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Today [私の好きな20世紀の唄たち] vol.62 [20世紀の歌Ⅱ]

Today
written by Randy Sparks

Randy Sparks
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私がこの曲を知ったのは、ジョン・デンバー の75年のライブ・アルバム "An Evening with John Denver" であった。当時人気絶頂だったジョンの油の乗り切った演奏の中でしっとりと歌われていた。オリジナルは60年代に一世を風靡したフォークグループ "The New Christy Minstrels" の64年のアルバムだったようだ("Green Green" が大ヒットした)。このグループは常時10人ぐらいの編成で現在まで続いているらしく、ジョンも在籍したことがあったのかなと思っていたが、違っていた(ジョンのいたのは "The Chad Mitchell Trio" )。
John Denver with The Mitchell Trio
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余談になるが、ニュー・クリスティー・ミンストレルズは結成以来のメンバーが通算300人以上になっていて、その中には Kenny Rogers, Kim Carnes, Gene Clark, Jim McGuinn (later known as Roger) など名だたるミュージシャンがいて驚いた。メジャーに上がる登竜門的なバンドだったんだろうか。そのリーダーが今回の曲の作者であるランディ・スパークスである。
The New Christy Minstrels
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物語の主人公は放浪する詩人(作者自身か)であり、恋人と過ごしている現在(いま)だけが最上のものであり、過去の栄光も未来のことも意味がないと歌っている。官能的で刹那的な内容であるということもできる。同じような趣旨の歌に Kris Kristoffersonの70年作の "Help Me Make It Through the Night" があるが、既成の価値観に対するアンチ・テーゼとして作られた歌だということもできるだろう。信じられるものはただ自分の手ざわりのある瞬間々々だけであるというように。

さて、当時反抗する世代だった若者達は、40年後の今どんな人生観を持って生きているのだろう。大人になるにつれて世知を身に付け、うまく立ち回る日々を送っているのだろうか。逆にいつまでたっても自分が自分が、という生き方しかできずにいるのだろうか。今さらこの歌の時代に立ち返ることはできないが、そんなことをつい考えてしまう歌でもあるなあ。
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youtube は上記の二人のものを。
Today-John Denver
https://www.youtube.com/watch?v=uBGjZAYcJqc
NEW CHRISTY MINSTRELS - Today (1964) HQ Stereo!
https://www.youtube.com/watch?v=3cELsUMcQdc

今日この日 (大意。原詩は検索してみて下さい。)

**
今日のこの日、まだ花が蔓から落ちてしまう前に
僕は君の果実を食べ味わい、君の甘美なワインを飲もう
幾千万の明日が過ぎ去って行こうとも
僕はこの日手にした至上の喜びを決して忘れない

僕は洒落者にもなろう、放浪者にもなろう
君は僕の事を僕の歌う歌で知るだろう
君の食卓で大いに宴を持ち、君の褥で眠る
どんな明日がやってくるかなんて誰が気にするものか

僕は昨日までの栄光に満足することなんてできないし
冬が去り春がやってくることを糧に生きていくこともできないさ
今日のこの一瞬だけが僕の時、現在だけが僕の物語
僕は笑い、泣き、そして歌うのさ


EXCITING NEW FOLK CHORUS IN PERSON


An Evening With John Denver


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1021 萩原麻未 ピアノ・リサイタル@いずみホール(大阪) [ライブ鑑賞]

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クラシックのコンサートはめったに行かないのだが、今回チケットを譲っていただけたので行ってみた。ピアニストの萩原さんはもちろん?存じ上げなかったが、広島のご出身で2000年第27回パルマドーロ国際コンクールで史上最年少の13歳で第1位に、2010年第65回ジュネーヴ国際コンクールで優勝するなど、新進気鋭のピアニストであるらしかった。少し前に小説『蜜蜂と遠雷』を読んだ時、色々ピアノソロの曲をyoutubeで聴いていたので、ささやかな下準備はできていたかも。

会場の「いずみホール」は、大阪城公園の東にあるクラシック専門のホールで、もちろん初めて行った。ホールの駐車場は高さ制限があるので、付近を回って線路を越えたところにあるコインパーキングに駐車した。こういうことだけは熟達するなあ。台風が近づく雨の中歩いてホールへ。時間があったのでツイン21の1FにあるPRONTOという喫茶店で時間をつぶす。ここは昼は喫茶でドトールと似たシステム。タバコも吸えるのだ。
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1時半ごろホールに入る。パイプオルガンが燦然とそびえるステージ。
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席は前のほうの右よりだったので手元が見えなかった。いきなり寝そうになったが(寝不足のせい?)足元は見えたので、ペダルの操作をじっと見ていると目が冴えてきた。ピアノのペダルなど今まであまり気に止めたことがなかったので、複雑なペダルワークを興味深く見られてよかった。残響音の上に新たなフレーズを重ねる効果はギターなどにも通じるものがあるなあと思った(できないけどw)。
ショパン=リスト:6つのポーランドの歌
リスト:愛の夢 第3番
リスト:パガニーニによる大練習曲より
    第2番「オクターブ」
    第3番「ラ・カンパネラ」
    第4番「アルペジオ」
    第5番「狩り」
    第6番「主題と変奏」
と一気に演奏が続く。譜面などを置かず全て暗譜して演奏していることだけでもすごいなあ、と思ったことだよ。ここで休憩があったので一旦外に出て、左サイドのバルコニー席がかなり空いていたので、上がってみた。特につまみ出されることもなかったので、二部が始まる直前に空いている席に座らせてもらった(so sorry !)

二部のプログラムはドビュッシー:前奏曲集第1巻(全12曲)。遠目だけど手元も良く見えて、CDで聴くのとは違うライブ感を感じることができた。この12曲はそれぞれ独立した曲だが、パンフの解説を見ながら聴くと曲のコンセプト・物語性がよく分かり、興味深く鑑賞することができた。家で聴くときも、ただ漫然と聴くだけでなく、曲の背景などを知った上で聴くのがいいのではないかと思ったことだ。

アンコールが3回もあり、「子犬のワルツ」など彼女のピアノとの出会いに関わる曲を弾いてくれて、彼女の人柄を垣間見ることができた。ジャズ・バーみたいなところで解説を交えながら弾いてくれたりするとこういうジャンルにもっと親しめるかも、と思ったことだよ。
最後にyoutubeから一曲。
ジュネーブ国際音楽コンクールピアノ部門優勝/萩原麻未/第1楽章
https://www.youtube.com/watch?v=EBcHuA5Pir8


フランク& R. シュトラウス:ソナタ


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1017『広重展』@芦屋市立美術博物館 [展覧会]

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なんか浮世絵づいているのか先週に続き、歌川広重(1797~1858)の展覧会に行ってきた。こちらは家から歩いて5分の「芦屋市立美術博物館」で開催されていた。実は30年以上住んでいて初めて行ったのだったよ(笑)。近すぎて行かなかったのかな。家人は引っ越してきてすぐに一回だけ行ったらしい。数日前に夜のウォーキングをしている時、臨港線沿いの案内板に書いてあるのを見つけたのだった。埋め立てられる前は海岸沿いの地だったので、臨港線より3mぐらい下にあり、車で通りかかっても目立たない。すぐ隣に「谷崎潤一郎記念館」「芦屋市立図書館」が並んでいて、芦屋の文化ゾーンの一角なのだ。
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「谷崎潤一郎記念館」。
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「芦屋市立美術博物館」全景。
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今回の展示は『生誕220年 広重展-雨、雪、夜 風景版画の魅力をひもとく-』ということで、『東海道五十三次』(保永堂版)を中心に総展示数約150点だという。自分の幼少期の記憶で言うと、北斎より広重の方がなじみが深かったような気がする。あの永谷園の「お茶漬けの素」のオマケに広重の絵のカードが付いていて、ちょっと集めていたこともあったような。それもあるけど、やはり『東海道五十三次』の宿場町が描かれていたというのが大きかったのではないか。子供心に旅への憧憬が醸成されたのかもしれない。また、ゴッホなど印象派の画家達が影響を受け、広重の模写をしたというのも記憶に残っていた。
広重の絵とゴッホの模写(展示はされていないw)
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中に入ってみよう。北斎展と違ってお客さんはまばらだった。
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一応事前にネットで下調べして、『東海道五十三次』は保永堂版以外に行書版・隷書版などがあるとは知っていた。初めに保永堂版が全部揃いで展示されていて、「おお、よく見ているやつだ」と思いながら見ていた。それぞれの絵に付いている解説がなかなか面白く、「webで見てるのと変わらない」とは思わずに見ることができた。やがて行書版・隷書版が現れ、続いて広重の風景画を背景に歌川某の美人画が描かれたもの、狂歌が書かれているものなど様々なバージョンが出てきて驚いた。様々な版元の要請に次々と応えていくバイタリティに感心した。
web から頂いた絵をいくつか。
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解説にもあったけど、広重の風景画には必ず旅人やその地で働く人々の姿が描かれていて、当時の暮らしぶりがうかがえるのが何より素晴らしいと思った。また、写真を撮るときのアングルの参考になるところも多々あった。そのあたりも広重に心惹かれる要因のような気がする。北斎より広重の方が40年以上先輩だったようだが、『東海道~』と『富嶽三十六景』はほぼ同じ時期なので、互いにライバルとしてしのぎあったんだろうな、と想像するのも楽しかった。近くなのでまたいい展示があったら見に来ようと思ったことだよ。

美術館を出たところのお宅に大きな酔芙蓉の木があった。あんなに近所を探したのにこんなところにあったなんて。
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これはエンジェルトランペット。
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1012 『北斎展』@あべのハルカス美術館 [展覧会]

『北斎展』のポスター。
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先に、ドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』や北斎の特集番組について書いたが、「あべのハルカス美術館」で大英博物館などと提携した展覧会があるというので行ってきた。実は「あべのハルカス」自体にこれまで行ったことがなかったのだ。天王寺動物園の地下駐車場に車を入れて、10時過ぎにハルカスに入った。
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美術館は16階にある。エレベーターから出るとたくさんの人が並んでいた。
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「待ち時間50分」と書いてあったので、帰ろうかなと一瞬思ったが、「チケットのある方は左。20分待ち」とあったので入ることにした。家人が元町のチケット屋さんで前売り券を買ってくれていたおかげである。そうでなかったらもう一度出直すこともしなかっただろうから。会場に入ると初めの方のブロックに人だかりができていた。「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」や「富嶽三十六景 凱風快晴」がそこにあったのかもしれない。しばらく待っても埒があかないので、先へ進んで空いているところににじり寄って観るとややじっくり鑑賞することができた。なんせ約200点の作品が狭い会場にびっしり展示されているので、ゆっくり観ることができたとしても全部は観きれなかったかも知れない。

それでも確かに観たぞ、というものをいくつか(写真はwebより)。
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展覧会に来ると「本物を観た」という感慨がある一方で、じっくり観ることができないというジレンマがあるなあ。細かいタッチなど現物で初めて分かることもあるだろうけど、我々のような素人鑑賞者はwebやTVなどで精細な画像をゆったりと観た方がいいような気もする。

会場のある16階には空中庭園もあり、大阪の街を俯瞰することができた。高所恐怖症だからというわけではないが、最上階まで行かなくても十分満足できたような気になった(負け惜しみ?)
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ハルカスにはレストラン街もたくさんあり、12階の四川料理の店で麻婆豆腐天津丼なるものを頂いて帰路についた。お土産は北斎の絵の2018年カレンダー。
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もう少し経ったら少しは混雑が治まるかも知れないし、夜が空いているという話もある。また前期後期で出展作品が異なるものもあるので、これから行かれる場合は事前に調べる必要があると思ったことだよ。
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<おまけ>二日前に撮った夕日の絵?
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1008 「魚屋道」ちょい歩き(「蛙岩」~「会下山遺跡」) [山歩き]

2年ぶりの「蛙岩」。
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3連休の中日、前日雨だったがこの日は晴れたので少し山歩きをと思った。雨後なので道が悪かったらすぐに引き返すつもりで。今回は甲南山手駅のあたりから、「魚屋道(ととやみち)」を上がって「風吹岩」まで行けたらいいかなぐらいに思っていた。前に「芦屋ロックガーデン」まで登った時帰りに「蛙岩」の方に下りて、甲南山手に出てきたが、「蛙岩」から下は谷沿いのガレ道で往生した。地図を見ると谷沿いの道と「魚屋道」が並行してあるように見えたので、「魚屋道」ならいい道かなと思ったのだ。六甲山上から有馬に抜ける部分の「魚屋道」はよく整備されていたので。
山手幹線の「森北町3」の交差点を北へ(9:10)。
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阪急のガードをくぐると、
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「稲荷神社」がある。2号線の「赤鳥居」はこの神社の鳥居だ。
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神社の北詰の交差点に 「魚屋道」の標識があった。車道をまっすぐ上っていくと左手に「甲南女子大」のキャンパスが。
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さあ、「魚屋道」に入る。
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最初はいい道と思ったが、
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途中から道も定かでない谷道に入っていった。やはり前回下りた道と同じ道だと思った。「高座の滝」~「ロックガーデン」のコースがメインになったので、こちらは整備されないままになっているようだった。
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足場は悪いが木漏れ日の林は美しかった。
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それでも何とか「蛙岩」に着いたのが10:20。
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「風吹岩」までは更に30分以上かかるので、下山したら昼時を過ぎてしまう。朝から何も食べてなくて、お握りも持って来てなかったので、当然昼ご飯を優先することにした(笑)。
ちょうど「会下山(えげのやま)」方面から10人ぐらいのパーティが歩いて来たのを見て、そちらに下りてみることにした。このルートは通ったことなかったと思っていたが、後で調べてみると2年前に六甲山上~有馬に抜けた時に通っていたのだった(「1205六甲山登山」)。記憶とは実に曖昧なものだ。会下山へ下る道は尾根道なので水はけもよく、快適だった。
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途中下界の町並みも見渡せて、山歩きの役得にも預かることが出来て良かったと思ったことだ。
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「会下山遺跡」。前にこれだけを見に来たと思っていた。
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11:10遺跡入り口に到着。すぐ横に斎場がある。
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11時半に下界に下りてきて、美味しい生ビールを飲むことができた。こっちを優先するようではあかんのやけどね(笑)。六甲山麓のコース取りは難しいけど、今回新たに分かったこともあるのでよしとしよう。

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1004中秋の名月とドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』 [日々の雑感]

今年の中秋の名月。北斎父娘もかつて同じ月を見たんだろうな。
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葛飾北斎(1760~1849)の娘「お栄」(筆名「葛飾応為」)のことを知ったのは、2年前に観た映画『百日紅~Miss HOKUSAI~』によってであった。このアニメ映画の原作は漫画家にして江戸風俗研究家である杉浦日向子の『百日紅』(1987年)である(雑誌連載はもう少し前)。葛飾北斎の陰に彼に肉薄する才能を持った娘がいたことを初めて知って驚いた。私が浅学であったせいばかりでなく、当時多くの人の認識は似たようなものではなかったかと思う。
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映画から二年、原作が書かれてからだと30年後になるが、新たに直木賞作家の朝井まかてによる小説『眩(くらら)』(2016年)がテレビドラマ化されたので録画していた。
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同じ頃に「歴史秘話」でもこの父娘が取り上げられていたので先にそれを観たが、「お栄」の作品(10点しか現存していないそうだ)や、北斎の作品でもこの部分はお栄が描いたのではないか、というようなことが詳しく解説されていて興味深かった。この30年でずいぶん研究が進んだのだろうなと推察された。
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宮崎あおいと長塚京三が演じる父娘は職人気質(芸術至上主義)で反骨心に富み、絵以外のことは顧みず、ひたすら画作に打ち込む生き様を見事に演じていたように思った。父親は酒も煙草も嗜まなかったのに、お栄はどちらも相当嗜んだようで、そんなところにも、父親の後をひたすら追いかけながらも独自の道を歩んでいくお栄の生きざまがうかがいしれて興味深かった。結婚に失敗して出戻ったお栄が、一人だけ心を許した弟子筋の絵師・善次郎との秘められた恋のエピソードはフィクションだろうが。ドラマのセットや江戸の町の情景(一部CGと思われる)は、『百日紅』のアニメをかなり参考にしたのかなと思った。
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お栄の作といわれるもの(たぶんw)。
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お栄が父親と違っていたのは、色彩と光の陰影に関する感覚だった。当時の西洋の絵画からも影響を受けて、北斎とは違うセンスを身につけていった。素人目には確とは分からないが。北斎晩年の作品、信州小布施の「岩松院」の天井絵『大鳳凰図』の下絵と、実際の天井画(お栄が背景を彩色したのではないかと言われている)との違いからもうかがい知れる。
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女性の絵師が日の目をみることが少ないのは時代のせいもあるだろうが、そんな時代にあって、名声など求めずとも自分の絵を追求し続けたお栄はすごいなあとつくづく思う。

すごいと言えば、北斎は90歳で亡くなるのだが、死の直前「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得べし」と言ったという。大家と言われるようになっても尚今の自分に満足せず、より高い境地を目指し続けた北斎ならではの言葉ではある。我々が呟いても単なる泣きごとにしかにしか聞こえないだろうけど。
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「生誕~年」というわけでもなさそうなのに、近々大阪でも『北斎展』があるようだし、北斎ブームがなぜか巻き起こっている感じだ。いつか小布施にも行って「大鳳凰図」も見てみたいものだと思ったことだよ。


夕食後散歩をする家人について、月見がてら歩いた。ダイエーの方に行くと、建って40年近くなるが未だ未来都市の雰囲気を保つ高層マンションと名月が妙にマッチしていた。
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眩


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1001 六甲山牧場 Bluegrass Festival(GGBG) [バンド]

六甲山牧場 Bluegrass Festival(GGBG)
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去年のレポートはこちら
六甲山牧場の特設ステージで毎年行なわれている「六甲山牧場 Bluegrass Festival(GGBG)」に今年も参加しました。8月の初めにオファーをいただいたのですが、バンドメンバーの都合がつかず、どうしようと思いましたが、この際新しい方々と演ってみるいい機会でもあると思い直して、メンバーを探して参加することに。もともとべーシストでテナーシンガーでもあるM永さんが、ドブロもちょっと弾いていらっしゃるとの情報を得てお誘いしたところ、「二ヶ月あるから何とかなるかな」と快諾?していただいたので、やってみることにしました。
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結局、彼の仲間であるBjのNG内さんとMdのK本さんにも入っていただいて、「なんちゃってセルダムシーン」が揃いました。実はドブロの入ったバンドで演奏したことはほとんどなくて、楽しみでした。二日前に全員揃って練習しただけでしたが、何とか最後まで演奏できたようで、まずはめでたし。
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去年は雨上がりで風も強く、相当寒かったことを覚えていたので、防寒対策をして行ったのですが、一週間早いこともあってか天気も良く、熱いお茶も不要でした。こんなもんやね(笑)。11時半に会場に入って少し練習して、13:10に演奏がスタートしました。やはり練習不足で若干?ミスもありましたが、そこは Ojinn Band の老獪さで何とかしのぎ、まあまあの演奏だったのではないかと自己満足。ミキサーの方が気を利かせてエコーをかけて下さったらしく、「エコーは七難隠す」の箴言どおり「いいコーラス」と司会の方に言っていただきました。
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ヒツジ君も一緒に。
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いい気候だったので、演奏後もいくつかのバンドの演奏をのんびり見て、3時ごろ山を下りました。最後まで居れないこらえ性のなさは相変わらず。いいバンドがたくさんあったのにね。
いくつか観たバンド。
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楽しそうにジャムしてますね。
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お客さんも結構いたなあ。
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牧場内では色々なイヴェントが。
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私達のすぐ後に出たバンドでBjを弾いていたT梶君と40年ぶりに再会(というより互いに本人確認)出来たのもうれしいことでした。彼によると私が門戸のアパートに居た時、夜中に大挙して押し寄せたことがあったそうですが。覚えてないんだなこれが。会場にもそんな方が何人もいるかもですが、なかなか声を掛けたり出来ないのは我が性(さが)でしょうか。誰にでも "HOWDY !!" と言えるようになりたいものですな。

この日は別のバンド "Salty Friends"でドブロを弾いていたハッシーさんのお誘いを受けて、夜は三宮の「隠れ谷」というライブバーにお邪魔しました。「大人の集い」ということだったのでドキドキしましたが、年齢層の高いジャムでした(笑)。冗談はともかく、「塩友」のメンバーを初めとして皆さん手練れの方々ばかりで、知らない曲もバンバン弾いてもらって気持ちよく飲んで歌うことが出来ました。おかげで体重増えてしまいましたが。
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吉川君が録音してくれたものを一曲だけ。ライブ感は伝わるかな?

ここのフェスは入れ替えも含めて30分時間がとってあるので、ゆったりと演奏できるのが何より素晴らしいですね。来年も声を掛けていただいたら、是非また参加したいと思ったことだよ。

この日のSet List

Raised By The Railroad Line
Sing Me Back Home

Hello Mary Lou
Wait A Minute

Stand By Me
Panhandle Country

※いくつかの写真はFBよりいただきました。有難うございます。

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神戸ホンキートンク10月のスケジュールetc. [バンド]

九夜月(9月28日)。
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今年は中秋の名月が遅いなあと思って調べると、10月4日だそうです。9月の初めの時もあるので、今年は閏月のある年なのかなと更に調べたところ、皐月の次に閏皐月があったようです(その時は気付かなかった)。一ヶ月もずれると季節感もかなり違ってくるように思いますが、最近の異常気象が絡むと更にわけが分からなくなりますね。

さて、今月のライブですが、

10月1日(日)
HOBO & New Bohemians Special
六甲山牧場でのBluegrass Fes.(GGBG)に今年も参加します。
今回はバンドのメンバーの都合がつかず、甲子園口の猛者たちに手伝っていただいて、
なんちゃってセルダム・シーンを演奏してみます。出演時間は13時ごろ。
天気も良さそうだし出店もあるので、一日中楽しめると思いますよ。
詳細はこちらから。GGBG 2017 六甲山牧場ブルーグラスフェスティバル
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昨日の練習を紹介。当日はどうなるでしょうね。


10月26日(木)
HOBO & SADAO OHYA w/AKIRA YOSHIKAWA vol.7@ アビリーン 
19:30 スタートです
前回はMdのH井君がゲストで来てくれましたが、今回はどうでしょう(未定ww)。
秋の歌ってどんなのがあるかな、と思案中ですのでお楽しみに。
前回のレポートはこちら
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前回の演奏を二つ。
Back Up And Push

A PLACE IN THE SUN

ABILENE
大阪市淀川区新高2-16-12
06-6399-5335(阪急神崎川駅から徒歩5分)
http://abileneishibashi.web.fc2.com/


神戸ホンキートンク10月のスケジュールがFBにアップされたので転載します。
神戸ホンキートンク
神戸市中央区加納町2-2-2
Tel:078-241-2161
ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/mutsuko_2005_7_9_0423
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神戸ホンキートンク10月のスケジュール
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(クリックすると少し大きくなります)

また門戸厄神の「壱服庵」でも週末限定でライブをやっています。次々と新しいバンドが。
壱服庵
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10月イヴェント予定
http://ippuku-an.at.webry.info/201709/article_1.html

それでは、今月もよろしくお願いいたします。

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0925「千丈谷~天狗岩南尾根」ちょい歩き [山歩き]

もう彼岸花の季節。
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ずいぶん長い間山歩きをしていないことに気付いた。5月に「剣山」に行ってからはや3ヶ月、それ以降も紀州に行ったり北陸に行ったりした時などちょこちょこ歩いてはいるが。やはり酷暑の夏だったからかな。ここ二ヶ月ほど夕食を少なめにして減量を図っている(おかげで7kg減った)が、そっちの方に気をとられていたのかもしれない。

週の半ばから天気が崩れるというので、秋のシーズンに向けて足慣らしをしようと思った。少し前の母娘の北欧旅行に比べるとずいぶんショボいなあ。それはともかく前にも途中で引き返した六甲山中腹を横に歩くルートをもう少し研究しようかなというのがあった。今回は前にさまよった五助ダム(堰堤)より更に西の千丈谷堰堤から東へ抜けてみようと思ったのだ。千丈谷は少し前に西宮で起きた事件の当該者が川原で発見されたところである。
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10:00渦森台の一番上の公園脇に車を停めて、千丈谷へ。実は入り口を入ってすぐに天狗岩道に抜けるルートがあったのだが気付かず、とにかく件の「現場」に行ってみた。川原はずいぶん昔見た時と様相が変わっていた。何度も洪水があって流れが変わったのだろう。青いテープが残っていて事件の痕を感じさせた。谷沿いに上がるルートは熟練者向きとあったので、谷を渡って尾根に出てみようと思った。
川原には秋の草花がいっぱい。
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こちらもかなりの急登でホンマに行けるんかなと思ったが、減量の成果か意外とスイスイ登れた。20分ぐらいで天狗岩道に合流した。ここから一時間ぐらいで山上のスカイヴィラに行けるようだが、そこで力尽きてケーブルで下りると遠回りになるのであっさり断念し、天狗岩南尾根を下る。尾根道はツヅラ折れになってないので結構急である。
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11時ごろ川原まで下りて少し行くと、「寒天橋」があった。
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橋を渡って西へ行くと出発地点に戻れそうだったが、どんな道か分からないので、まっすぐ下りて住吉山手の市街を通って渦森橋のバス停に到着。
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車道を歩いて車に戻ることが出来た。登山マップでは分からないことが今回分かったのはよかった。
ここから入ると「寒天橋」に出られるのであったよ。
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五助ダムから風吹岩方面に横断するには、白鶴美術館かその下の観音橋からスタートしないといけない等々。まあ、それもこれも出来るだけ少なく歩こうとするからだけどね(笑)。
拾った団栗と椎の実。
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母と娘の北欧の旅2017@コペンハーゲン&ストックホルム [旅日記]

コペンハーゲンの運河の風景。
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去年北欧に初めて行って味をしめたのか、ほぼ同じ日程で再び北欧を訪問した我が家の母娘。今回はヘルシンキ(フィンランド)に代えてコペンハーゲン(デンマーク)を旅程に入れたようだ。ストックホルムにはもう一度行きたいと思ったのかな。今回も6泊8日の旅程だが、主たる目的の雑貨の蚤の市は主に週末にやっているので、水~土をコペンハーゲン、土曜日の夕方移動して(一時間のフライト)日~火をストックホルム滞在というように計画したという。私がUSAに行ったときフェスや週末のライブを目安に日程を組んだようなものか?

この時は日本でも台風18号が襲来して散々な三連休だったが、あちらも台風こそ来なかったが、去年と違って曇り空が多く寒かったようだ。それでは聞き書きであるが今回の旅の顛末をレポートする。

13日(水)10:45関空発のフィンエアー、ヘルシンキ経由で同日18:25コペンハーゲン着。
14日(木)
コペンハーゲンの観光スポットをめぐる。小さな街なので、ほぼ徒歩で回れた。
まず行ったのは有名なアンデルセン像のある市庁舎。
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クリスチャンスボー城(コペンハーゲン発祥の地にあり、今は国会議事堂になっている)。
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キルケゴールの像。
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博物館を見てから運河観光をする遊覧船に乗る。船から見えたニューハウンの町並み。
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人魚の像は後ろからしか見えなかったので、船を降りてから歩いて見に行った。
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世界三大がっかりと言われる像だそうだが確かに小さかった。
地上36mのラウンド・タワー。これが一番高いビュースポット。元は天文観測の建物だった。
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らせん状のスロープを上る。
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高さ制限があるので街を見渡せる。
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この日は18000歩も歩き回ったが、雨が降っていて写真はあまり撮れず。宿はコペンハーゲン中央駅にほど近い、20階建てのホテルで、ヤコブセンの家具で有名らしい。
市内にたくさんあるスーパー「イヤマ(Irma)。
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15日(金)
トーバルセン広場にある蚤の市に行く。規模は小さいがいいものがたくさんあった。昼食は近くの市場で、こちらでは定番の「スモーブロー・サーモンと小エビのオープンサンド」を初めて食べた。
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午後も下見を兼ねて色々な市を覗く。アンティーク通りの店をいくつか回り、迷った挙句二つばかり手に入れた。

16日(土)
朝ホテルをチェックアウトし、荷物は預けてフレデリスクベア市庁舎の裏で開かれている蚤の市に行く。
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市民の出すフリマのような店がたくさん出ていた。安かったのでいくつか買った(後で小傷に気が付いたけど)。昼過ぎにホテルに戻り、スーツケースを受け取って空港に向かう。
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17:05発のSASに乗ってスットクホルムに(18:15着)。ホテルは前回と同じ。

17日(日)
朝一番に中央駅の観光案内所に行き、ストックホルムカード(乗り物用と施設用)を購入する。3Days を買うとこれで電車・バス・博物館などほぼ行くことが出来る(コペンハーゲンでも同様のものがある)。
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真っ先に行ったのは去年も行って良かったと思っていたヒョートリエット市場。雑貨好きの日本人観光客も沢山いて、場内では日本語が飛び交っていた。

その後地下鉄・バスを乗り継いでスラッセンからグスタフスベリのアウトレットに。陶器博物館がなぜか閉まっていて、それを目当てに来た日本人観光客ががっかりされていたが、私達はここでじっくり買い物と食事もできた。その後バスでスラッセンにもどり、船でシェップスホルメン島にある現代美術館に。日曜日で無料という事で大変賑わっていた。その後は歩いて、王冠の橋を渡り、ホテルにもどる。
王冠の橋。
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街中にたくさんあったライオン像の雌の方。
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おしゃれなポスト。
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18日(月)
朝から快晴。ホテルから見える景色。
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この日は前回行けなかった観光スポットをいくつか回った。
国会議事堂。
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ガムラスタンで観光船の出港を待っていると中国人の観光客らしき集団がいて、音楽を鳴らして踊ったりしていた。係員に確認して乗ったはずが、どうも違うコースの船だったようだ(笑)。
船からの風景。
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その後別の船でユーロゴーデン島に渡り、「ヴァーサ号博物館」を見学。17世紀初めに建造された軍艦で、処女航海に出たとたん沈没したものが引き上げられて陳列してあるというもの。さすが人気№1だけあって豪華な装飾が素晴らしかった。
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その後地下鉄で市立図書館に行く。世界一美しい図書館と言われるだけあって美しかった。
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「円形の本のパッチワーク」と言われる図書館の内部。
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最後にアンティーク通りで何軒か見て回り、最後の食器をゲット。
戦利品の一部?
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19日(火)
朝、市庁舎を散歩してから荷物を作り、空港に向かった。ヘルシンキまで行って夕方のフィンンエアーに乗り替え、一路日本へ。20日(水)の8:30に無事関空着。

今回は全体に天気が悪く、ずいぶん寒かった。同じ時期でもかなり違うので服装に注意が必要。コペンハーゲンは小さな街だったので十分回ることが出来たが、ストックホルムはまだまだ回りたいところがたくさんあるので、それは次回にということで。←ホンマかい!!
どうも来年も行く気満々のようだよ。(了)


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評論『芭蕉という修羅』雑感 [読書]

『芭蕉という修羅』嵐山光三郎(著)
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俳聖「芭蕉」の本業は実は凄腕の水道工事請負人だった?『おくのほそ道』の旅は幕府隠密として仙台伊達家の動向を探る使命を帯びていた?侘び寂びの世界を吟じる風雅な俳人と見られている芭蕉の裏側をえぐり、生涯を通して欲望の修羅を生きた様をたどる評伝的評論、というのが本書の要諦であるようだ。

作者の嵐山光三郎の作品は、ずいぶん前に『兼好凶状秘帖』という兼好忍者説をもとにした小説を読んだぐらいである。創作の読み物としては面白いが、兼好の実像からは遠いのかな、と思っていた。今回これを読むことにしたのは、以前「湊川隧道」についてブログに書いた時、「湊川隧道保存友の会」の方から丁寧なコメントをいただき、この本も面白いですよと紹介していただいたからである。「水道工事」つながりのご紹介だったかもしれない。斯く言う私もかつて「土木工学科」に籍だけ置いていたことがあるので、興味だけは今でも持っている(笑)。

芭蕉は伊賀上野の出身であるが、名字帯刀を許されているものの身分は農民だった。若くして伊賀国上野の侍大将・藤堂新七郎良清の嗣子・主計良忠(俳号は蝉吟)の近習として仕えることになった。蝉吟と一緒に京の北村季吟(貞門派)に師事したのが俳人としてのスタートである。4年後に主君の良忠が没したため、江戸日本橋に下向し、俳諧の宗匠としての生活がスタートするのだが、いきなり名声を得るべくもなく、神田川の分水工事の差配をすることになる。「人足の帳簿づけのような」仕事とも言われているのだが、作者は築城の名手であった藤堂家の家臣ということから相当な土木工事の知識もあったと推察している。
芭蕉翁の旅姿をあらわすといわれる「俳聖殿」(伊賀上野)。二年前に行った
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とにかく、日本橋時代は経済的にも余裕があったと思われるが、そこから深川に隠棲するようになった背景にも、当時の幕府の政権交代(家綱→綱吉)やそれに伴う権力機構の変化があると作者は見る。政治的ごたごたから逃れるように深川に移り住んだというのだ。作風の変化も、宗匠として句会を開き、点数をつけて謝礼を得るというような生活を好まなかったというだけではなかったようである。当初好んでいた諧謔を旨とする「談林俳諧」から、自然や自分を凝視するというように作風が変化するのにも彼の生活基盤の変化が反映されていたと考えると面白い。
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『野ざらし紀行』『鹿島詣』『笈の小文』『更科紀行』などの紀行の背景にも芭蕉とその一派の情報収集・情報交換の目的もあったと作者は見ている。そういえば「本能寺の変」の明智光秀もその決行の前に威徳院西坊で連歌の会を開き、「ときは今 天が下知る 五月哉」と詠んだというが、その時同席していた里村紹巴という連歌師なども密偵・スパイというような側面を持っていたのかなあと思ったりした。

さて、『おくのほそ道』の旅も冒頭で触れたように、「日光東照宮の修復」を命じられた仙台伊達家が過重な負担に謀反の気持ちを持つかもしれないと恐れた幕府が、芭蕉らに動向を探らせるための旅でもあったと述べている。あれほど行きたいと言っていた松島に一泊しただけだったとか、旅の行程の特異さがある程度説明できるというもの、そして同行した弟子の河合曾良の『曾良旅日記』との照合などから論じられている。
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我々の従来の素朴な芭蕉観からすれば荒唐無稽と思われる向きもあるだろうが、俳聖「芭蕉」として色眼鏡で見てしまうところがあるのも一方の事実であろうと思われる。枯れた味わいがあると思われた古刹仏像が実は金ぴかで極彩色のものだったというように。そのほうが生身の人間芭蕉を感じられるなら、それはそれでいいのではないかと思ったことだよ。
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作者の新たな解釈による「古池や蛙飛びこむ水の音」や「閑さや岩にしみ入る蝉の声」なども是非一度読んでみて欲しい。今回は図書館で借りたが文庫本になったら買おうかなと思った。

最後に本書の結びの言葉を紹介して、つたない雑感を終わりたい。
「芭蕉は『ほそ道』の旅から帰って五年後に没するが、生涯を通じてはげしい闘争のなかに身をおき、妄執が心からはなれることはなかった。風狂とはそういうことである。俳諧(はいかい)は共同体の文芸で、修羅場に屹立(きつりつ)する孤峰が芭蕉である。修羅の巷(ちまた)を芭蕉は運動体として歩きつづけた。」


芭蕉という修羅


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映画『静かなる情熱 エミリ・ディキンスン』@神戸シネリーブル [映画]

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この伝記映画の主人公である「エミリ・ディキンスン」のことは寡聞にして知らなかったが、何人かの知人がいい映画だと言うので観ることにした。19世紀のアメリカのニューイングランドの小さな町アマストで育ち、生涯家族の住む屋敷から出ることなく、ひたすら詩作に打ち込んだエミリの詩は、生前わずか10編しか発表されなかったが、彼女の部屋に遺された1800篇の詩作は死後親族や研究者たちによって発表され、20世紀になって正当な評価を受けることになったという。
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彼女の暮らしたアマストにはかの新島襄や内村鑑三も留学した「アマースト大学」があり、彼女の祖父が創設に関わったとも言われている。撮影には彼女の住んでいたお屋敷も使われたらしい。先日行った「明治村」にも似たようなお屋敷があったなあ。また、映画の中では南北戦争のゲティスバーグでのリンカーンの演説が話題になっていて(リンカーンの演説は短かったとだけ紹介されていたのが面白かった)、そういう奴隷制度廃止への流れの中で、比較的リベラルな空気の家庭で育ったことがうかがえる。ただ、その中でも突出した思想を持ってしまった彼女は、周囲の人々とも考え方が合わないことが多く、しばしば辛辣で皮肉たっぷりの言葉を投げつけ、周囲を傷つけてしまうことが多かった(なんか自分のことを言われてるみたい)。
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大きく価値観が変わろうとする時代の流れの中にあって、好きな人(妻帯者であったようだが)との結婚もかなわず、部屋にこもって自分の天職と感じた詩作にひたすら没頭するしかなかったのかもしれない。彼女に負けないくらいの毒舌家で親友のヴライリング・バッファムが、結局自分を殺して良家に嫁いだのと違って、あくまでも自分の理想とする考えを押し通そうとしたエミリーは、不器用な生き方しかできなかったのかもしれない。彼女の生涯については痛ましさばかりが目に付く映画であった。
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映画の中では彼女の詩20篇が紹介されているが、ストーリーと字幕を追う身としては、じっくり味わうことが出来るはずもなく、また時をあらためて彼女の詩も味わってみようと思ったことだよ。予告編の中でポール・サイモンも彼女の詩を称賛しているという言葉があって、少し調べてみた。S&Gの66年の名盤 "Parsley,Sage,Rosemary and Thyme" の中の "The Dangling Conversation" に "And you read your Emily Dickinson, And I my Robert Frost" という一節があり、ポールが彼女の詩集を愛読していたことがうかがえる。また、"For Emily, Whenever I May Find Her"(邦題:「エミリー、エミリー」)は彼女のことを歌っているのかな、と思ったが、直接的には語られてはいない。あるいは彼女の詩作に啓発されて作った詩なのかもしれない。
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少々脱線してしまったが、彼女の心の中あるいは詩作の内容と実際の生活ぶりとに乖離があるので映像化するのは難しかったのだろうと思われる。私のような貧弱な英語力だとやはり吹き替え版の方がよかったのかな、と思ったことだ。

対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)


Parsley Sage Rosemary and Thyme


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0916 「尼崎写心クラブ」写真展(アルカイック)&GRASS FLAVOR(神戸ホンキートンク) [ライブ鑑賞]

去年の秋この写真を見て思わず「猿壺の滝」に行ったことを思い出しました。
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台風のため名古屋旅を一日早めたので、土曜日のこの日二つのイヴェントに行くことが出来ました。午後から雨が降ってきましたが、写真展なら雨は関係ないので。尼崎のアルカイックはコンサートなど何度か行ったことはありましたが、2Fのギャラリーは初めて。駐車場から会場に向かう時、駐車場係のおっちゃんや、通りすがりのおばちゃんが、雨に濡れずに行く方法を丁寧に教えてくれて、尼崎の人々の人情を強く感じたことだよ。
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このクラブはブルーグラスの先輩であり、写真の師でもあるM永氏が、最近加入した写真の同好会だそうで、加入してすぐに展示会に出品されたということでした。この日は彼が会場に詰めているとのことでしたが、聞くと1時半ぐらいまでいたけど帰られたとのことでした。これも台風の影響だったかも。
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彼の作品は3点あって、いずれもかつてFBにアップされていたものでしたが、プリントアウトされ、額に入れられているものを見ると、更に立派に感じられました。他の方々の作品もそれぞれ素晴らしかったですが、「この写真を撮ったのはどこの場所?」ということが真っ先に気になるのは、やはり写真家というよりは旅人の目でしかみていないんだなあ、と思い知らされた次第。
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さて、一旦帰って夜にはブルーグラスバンド "GRASS FLAVOR" を観に神戸三宮へ。このバンドはかつて "LOST CITY CATS" でマンドリンを弾いておられたI沢氏がギターに持ち替えて参加しているバンドで、最近お知り合いになったフィドルのYokoさんもメンバーに入っておられます。奇しくも第3土曜日は我が "New Bohemians" が15年余りライブを していた日というのにも縁を感じました。
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我が先輩はリード・ボーカルを始めて3年とのことで、歌う喜びが前面に出た表情豊かな歌唱は説得力があり、何時もしかめっ面で歌っているわが身を反省させられました。尤も、かつて最も得意としていた "Rawhide" のコードを忘れていらっしゃったのにはたまげましたけど(笑)。またもう一人のギターのN古さんが、レスター・フラット(カーター・スタンレー?)よろしくサムピックで弾いていらっしゃったのにも目を見張りました。紅一点のYokoさんが歌っていらっしゃったのは、亡くなったハンク佐々木氏の名曲 "Tennessee Moon" だったのでちょっと涙が出ました。自分も歌ってみたいと思いました。
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遊びに来ていたフィドルのY田君もとび入りで"Orange ~"を弾いてくれました。
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演奏中お互いの音に耳を傾けながら、一つの音楽をつくりあげようという情熱とチームワークを感じ、羨ましく思いました。紅一点の彼女を除いて皆さん二つ三つ先輩であろうと思われましたが、ますますお元気で技を磨き(小噺も磨き?)、我々を導いて欲しいものだと思ったことだよ。

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0915 名古屋旅vol.3(明治村) [旅日記]

蒸気機関車SL12号。
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博物館「明治村」は、愛知県犬山市にある野外博物館である。中央道の小牧東ICからほど近く、近くに国宝「犬山城」もあって、こちらはかなり昔に行ったことがある。明治村も以前から立ち寄りたいと思ってはいたが、スキーの帰りとか長野方面の旅の帰りに、と思っても時間が折り合わず、いつも通り過ぎるだけになっていた。今回名古屋城とセットにしたのでようやく行けることになった。名古屋城から明治村までは地道でも1時間足らずで行ける。2時前には北ゲート前の駐車場に着いた。ナビは南ゲートを指示したのだが、奥にも駐車場有というのを見て行ってしまったのだ。でもJAF割引で入館料が半額になったのはうれしかったにゃあ。
北口ゲートを入って少し歩くとSLの駅・売店が(乗らなかったけど)。
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敷地面積が約100万m²もありかなり広いので、全部を歩き回るのは相当大変だ。事前にテーマを決めて、観る館を絞り込んでおいた方がよい、と後で思ったことだよ。ひととおり回ったが全部は紹介しきれないので、目に留まったものを順番に。
「旧帝国ホテル中央玄関」。フランク・ロイド・ライトの設計。芦屋の「ヨドコウ迎賓館」もそうだった。
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中には素敵な喫茶ルームが。
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「金沢監獄中央看守所・監房」。
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「金沢監獄正門」。
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「天童眼鏡橋」。山形県天童市、明治20年。「小那沙美島燈台」も横に。
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「聖ザビエル天主堂」。京都市三条、明治23年。
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ステンドグラスが美しい。
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「呉服座(重要文化財)」。大阪府池田市、明治25年。
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「蒸気機関車SL12号」。明治7年イギリスから輸入、新橋~横浜を運転したもの。
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「品川燈台(重要文化財)」。東京都港区品川、明治3年。
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「幸田露伴住宅『蝸牛庵』」。
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「名電1号形」。明治34年製造。
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「京都市電」明治28年~。
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「レンガ通り」。この辺りの建物はドラマのロケによく使われるそうだ。
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「ハイカラ衣装館」で仮装した女の子たち。
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ヘトヘトになりながら五丁目(北門)~一丁目(正門)まで歩いたらいつの間にか4時を過ぎていたので、最終の村内バスで五丁目に帰った。このバスは500円で乗り放題なので、もっと使い倒せばよかったと思ったことだよ。
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さて、5時過ぎに村を出て帰途に就いたが、今回は犬山市から木曽川の南岸沿いの県道183~182を走ってみたら、信号も少なくてすんなりR23バイパスに行けたので、これは使えるなと思った。この辺りの東西の道ではいつも苦労していたから。途中で隠岐の級友から「台風が近いのでもう帰るつもり」とメッセージがあったのは、残念であったが致し方ない。また会えるだろうと思いつつ地道中心で帰った。夕食を食べそびれていたが、8時を過ぎてからR21の米原辺りで中華料理屋を見つけて遅い夕食。12時前に家にたどり着いた。
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総走行距離480km。名古屋は意外と近いと思えた一泊旅であった。

<参考>
博物館「明治村」HP
http://www.meijimura.com/

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0915 名古屋旅vol.2(名古屋城) [旅日記]

尾張名古屋は城で持つ?!
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朝から北朝鮮のミサイル飛来のニュースで喧しい。アラートが鳴った直後には通過しているわけで、はるか太平洋上に着水した後で、ことさらに臨時番組を流すのも、いい加減食傷気味だ。早々にホテルを出て名古屋城に向かう。名古屋のモーニングも体験したくて周囲を見ながら走っていると、西区押切に「サクラ屋珈琲店」という看板が見えた。
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駐車場は10台ほどで古民家風のたたずまい。靴を脱いで上がる方式で、古い大きな靴入れがあったので、元は銭湯ではなかったかと推察される。堀炬燵式の席と座敷席があるのも普通の喫茶店とは違う。モーニングにはトースト・ヨーグルト・卵orポテサラになんと茶碗蒸しがつく。後はトッピングを追加できるので110円の小倉餡を付けた。しめて530円也の名古屋モーニングを堪能した。
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普段朝を食べないのでちょっと心配。今日は歩くぞと堅く決意して名古屋城に向かう。

「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ 尾張名古屋は城でもつ」という民謡があるそうだが、関が原以後の西への備えとして徳川家康が「天下普請(西国大名を動員)」で造らせたのが名古屋城である。どおりで御三家の中でも突出して立派なお城ではある。先述した通り、名古屋には立ち寄ることもなかったのであまり興味も抱いていなかったが、やはり「ブラタモリ」でやっていたので興味も出てきていた。戦時の空襲で焼失し再建されたものだが、往時の規模は残っていた。
「正門」。
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「金の鯱鉾」と「必勝カヤの木」が正門横に。
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「西南隅櫓」と「天守閣」。
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本丸御殿が復元されていた。平成29年度中には完成予定ということで、ほぼ出来上がった御殿内を見学することが出来た。
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内部の意匠。豪華絢爛!
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いざ、天守閣へ。
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階段の内側は吹き抜けになっていて、最上階から覗くと足がすくむ。
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最上階から見た名古屋のダウンタウン。
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工夫をこらした展示があった。中にはこんな書店も。
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「金のシャチホコにまたがる」コーナーで写真を撮ってあげたら「撮りましょうか」と言ってもらえて。
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天守閣を出て周辺を散策する。
「石棺式石室」という本来松江市の「団原古墳」にあったものが、なぜかこちらにあった。
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石垣を造った藩の刻印が。
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加藤清正が組み上げたという「清正石」。
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こんな武将も。記念撮影に応じていた。
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しっかり観光してしまった。昼はやはり名物の「ひつまぶし」をと探して、市役所裏にある「鰻木屋」へ。「上ひつまぶし」を奮発したが、香ばしさと豊潤さがあり、美味であったことだよ。
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またまた食べすぎたので、午後も目いっぱい歩かなければ、と「明治村」を目指すのであった。


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0914 名古屋旅vol.1 (熱田神宮と名古屋駅西) [旅日記]

初めての NAGOYA ! (A*OMのメロディで♪)
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家人が娘とまた北欧に旅立ったので、自分も留守番をしながらもどこか近場に旅しようと思っていた。ところが週末に大型台風が来襲するということなので、予定を早めて木曜日に出発した。西はどうみても台風の影響が大なので、東へ行くことにする。といっても天候不順なので山へ行くというのもためらわれ、とりあえず今まで泊まったことのない名古屋に向かうことにした。

名古屋は通過したことはあるが、今まで泊まったことはなかった。岐阜とかはあるけど、どうしても通過点になるので、城好きの自分なのに「名古屋城」は行ったことがなかった。同じように「明治村」もスキーの帰りに近くを通りながら行かずじまいだった。この際落ち穂拾いのように今まで行けてなかった所を見てみようと思ったのだった。少し出遅れたので新名神経由で行った。途中で隠岐の旧友から「今大阪に来てるんだけど」というメッセージがあったが、今更引き返せない(笑)。土曜日には帰ってるからと返信して旅を続けた。

午後3時ごろ名古屋付近まで来たが、名古屋城を回る時間はなさそうなので、とりあえず「熱田神宮」を参拝することに。熱田神宮については、かの織田信長が桶狭間の戦いに出陣するとき戦勝祈願をした所、ぐらいの知識しかなかったが、日本武尊に由来する神社らしく、三種の神器の一つ「草薙の剣」がご神体として祀られているそうだ。最近は名古屋のパワースポットとして脚光を浴びているらしい。一度名古屋城近くまで行ってしまったので、南に引き返す。スキーでよく通る19号線と1号線が交差する地点に神宮はあった。そちらの方が感慨深いっておかしい?
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神域は広く、森の中を歩いているようだ。都会に森が少ないので宗教的な思いとは別に貴重な自然である。
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信長が造らせたという「信長塀」。
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ご神木にもなっている大楠。幹周:7. 70m、樹高:20m、樹齢:千年、弘法大師のお手植えと言われている。たまたまそこを覗いていたお嬢さんも一緒に。
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夕刻になりホテルに向かう。3時ごろの最安値でとったのだが、名古屋駅西口の近くの繁華街にあった。駅付近のビル群。
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おのぼりさんのように何枚も写真を撮る。名古屋は都会だにゃあ!

夕食をとるため街を歩いたが、西側は駅裏といっていいのか、割とごちゃごちゃしたイメージ。屋台風な店もいくつか出ていた。そんな中で選んだのが「居生」という炭火焼のお店。手羽先や土手煮など名古屋名物といわれるものがひと通りあった。メガビームハイという巨大なジムビームのハイボールが珍しくて頼んだ。
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8時ごろ思いついてホテルを検索したらさらに安くなっているのを発見。車をコインパーキングに入れて、飲みながらホテルを探すというのを思いついたが、車中泊の危険を伴うな、と思ったことだよ。



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舞台『チック』@兵庫県立芸術文化センター(西宮北口)

舞台『チック』
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演劇を生の舞台で観たことはほとんどなかった気がする。TVでやっているのはいくつか観ていると思うけど。やはり事前に情報を集めて、チケットを購入してというのが面倒くさいからだろうか。そういえば音楽のライブも事前に予約してというのはあまりない気がするなあ(笑)。今回ひょんなことから知人に薦められてこの舞台を観に行くことになったが、劇の内容は後述するとして、これからはこういったライブ(落語などの古典芸能も含めて)も観に行きたいなと思ったことだ。
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喫煙ルームには舞台のモニターが。
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『チック』は、ヴォルフガング・ヘルンドルフの児童文学『14歳、ぼくらの疾走:チックとマイク』をロベルト・コアルが戯曲化し、2011年にドイツで初演された作品らしい。なお原作を同じくするファティ・アキン監督の映画『50年後のボクたちは』が近々大阪・神戸で上映予定らしいが、偶然の符合だろうか。
映画『50年後のボクたちは』予告編

物語の舞台はドイツ。主人公のマイクは14歳の少年。不動産業で大儲けして若い女と浮気する父と、それが原因で酒びたりになっている母が毎日のように口げんかしていることに嫌気がさしている。学校でも目立たず、誰からも注目されないマイクは、憧れのタチアーナからも誕生日に呼んでもらえず悶々とした日々を送っている。そんな時ロシアからやってきた変な転校生チックと知り合う。夏休みにひょんなことから親戚の車を無断で借りて、ハンブルグに向かって不思議な旅をするという青春ロードムービー(演劇だが)と言っていいだろう。
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5人の演者で何役も演じるという、アクロバティックというか省エネというか、それを早替わりでやるのがすごかった。一つの回るステージで全ての場面をまかなったり、客席の最前列を使ってハンドルだけのドライブ場面を演じたり、ラジコン・カーを走らせて旅の移動をイメージさせたり、大がかりな舞台装置を使わずに、観客の想像力にゆだねるやり方はなかなか斬新であったことだよ(笑)。マイク役を篠山輝信、チック役を柄本時生というTVでもよく顔を見る役者さんが出ているのに、チケットがそれほどお高くなかったのにはそういう理由があったのかな、とも思う。
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物語の大半の流れはマイクのモノローグでつながれているため、長い台詞回しが多く、よく台詞を覚えられるなあと感心もしたが、そのあたりはやや朗読劇のようでもあった。一人で三役もこなしていたあめくみちこさんの「怪演」ぶりに、チック役の柄本さんが思わず吹き出す(演技?)場面もあったりと、演劇ならではのライブ感を感じることができた。十代の頃の悶々とした感じはもう遠い記憶になってしまったが、自分の中にも確かにあったそういう記憶を呼び覚ましてくれた、いいお芝居であった。あめくさんのTVドラマとうって変わった演技もいまだに蘇って来ることだよ。

※写真は舞台・演劇のニュースサイト「エントレ」からいただきました。

14歳、ぼくらの疾走: マイクとチック (Y.A.Books)


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0910 ナターシャ・デイ & New Bohemians @ Abilene(神崎川)&Honky Tonk(神戸三宮) [バンド]

近所の花。酔芙蓉のような、ただの八重の芙蓉のような。
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この日は自分のバンドのライブもあるけど、元町ではBG45の壮行ライブ(当然行けない)があったり、あちこちでライブ有りまくりだったようですね。アビリーンのナターシャ・デイも前回行ったのが5月だったので今回を逃すと半年開くことになるので、昼と夜だから顔ぐらいだせるか、といつものようにぐずぐず迷いながらお邪魔しました。移動が邪魔くさいので今回は車で。
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2時ごろ行くと、さすがに他でのライブの影響かいつもよりやや少なめでしたが、コアなファンのいるイヴェントなので、熱気あふれる演奏が繰り広げられました。
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私も5番手で歌わせてもらい、「陽気に行こう」「母からの便り」(これは最近覚えたけどナターシャではない)と「ヘイ・ヘイ・ヘイ」を歌わせていただきました。いつものことですが、いきなりステージに行って歌うのは結構あがるもので、ギターも覚束ない(30分ぐらいは弾かないとちゃんと弦に当たらなくなっている昨今)状態でしたけど。
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マスターから「今日はもう一回りあるよ」と言っていただきましたが、今回も4時過ぎに中途退出と相成りました。

さて、神戸に帰り車を置いて、軽く晩御飯を食べてホンキーへ。
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いつもの第3ではなく第2日曜に変更になったためか、フィドルのO野君が来ない。連絡するかと思っていたら、いつも助っ人をしてくれるY田君がマンドリンとフィドルを持って現れたので、そのまま彼を入れて練習しました。なんと冷たいバンドであることよ(笑)。せっかく?なので初めてやる曲を何曲かやってみました。"Blues Stay Away From Me" と "You Don't Know My Mind" など。初めてやった割には悪くなかったなあ、と自己満足(笑)。
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遅がけのお客様がいらっしゃったのでステージを。あとで聴いてみるとなかなかいい演奏だったかな?細々とですがいましばらく続けていく所存ですのでこれからもよろしくお願いします。
次回は11月19日(日)の予定です。

Blueridge Cabin Home
You Ain't Goin' Nowhere

Sled Riding
You Don't Know My Mind
Fox On The Run
I Can Read Between The Lines
Blues Stay Away From Me

Drifting Too Far From The Shore
Green Leaves Of Summer
Rawhide
You Can Have Her

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映画『ブランカとギター弾き』@神戸シネリーブル [映画]

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映画『ブランカとギター弾き』(原題 "Blanka")が神戸にやってきたので観に行った。大阪のシネリーブルでやっていると、ひと月遅れで神戸でもやることが多いと、最近わかってきたので待っていたのだった。もう一つ観ようと思っているのがあるが、それは後日に回した。

日本人の監督がフィリピンのマニラを舞台に撮ったイタリア映画と聞いただけで、興味をそそられる映画であったが、事前には情報を見ないようにしていた。親に捨てられて孤児になった少女が、盲目のギター弾きと路上で出会って…、というストーリー(これだけでも十分魅力的だが)を頭に置きながら観た。
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11歳の少女ブランカは親に捨てられたが、マニラのスラム街でしたたかに生きていた。といっても生きるためには物乞いやかっぱらいをやっていくしかない。ある時TVで有名女優が孤児を養子にしたというニュースを見て、「お母さんってお金で買えるの?親が子供を買えるんだからできるはずだよね」ということを思いついた。その資金を得るためますます盗みでお金を稼ごうとするのだが、周囲の少年達から恨まれ、根城にしていたバラック小屋を壊されてしまう。そんな頃、路上でギターを弾いてお金を貰っている、盲目の老人と出会う。
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老人と一緒に隣町に行って、演奏の手伝いをしていたのだが、老人から「いつまでも盗みを働くつもりなのか。それより歌を歌ってお金を貰う方がいいぞ。」と言われてしぶしぶ歌うが、それがなかなか上手で、近所のキャバレーの経営者の目に留まり、そこで歌うことになる。それまでと打って変わって、そこそこのギャラときれいなドレスと食べ物や寝る所にありつくが、世の中そういいことばかり続くはずもなく…。彼女にとって幸せとはなんなんだろう。
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監督の長谷井宏紀さん(岡山出身らしい)は長編映画はほぼ初めてだったようだが、製作にあたってキャストをすべて公募で集めたらしい。といってもそれほど簡単ではなかったようで、2年ぐらいマニラに滞在しながら捜したという。少女ブランカ役のサイデル・ガブデロは地元の歌手発掘のTV番組にも出ていたようで、youtubeで100万回を超えるアクセスがあった歌姫らしい。また老ギター弾きのピーター役のピーター・ミラリは実際に街角で流しの音楽家として活動していたそうで、周囲の少年役を含め、マニラの猥雑な裏町の風情にすごくフィットしていて、監督の目論見が見事に当たっているように感じた。
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フィリピンはかつてアメリカの植民地だったこともあり、現代の音楽はかなりアメリカナイズされていると思われるが、ピーターのギターと歌(タガログ語?)からはそういう匂いがあまりしなかった。むしろスペイン統治時代の影響を受けた音楽のように思われた。知識不足な私の感じ方では、かつて同じスペイン統治下にあったキューバの音楽に似た哀愁のあるメロディとギターの音色だった。家族の大切さをうたった歌である劇中歌「カリノサ」は古い民謡のメロディに合わせて監督が日本語詞を書き、翻訳したものだという。

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エンドロールでギター弾きのピーターが映画の完成後亡くなったというテロップが流れ、驚いた。彼は死の直前まで路上で人々に自分の歌と演奏を聴かせていたんだなあ、と思ったら胸が詰まった。歌うことの原点をもう一度確認させられた気がして、帰り道も「カリノサ」のメロディが頭から離れなかった。

youtubeから
Cydel Gabutero - "The Power of love" (Cover)
https://www.youtube.com/watch?v=f7XLtjD_ubY
映画『ブランカとギター弾き』主演サイデル・ガブテロ来日トークイベント
https://www.youtube.com/watch?v=DuzDLs1P2zY
※「カリノサ」の音源はここからいただきました。


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0903 「よかたん(山田錦の郷)」~「黒滝」再訪 [日々の散策]

「白いゴーヤ」。
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今朝「ベランダのゴーヤに白いやつが」と家人が言うので、「熟れ過ぎて黄色になってるん?」と見てみると、下のほうに白いゴーヤが。しばらく考えてから、今年は三種類の苗を植えたんだった、とようやく思い出した。その中に「苦味の少ない白ゴーヤ」というのが確かにあった。ブログを繰ってやっと分かる始末。
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今季も全部で10個足らずしか生らなかったので、「白いゴーヤ」は頭から消えていたのだった(笑)。

8時過ぎには起きていたので、翌日のミッションだった「家人の実家にブツを運ぶ」を一日繰り上げて実行。ミッションはあっという間に終了したので、吉川の道の駅「山田錦の郷」と4月に行った「黒滝」に寄って帰ることにした。実家のある神出から道の駅までは近いと思っていたが、ナビると19kmあった。道中の田んぼに幟が立っているので、何かと思っていると「山田錦栽培田」と書いてあった。三木市は「山田錦」の栽培に好適な土地なのだという。また、途中「ブドウ狩り」の農園がいくつかあり、なにわナンバーの観光バスが前を走っていたのを見て、「ブドウ狩りのツアーかな。ひょっとしてこの後道の駅に行くかも。」と言いながら付いて行くとその通りだったのでビックリポン。
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道の駅はさすが日曜日、第二駐車場までいっぱいだった。観光バスまで来ているとなると、レストランは一杯だろうなとあきらめかけていたが、一応入れたので、料理の出るのに少々時間はかかったが、なんとか昼食にはありつけた。
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ファーマーズ・マーケットも入ったときはお客さんで混み合っていたが、レストランから出ると人も野菜も三分の一ぐらいになっていた。いつもより売り場も広げてあったのだが、やはり買い物目的なら午前中に入らなくてはと思ったことだよ。
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それでもいくつか珍しい野菜が残っていたので購入した。
この日の戦利品。野菜全部で千円也。
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「花オクラ」は初めて見た。
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「おばけカボチャ」。これは買えなかったさあ。
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さて、昼食後1kmほど離れた所にある「黒滝」へ。前に行った時「滝」なら当然山道と思っていたが、道路から平地を200m歩いた所だったので、坂道の苦手な家人にも行けるだろうと思ったのだった。少し前に夕方のTVで紹介していたからか、何人かの見物客がいた。
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雨が少なかったからか、水は澄んでいたが水量はやや少なく、緑の藻が点在していた。絶好のコンディションの時に来るのは難しいと思ったことだ。
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行きは山麓バイパス、帰りは六甲山トンネルで、手ごろなドライブであった。

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