながら種を蒔いた。
アサガオは一鉢に一粒ずつ3粒、ゴーヤは一鉢に3粒蒔いてみた。

烏名人的にはまず芽は出ないだろう(特にゴーヤは出にくいらしい)と観ていたのだが、一週間後に芽が二つ出た。初めはどちらの芽かわからなかったが、3日目ぐらいに別々の3鉢に出たのがアサガオ、もうひとつがゴーヤと分かった。ゴーヤはひとつしか出なかった。最初期の写真はないので、観察日記としてはこれでダメだろうと思うが、幸い小学生ではなかったので、誰にも叱られずにすんだww

発芽三日目ぐらいの写真(7月4日)左がアサガオ。
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7月11日。アサガオは一つの鉢に植え替え、支柱をつけた。
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7月16日。ゴーヤも大きな鉢に植え替え、よく分からないが金属のネットを立てかけた。どちらも勝手に蔓を支柱に絡ませていくのがすごい、と思ったことだよ。
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この時期に上のほうをカットすると、横に広がるとのことだが…。
種蒔きからやると、愛着も深まるような気もするし、途中で観察(世話)を忘れて「枯らす」ワンパク少年の気持ちもこれまた分かる。

さて、何週間か後に下のような写真(近所のお庭)とともにvol.2のご報告ができるかどうか乞うご期待、と思った元少年であったよww
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0718 New Bohemians @ 神戸ホンキートンク [バンド]

台風一過で午後から晴れましたが、鉄道や道路の復旧はやや遅れていて、みなさんしんどい思いをされていたのではないでしょうか。
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この夜は少し前に OLD BLUE で共演させていただいた fd の Y田君がフィドルを持って観に来てくださったので、2ステージ目はツイン・フィドルでにぎやかに演奏することができました。いきなりでしたが、曲によっては重厚なバックで歌う気持ちよさを感じることができました。かのビル・モンローがある時期トリプル・フィドルで演った気持ちが少し分かる気が…w " GOLDEN SLIPPER " が圧巻でした。
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また、昔元町にあった LOST CITY によく行っていたという、元不良少年?のお客様も見えられ、久々のブルーグラスを堪能して帰られました。

8月は諸事情で第5土曜(29日)になります。またツイン・フィドルが見られるのか?乞うご期待です。

8月12日は HOBO'S NIGHT ですが、この夜も覗いてくれていた御大もMdを手に、乱入があるかも、ということなので是非足をお運びくださいね。

0717台風11号来襲 [日々の雑感]

芦屋川下流。
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終業式の日に台風が来て休校になるなんてことは、私の現役時代には記憶にないことだ。現場の職員の方々は大変だったろうと思う。事前に予測して前日に配布物などを配った学校もあったやに聞くが、私の最後の職場は翌々日?に臨海学校の行事とかが控えているので、「はい、一日早く夏休み」とはいかず臨時に登校させたりと慌しい時間を送っておられると思うと同情を禁じ得ない。
業平町付近。
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まあ、何を言っても面白がっているようにしか聞こえず、不謹慎極まりないであろうが、現役時代もこんな日には夜中に何度もネットを見たり、周辺を廻ってみたりして家人からたしなめられていたので、今に始まったことではないww よく「田んぼを見に行って足を滑らせ…」とかいうニュースを見て、「こんな日に出歩くなんて」とつぶやいたりするが、全く他人事ではない。この性癖は生涯直らないだろうな。
住吉川。
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奇しくも昨年の8月10日に近畿を直撃したのも11号だった。あのときの被害で通行止めになっていた芦有ドライブウェイがやっと開通した矢先の台風襲来である。今回は近畿直撃でなく、高知→岡山と北上したのだが、スピードが遅いのでこれを書いている今も雨は降り続いている。これ以上被害が大きくならないことを祈るばかりである。

前日、住吉川河口を覗いてみると、、カルガモ親子は嵐を予感しているかのように、身体を寄せ合い、草むらの陰に身をひそめているように見えた。これだけの今日の雨と川の濁流を見ると、果たして無事でいられるのだろうかと、やや心配であるが、さすがに「この雨の夜に」河口をウロウロする愚はおかせないな、と思ったことだよ。
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ハンク佐々木さんの思い出 [日々の雑感]

Hank Sasaki 1937 - 2015
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ハンク佐々木さんに初めてお会いしたのは98年の5月であった。大阪のお初天神裏にあるフェニックスバードというバーボンハウス(14年7月の記事参照)が企画したナッシュビル・ツアーに参加した時だ。ハンクさんは現地でのガイドを担当していらっしゃって、オープリーハウスやダウンタウンのライブハウス、楽器店など気さくに案内していただいた。ご自宅の庭でバーベキュー・パーティを開いて彼の友人のミュージシャンたちとセッションさせていただいたことが、強く印象に残っている。
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その時の体験に味をしめて、その後'99・'04・'07とアメリカに遊びに行ったが、ナッシュビルには必ず立ち寄り、ハンクさんには何度もお会いしていただき、お世話になった。ハンクさんが日本でのツアーをされた時も何度か観に行き、ジャムもさせていただいたように思う。

98年には60歳になられていたようで、50歳を過ぎてから、経営していた博多のチャック・ワゴンというライブハウスをたたみ、ナッシュビルに移り住んでミュージシャン、ソングライターとして成功されたと聞き、驚いたのをよく覚えている。当時45歳になっていた私は、音楽を続けることに意味を見出せず、悶々としていたのだが、その話を聞き、彼のナッシュビルでの生活ぶりを垣間見る中で、「年をとってからも音楽を続けていいんだ」と目を開かされたような気がした。

しばらくやめていたバンド活動を再開したのも、このツアーがきっかけだったように思う。その後拙いながらも音楽活動を続けてこられたのも、全く彼のお蔭だったと言っていいと思う。
2007 at his house
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いつお会いしても旧知の友人のように接してくださり、ライブハウスを冷やかしたり、カニを食べに行ったり、自宅で炒飯をご馳走してくださり、一緒にセッションしてくださったりと、思い出は尽きない。彼がナッシュビルで成功していようがいまいが、私にとっては常に人生の先を歩む先達であった。77歳で人生を終えられる直前まで歌い続けていらっしゃった姿は、決して忘れられないし、忘れずにいようと思う。
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" Thank You, Hank. R.I.P. "

youtube で見つけた彼のライブ映像。野太く包容力のある歌声をもう一度。
Hank Sasaki HealthSpring Silver Stars ( COWBOY FROM JAPAN )
https://www.youtube.com/watch?v=ARNbNjgoBDE

アメイジンググレイス(ハンク佐々木)望郷の念2012・PV
https://www.youtube.com/watch?v=T3I7Qet8O0g


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0714@金星と木星最接近 [日々の散策]

0702にFB友達のK津君がアップしてくれた最接近の画像。
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7月上旬に金星と木星が最接近するという情報を、高校時代の同級生がFBでアップしてくれたので、見よう見ようと思いながら今日になってしまった。

今日は朝から夏の青空だったので思い出し、もうだいぶ離れてしまっているんだろうなと思いながらも、日没時間を調べて7時ごろに南芦屋浜南端の岸壁に行ってみた。台風の影響か風がけっこうあり、涼しかった。
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夕方なのに対岸がはっきり見え、美しい海辺の夕景があった。
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とにかく西のほうをぼんやり眺めていたが、星はいっこうに姿を現さない。「見えた」と思ってカメラを構えていると、どうも少しずつ動いているみたいで、神戸空港か関空に離着陸する飛行機の光だったようだww

7時半を過ぎたので、あきらめて一旦帰ったが、やはり気になって途中まで引き返して、見ているとどうも今度は本当の金星と木星らしい姿を認めることができた。かなり離れているが、一画面に収まる範囲だったので記念に撮ってみた。カメラがカメラなのでやっと分かる程度だけど。
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次に接近するのは50年後らしいので見ることはあるまいな、と思うと愛おしく感じられたことであったよww

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なんちゃって登山vol.16@鞍馬山(京都・鞍馬寺) [山歩き]

鞍馬の大天狗!?
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これを登山と言うのか、とお叱りの声もあろうかと思うが(自分でも思っているw )、上りは石段、下りは登山道そのものであったので、そう呼ばせていただこうと思ふ。

「本能寺の変~」を読んだ後だったので、光秀の居城のあった坂本とか、本能寺の変の直前に詠んだといわれる「愛宕百韻」の愛宕山も考えたが、ハイキングとしての楽しさも考慮して、今回は行ったことのなかった鞍馬山に行ってみることにした。

叡山電鉄鞍馬駅の手前に1日500円の駐車場があったので、そこに車を置いていざ出発。
鞍馬駅。
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義経が天狗と一緒に修行したというだけあって、あちこちに天狗の像(面)が。
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参道入り口。
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少し歩くと「仁王門」が。
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本堂の金堂までひたすら石段・坂道が続く。
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由岐神社の「荷拝殿(重文)」。変わった構造であった。
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「由岐神社」と「大杉社」。
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ここから本殿金堂までの道はつづら折れの坂道が続いており、「枕草子」一六六段<近うて遠きもの>の中に「鞍馬のつづら折りといふ道。」という記事があるそうだ。写真で伝わるかな。
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調べてみると同じ段に「兄弟姉妹や親族の間がら。」というのがあって、こちらは今も昔もそうなのかな、と身につまされてしまうことだったよww
本堂の金堂。
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金堂前の金剛床。パワースポットとして人気らしく、皆バンザイをして記念写真を撮っていた。
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イスラエルの国旗にあったかな、と思って後で調べると「六芒星(Hexagram)」または「ダビデの星」「ユダヤの星」と呼ばれるもので、正三角形と逆三角形を組み合わせ、「相対するエネルギーの調和」を表すとのこと。様々な伝説に出てきたような。

金堂脇から「奥の院」への道が続く。途中にあるのが「背比べ石」。
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牛若丸が16歳で奥州平泉の藤原秀衡のもとに下る際に名残りを惜しんで背比べをしたと伝わる石らしい。
「木の根道」。
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それほどのスケールではないが、木の根が浮き出ていて、かつて牛若丸が跳躍の練習をしたらしい。それが「八艘跳び」につながった?
ここから貴船神社のある西口まではひたすら下りの登山道が続く。
途中に鞍馬の奥の院「魔王殿」がある。
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やっと西門。いきなり「納涼床」が。
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貴船神社には今回は参拝しなかった(疲れていたのでw)。
引き返すのは大変なので、叡山電鉄貴船口駅まで歩き、電車で鞍馬駅に戻ることにした。「納涼床」は8000円以上はするので、あきらめかけていると、下流に「お手軽セット」2000円のあるお店「河鹿」が見つかったので、入ってささやかながら「納涼床」気分を味わうことができた。
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駅に行く途中の道端に和泉式部ゆかりの大岩(「蛍岩」)があり、歌碑もあった。
「もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂(たま)かとぞ見る」いいねえ。
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和泉式部の亡霊?
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撮影会のようどした。
貴船口駅到着。
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写真はここまでで後消えてしまひぬ(泣)。
帰りは地図を見て北に向かい、湖西道路回りのコースを選んだが、途中の山道が細くて死ぬ思いをした。京都の山道はあなどれぬ、と思い知ったことだよww



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0710壱服庵 solo 12 [バンド]

壱服庵入り口から見えた夏の雲。
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こうして書いていると、もう12回目なんだなあ、と感慨ひとしおです。技量はちょっとも上がっていませんが。K-Yairi( YD-45 )での演奏は慣れていないので、Bmなんかが押さえ間違いしてる気がして、ちと不安でしたがなんとかごまかしましたww
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今回歌った " I SAW YOUR FACE IN THE MOON " は古いカントリーソングらしいけど、同じコード進行の曲がたくさんあって面白いです。Kentucky Waltz,Just Because,Washington County 等々キーを変え、ワルツにしたりと当時の人気のコード進行なのでしょう。オールド・モダンな感じが好きです。
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8月は諸事情により月末(28日)になりますので、その間練習してグレードアップした演奏が披露できるかな?

SET LIST

PEACH PICKIN' TIME IN GEORGIA
I SAW YOUR FACE IN THE MOON
YOU AIN'T GO NOWHERE (プカプカ)
CITY OF NEW ORLEANS
IT'S A SIN TO TELL A LIE
HEY HEY HEY
DUTCHMAN

別れ (Maki Asakawa)
LAST THING ON MY MIND
LOVE HAS NO PRIDE
THE LAST WALTZ
PLACE IN THE SUN
CRAZY

「本能寺の変 431年目の真実」雑感 [読書]

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半年前に「信長の首」という小説を読んだとき、実は標題の本を探していたと書いた。2ヶ月前に書店で見つけ購入したのだが、なんやかんやで読まずにいた(読書好きとは到底言えないなw )。読み出してみると面白くて、寝る前の読書として数日で読んでしまった。
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筆者は明智光秀の末裔であるということで、歴史上の<悪人>という定説になってしまっているご先祖光秀の汚名を晴らしたいという一念がこの書を書かせた原動力だったのだろうか。「太平記」の足利尊氏や、「忠臣蔵」の吉良上野介など、歴史上の悪人とされている人物たちは、いずれも対立する存在(南朝であったり赤穂義士であったり)を正当化するために不当に貶められていることが多い。歴史は常に勝者によって書き換えられるものだということなのであろう(「忠臣蔵」は民衆の思いによってというべきかもしれないが)。後世の人間がそれを<定説>として受け止めているとしたら、歴史家の責任は非常に重いと言わなければならないだろう。

「本能寺の変 」はそんな中でも最もミステリアスな事件なので、過去にも怨恨説や野望説・謀反説など諸説入り乱れているが、やはり「太閤記」(吉川英治や司馬遼太郎の小説も含む)やそれを基にした大河ドラマによるイメージが強く、同情を交えながらも<悪人「光秀」>という捉え方から抜け出せないでいる。
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ネタばれになるのであまり書けないが、筆者はそれらの誤った光秀観の元になったのは、羽柴秀吉が本能寺の変の4ヵ月後に家臣の大村由己に書かせた「惟任退治記」だという。秀吉が自らの天下取りを正当化するために敢えて光秀及び信長を否定的に描いてみせた、というのが「歴史捜査」家を自任している筆者の考えだ。そして今まであまり資料としてとり上げられなかったフロイスなどのイエズス会宣教師たちの証言や、家康の家臣や長宗我部の日記や文書、公家たちの日記の改竄などの資料を基に従来の説の誤りを暴いていく。

その辺りまではまことに痛快な論破ぶりであったが、さて真説を展開していく段になると、ややもすると想像に頼ってしまうきらいがあるのは否めない(もちろん資料で補強してはあるが)。近年になって長宗我部元親が、光秀の重臣斎藤利三に送った手紙が見つかったりしているので、筆者の説に対するより客観的な批評も出てくるであろうと思われるのでそれを待ちたい。資料を精査してさまざまな従来の説を論破している部分だけでも十分面白いのでぜひ読んでみると良いと思う。
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最後に、逆臣光秀の家臣斎藤利三の娘が何故家康に取り立てられ、「春日の局」として大奥で権勢をふるうようになったのかが、どうしても理解できなかったが、この書を読んで少し腑に落ちたことであったよ。家光が彼女の子だというのはにわかに首肯できかねるものがあったけどww

【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 (文芸社文庫)


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0707織姫と彦星?@神戸ホンキートンク [バンド]

この時期によく見かける街路樹トウネズミモチの花
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この日は七夕(といっても故郷の村では月遅れでやってたなあ)ですが、折悪しく朝から雨模様。雲の上では逢っているはず、という半分大人なご意見の方もFB上ではいらっしゃいましたが、本当に逢えたのでしょうかね。
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この夜はマスターの遺品のひとつであるK-Yairiを譲っていただいたので、その試奏というのもありました。D-45のコピーということで、今持っているD-28とかなり性格の違うものです。残響音が長く残る響きの良いものですが、音量はやや小さめでBLUEGRASSにはやや向きが悪い。自分のようにガチャガチャ弾くと本領が発揮できないギターと感じました。
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繊細なタッチで弾く練習にはもってこい?なのですが、「途遠し」というところですなww
先日の追悼コンサートにも出演なさっていた、20年前のホンキーの歌姫と、40年前のCountry Boyが織姫と彦星よろしくカウンターの両端に陣取り、ママさんと昔の思い出話を挟みながら、まったり演奏させていただきました。ビールのサーバーが故障で9時半にやっとメンテナンスの方が来られ、修理を見届けて最初のビールにありつくという、得がたい体験もできたな、と思ったことだw
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不定期ですが、とりあえず8月は12日(水)と決まり " HOBO'S NIGHT " もスタートしましたのでよろしくお願いします。40年前のカントリー・スターも「来月は乱入して歌うからな」と言って去っていかれました…

SET LIST (結果のおぼろげな記憶による)

PEACH PICKIN' TIME IN GEORGIA
ALL MY LOVING
LOVE HAS NO PRIDE
IT'S A SIN TO TELL A LIE
HOBO'S LULLABY 
TENNESSEE WALTZ   

LAST THING ON MY MIND
JAMBALAYA       
Desperado       
CRAZY        
Are You Lonesome Tonight?
SUMMERTIME
MAKE ME A PALLET ON YOUR FLOOR
     
次の課題曲?(うろ覚えにリクエストに応えた)
RED RIVER VALLEY
HOBO'S MEDITATION       

※イラスト画像はフリー素材のサイトより転載させていただきました。

ローズ・ガーデン[私の好きな20世紀の唄たち]vol.35 [20世紀の歌Ⅱ]

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(I Never Promised You a) Rose Garden
written by Joe South
recorded by Lynn Anderson

この曲は女性カントリー・シンガーのリン・アンダーソンが70年に出した9枚目のアルバムからシングルカットされたものである。発売されるやカントリーチャートの#1はもちろん、ポップ・チャートでも最高3位にランクされるなど大ヒットになった。日本でもかなりヒットしたようなのでカントリー・ファン以外でも聴いたことがあるのではないか。作者のジョー・サウスについては良く知らないがアトランタでスタジオ・ミュージシャンをしていたシンガー・ソングライターだという。 " Games People Play " という曲でグラミー賞もとったことがあるというので、またさがして聴いてみようと思う。

その彼にとってもリンにとっても最大のヒットになったのがこの曲だが、詞の内容が男が女に別れを告げるものなので、出すにあたって周囲から反対されたそうである。それが大ヒットするのだから世の中わからないものだ。普通女性の歌を男性が歌う場合(逆も同じ) He を She に変えたりするのだが、この曲はあくまで男の歌として歌われている。詞の内容はわかりにくい所もあるが、恋や結婚に過度の期待を抱いているらしい女性に対して「そんな風に思い込まれちゃうと、困っちゃうんだけど」と別れを切り出している歌なのかな。カントリーにはこのような具体的な恋の歌が多く時に笑っちゃうのだが、そのストレートな明るさがいいところなのかも知れない。

「ローズ・ガーデン」には「ホワイトハウス(の庭)」という意味もあるらしく、この歌がでたころある雑誌でそういう裏の意味がある、というような記事を見たようなかすかな記憶があるが、今になってネットで調べてもよく判らない。裏の意味が仮にあるとすると最初のフレーズは「あなたを大統領にする約束をした覚えはないよ」ということになり、それは誰に対してということになるのだが、やはり後付けの意味ぐらいしかないと考えるのが妥当かな。

蛇足になるが、あの南沙織が71年に出した「17才」という曲は、作曲した筒美京平が上記の曲にインスパイア?されて作ったと自ら認めているようである。そう言われると始まりのフレーズとか似ている気がするが盗作というほどでもないだろうww

youtubeはLYNNのもの
https://www.youtube.com/watch?v=beKFjPEU_Fw
男性代表でGlen Campbellのものも
https://www.youtube.com/watch?v=hbXHyFhF_A4

ローズ・ガーデン(大意。原詩は検索してみてください。)

ごめんね、君にバラの庭園を約束したことはなかったんだよ
太陽の輝く間にも時々は雨がやって来るときもあるのさ

人生はギブ・アンド・テイクなんだから君は生き、生かされ、
僕が去るままにするんだね

君にバラの庭園を約束したことはなかったんだから

僕は君に色々なもの、例えば大きなダイヤモンドをあげると
口約束できたかもしれない
けど、クローバーの茎にバラが育つなんてありえないから
君はそれをよく考えた方がいい

君の夢見た幻想が本当にかなうのなら
僕は今すぐにでも銀の皿にそれをありったけ載せてあげるだろう
でもそれって本当に大事なこと?

だから今、少しの間だけ微笑んで、陽気にやろう
愛ってそんなにくよくよ悩んだりするものじゃない
側に来て二人で出来る限りはいい時間を分かち合おうよ

ごめんね、君にバラの庭園を約束したことはなかったんだよ
太陽の輝く間にも時々は雨がやって来るときもあるのさ

君に求愛の歌を捧げ、結婚の約束をすることもできた
でも、もしそうしないと君を引きとめられないのなら
君が去っていっても仕方がないさ
でも、君に知ってほしいことが一つあるんだ

君は跳び込む前によく見た方がいい、静かな水面ほど深みがあり
そこから引っ張り上げてくれる誰かがいつもいるとは限らない
僕の言いたいことわかるよね

だから今、少しの間だけ微笑んで、陽気にやろう
愛ってそんなにくよくよ悩んだりするものじゃない
側に来て二人で出来る限りはいい時間を分かち合おうよ



16 Biggest Hits (Slip)


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0705追悼ホンキー・マスター@上屋劇場(神戸) [バンド]

ステージに上がるとそれなりに見えるww
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本日は、去る3月26日に亡くなられた神戸ホンキートンクのマスター、野澤隆一郎氏のお別れ会に参加してきました。
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ホンキートンクに所縁のあるバンドが総計31バンドも出演する、という壮大なもので、演奏は休みなしに6時間にわたりました。会場はメリケン波止場の近くの倉庫を改造したもので、南から入ると本当に倉庫でしたが、正面入り口は北側でしたww
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お店が出来た40年前から出入りしていたのですが、知らない顔も多く、逆に歴史の長さを感じてしまいました。
バックステージ
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初めて見る若い方々。
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そう若くはない方々、いや先輩方。
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歴代アルバイターたち。
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何十年ぶりに再会した面々とも話ができ、凄く楽しい時間が持てたのも、主催者の方々や何よりも故マスターの人徳と感謝いたしております。

我がバンドは2時ごろの出演の予定でしたが、後輩のバンドのメンバーが足りないとのことで、少し早い時間に一緒に演ることになってしまい、少々焦ったけどそこはベテラン、何とかうまくできました。
2バンドコラボの図。
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マスターの好きだった " HELLO MARY LOU " と、彼岸に送る歌 " DRIFTING TOO FAR FROM THE SHORE " を歌いました。マスターちゃんと " PEACEFUL SHORE " にたどり着いたかしら、なんちゃって。湿っぽくない良い送別の宴だったと思います。
本ブログの下記でもマスターの思い出に触れていますので併せてお読みください。
http://hobot2.blog.so-net.ne.jp/2015-04-01

自分たちの演奏はないのでエミルーのyoutubeでお聴きあれ。
Emmylou Harris - Drifting Too Far From The Shore
https://www.youtube.com/watch?v=v4LVxJQv5q4

11時過ぎから5時間近く頑張りましたが、夕方から理事会があったので、あえなく途中リタイアすることに。理事会は延々10時過ぎまであり、疲労困憊の一日でした。zzzz.....

遙かなる影[私の好きな20世紀の唄たち]vol.28 [20世紀の歌]

(They Long To Be)Close To You (The Carpenters)
      written by "Hal" David & Burt Bacharach
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リチャードとカレンのカーペンターズ兄妹がA&Mの創始者でもあるハーブ・アルバートに認められ,ビートルズのカバー「涙の乗車券」でデビューしたのは69年。その後数々のヒットを飛ばし,一時はビートルズを超える人気とまで言われた。特に兄リチャードのアレンジによる,当時としては先進的な多重録音を駆使したコーラスワ-クは,カレンのしっとりと落ち着いたアルトのヴォーカルとともに,カーペンターズのサウンドを決定づけるものであった。当時「二人で歌っているのにどうしてこんなコーラスが出来るんだ」と思ったり,多重録音と分かってからは「ライブではどうするんだろう」などと余計な心配をするほど,そのサウンドは当時は新鮮であった。

でも,70年代後半からはスーパースターであり続けることの重圧からか,カレンが拒食症に悩まされ始めて,83年に32才の若さで帰らぬ人となってしまった。彼らの音楽を,時には軽すぎるなどと遠ざけたりもしながら,時をおいてまた聴いてみたりすると,彼らの音楽に今なお古びない輝きがあるのに驚く。

この曲は70年のヒットで,彼らがその後最も多く取り上げたバート・バカラックの作品である。邦題の「遙かなる影」はやはりこの時代の「ヒットする題名」のパターンの一つでこの曲は特に詩の内容とかけ離れた題名になっている。誰からも愛されるスーパーアイドルのような男の子に対する思慕のようなものを描いたのか,それとも素直に「好きだ」「愛してる」と言えないシャイな女の子が小鳥や星たちに託して遠回しに愛を告白した歌なのか。"Close To You" という語の語感がよくわからないので下のように訳してみたが(ずっと以前に誰かからこういう風に説明してもらったようなかすかな記憶もある),どうだろうか。男と女が「向き合う」のでなく「寄り添う」ところに一つの<関係>のありようがある気がする。
(初出03.01.27)

youtubeはカレンがドラムを叩いているもの。
https://www.youtube.com/watch?v=oaOyoVS-IAI


遙かなる影(大意。原詩は検索してみてください。)

どうして小鳥たちは
突然現れるの?
いつもあなたがそばにいるときに
私と同じように
小鳥たちも
あなたに寄り添っていたいのね

どうして星たちは
空から降ってくるの?
いつもあなたと歩いているときに
私と同じように
星たちも
あなたに寄り添っていたいのね

(*) あなたが生まれた日には
  天使たちが集まって
  夢がかなうような人を創ろうって
  決めたんだわ
  それで彼女たちは
  あなたの金髪に月の光を
  青い瞳に星の光をふりかけたのね



(**)だから 街中の女の子が
  あなたを追いかけつきまとうのね
  私と同じように
  彼女たちも
  あなたに寄り添っていたいのね

  私と同じように
  みんなも
  あなたに寄り添っていたいのね




Close to You


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7月2日は半夏生(ハンゲショウ) [日々の雑感]

ハンゲショウ(植物の)。
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今朝の新聞の折込チラシ(スーパー4店)に「7月2日は半夏生」のキャッチフレーズがあり、蛸の特売をしていて驚いた。去年まではどうだったか、と家人に聞いても覚えがないようだ。でも全ての店が書いているところをみると、偶然今年からということでもなさそうだ。

先日来「夏至」だ「水無月祓」だと書いてきたので、今回特に目に付いただけなのかもしれない。人間えてして自分の興味のないことは視野に入らないものだから。

「五月晴れ」や「「水無月祓」はもともと旧暦(太陰暦)によるので、どうしても「ずれ」を感じたり「誤謬」を生んだりしがちだが、「夏至」(二十四節気)や「半夏生」(七十二候)は太陽の運行をもとにしているので、季節感のずれが少ないということに改めて気付いたことだ。ちなみに本日(7月2日)は旧暦の5月17日(ほぼ満月)だそうだ。「五月晴れ」が梅雨の間の晴れ間を指すというのも納得がいくというものだ。
http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm

「半夏生」は夏至から11日目ということで、一年のちょうど半分にあたる。植物のハンゲショウは半化粧(半分白く化粧をしているように見える)のごろ合わせでもあるのかな。自然の草花について書いたり調べたりしていると「歳時記」っぽくなってしまうが、それもまた面白いかも。

再びこの時期の花をいくつか。
白と濃い赤・ピンクの夾竹桃。
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「七変化」という種類のアジサイ。アジサイの別名を「七変化」ともいうようでよくは解らない。初めて見る色もあった。
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百日紅(サルスベリ)。
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朝顔。
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strange !! ※スモークツリー、和名をハグマノキ(白熊の木)というそうな。
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and other beautiful flowers
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みんなこんな風に名札があればいいのにと強く思ったことだよww
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<追記>本日アクセス数が50000に到達しました(祝)。1年2カ月での到達は望外のこと。読んで下さった皆様、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。


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神戸ホンキートンク7月のスケジュールなど [バンド]

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7月になりました。夜半からの雨がますます激しくなっていますが、夏へ一歩近づいているということなのでしょう。

神戸ホンキートンクのマスターだった Joe 野澤 こと野澤隆一郎氏のお別れ会が下記の通り開催されるそうです。ホンキーのバンドが勢ぞろいして音楽で送り出そうというものです。所縁のあった方はどうぞお越しくださいませ。

      記

7月5日(日)12時~18時
上屋劇場(神戸市中央区波止場町6-3 甲陽運輸内1F)
入場料 5500円(学生2500円)ワンドリンク付

さて、神戸ホンキートンク7月のスケジュールがFBにアップされたので転載しておきます。今月は新しいバンドがたくさん出るので、お店にお問い合わせの上どんどん聴きに来ていただければと思います。

7日(火) HOBO'S NIGHT ということで独りで演ります。乱入可ですのでよろしくw
18日(土) New Bohemians の定例ライブです。こちらもよろしく。

ホンキートンクのブログを見ると他の日のライブもわかるのでご参考までに。

神戸ホンキートンクのブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/mutsuko_2005_7_9_0423

New Bohemians 昨年の演奏。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLISZWQSFHLbvHMj_OhIl4t9-L9wBCUtP0

お問い合わせは下記へ
神戸ホンキートンク
神戸市中央区加納町2-2-2
Tel:078-241-2161
クリックすると少し大きくなります。
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また、「壱服庵」soloは第2金曜(10日)です。カントリー・フォーク・ロック・時たま日本の歌を、ゆったり、まったりと演奏します。7時過ぎスタートです。マスター渾身のイタリアン・オードブルを肴にお聴き下さい。
お問い合わせは下記へ。
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壱服庵
西宮市下大市東町20-5  フェニックス門戸3階(駅から3分東)
電話 0798(51)0210

壱服庵7月イヴェント予定
http://ippukuan.blog.eonet.jp/default/2015/06/post-327a.html
それでは、今月もよろしくお願いいたします。
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